提案と決断3
僕はあまりにも突然の言葉に、戸惑いの声しか出すことが出来なかった。
サニャの前から消える?
いまいち言葉の意図が把握できず、思い浮かぶのはつい最近の出来事。
「ぼ、僕を殺す気なの?」
訊ねる僕をラニカはバカを見るような目で笑い出した。
「なんて短絡的な。やはり子供です。それでいて発想が野蛮ですね」
「う、うるさいなぁ! しょうがないだろ」
大笑いするラニカの姿を見て、僕は大声をあげた。
多分顔は真っ赤だろう。
自分が考えなしみたいで恥ずかしくなる。
「やはり周りに居る人間の影響でしょうか。子供の内は付き合う人間は選ぶべきですね」
見下した目で僕を見る彼女の口振りにカチンと来る。
つい怒りが口から漏れ出した。
「なんだと! サニャを、皆をバカにするなら許さないぞ!」
僕は彼女を睨み付ける。
勿論、彼女にとっては何処吹く風だろう。
「そうですね。失礼致しました」
しかし、暫く僕の目を眺めていると謝罪の言葉を口にした。
僕はまさか素直に謝られるとは思わずにポカンとしてしまう。
「えぇっと、僕も怒鳴ったりしてごめんなさい」
「構いません。慕っている者への悪口など、聞いていて気分が良い筈が有りませんから」
涼気な顔で僕の謝罪を受ける彼女に僕は少し悔しい気持ちになった。
すぐカッとなって感情的になる幼い自分に嫌悪の気持ちが湧いてきてしまう。
落ち込む僕を見て、何が楽しいのか、彼女は笑みを溢した。
「そ、それで、どういうことな……んです」
余裕のある相手の表情が悔しくて、僕は自分から本題を切り出した。
無理して丁寧に喋ろうとする僕がおかしいのか、尚も笑いながら口を開く。
「正直、これ以上あの方が無様を晒すのはこちらとしても困るのです」
「無様って! そんな言い方、ない……と思います」
「本当に? 片目を失い、翼を失い、尚危険に踏み込む姿が? 次こそは命を落とすかもしれないのに?」
僕は思わず口をつぐんだ。
確かに彼女の言う通りだから。
何より、僕だってそれを心配していたのだから。
「片翼まで失って体の重心が変わり、戦いにおける身体操作は想像以上に難儀している筈です」
「あなたには分からないでしょうが」と彼女は付け加える。
僕は何も言い返せなかった。
「それで、僕にどうしろって言うんだ。です」
「一番簡単なのは貴方が姉を拒絶し、出ていく様言い含める事ですけど」
「僕が言う位でサニャが聞くとは思えないですけど」
むしろ、飄々と軽口で受け流されそうだ。
しかし僕の発言を聞いてラニカさんは鼻で笑い否定する。
まるで「何も分かっていない」と言う様な態度で少しだけムカッとした。
「現状、姉の行動原理は貴方です。と言うよりは貴方が最後の拠り所なのでしょう」
「そうかな? あんまりそういう気はしないれど」
「今回の件で、第三騎士団は姉を重用はしなくなるでしょう。羽の無い翼人など邪魔なだけですから」
ラニカの言葉に僕は小さく驚きの声を漏らした。
確かに、サニャは既にあっちに楯突いた立場ではある。
けれど、そんな事も関係なしに不要だと思われていたなんて。
「言わば貴方は、姉の力を必要とする最後の希望。そんな人間から拒絶されれば――分かりますね」
ラニカさんの話では、元々所属している場所も怪我を理由に追い出されたそうだ。
足手まといだと蔑まれ、そこで運よく今の第三騎士団に入ることが出来た。
そしてそこも同じ理由でサニャを邪魔に感じ始めている。
そんな中、僕までも彼女に同じような言葉をかけたのなら……。
確かに立ち直れなくなってもおかしくはない。
今にして思えば、サニャは僕に気遣われるのをあまり良い顔はしていなかった。
もしかしたら、自分がお荷物扱いされてると感じていたのかもしれない。
僕は唇を噛み締める。
絞り出す様に声を出した。
「だったら尚更出来ないよ。そんな酷い事、サニャにしたくない」
「そう言うと思っていましたよ」
僕の言葉をラニカさんはあっさりと受け入れた。
予想外の言葉に僕は面食らう。
「じゃあどうしろと言うんだ」という僕の言葉を顔から察したのか、彼女は微笑み交じりに口を開く。
「貴方、養子になる気はありませんか?」
僕は突然の言葉に首を傾げる。
養子って、身寄りの無い子供を誰かが家族として迎え入れるあれの事?
だとしたら一体誰の?
「私が受け入れ先を探します。貴方に危険がなくなれば、姉も戻らざるを得なくなるでしょう」
「そ、そんな簡単に見つかるものなんですか?」
「貴族が保証して探すのです。寧ろ一般の孤児よりは貰い手は見つかりやすいと思います」
確かにそれなりの身分の人が、太鼓判を押してるとなれば引き取る側も余計な心配は少ないだろう。
言い方は悪いけど、動物の血統書付きみたいなものだろうか。
貴族ともなれば、引き取った後の支援も望めるかもしれないし、良い事づくめなのかもしれない。
「探している間も、私が身柄を預かり安全は保障しましょう。悪い話ではないのでは?」
「それは……そうですけど」
「貴方、ペルシア様が行っている研究に関係して、それで追われているのでしょう?」
僕は驚いた顔でラニカさんの顔を見た。
彼女は第二騎士団の偉い人だって話だし、そういう情報も入ってきているのかもしれない。
「貴方が居なくなれば、他の方々も貴方を守る為に危険にさらされる事もなくなるんですよ」
「うぅ……、それは」
「貴方だって、彼女達が傷つくのは嫌な筈です。どうです? 受けてくれますよね」
僕の耳元で囁くようにラニカさんは僕を説得する。
まるで子供に言い聞かせる様な優しい口調だ。
でもそれがまるで恐ろしい悪魔のささやきに感じてしまう。
でも彼女の言う通りだ。
僕さえ居なくなれば、皆が危険な目に合う事もない。
そうだ、あの時だって僕は聞かれた筈だ。
でも何故だか決める事が出来なくて、今まで保留にしていたんじゃないか。
その結果ライラと鉢合わせして、スズさんが泣いて、センリンが怪我をした。
そうだ、分かっていた筈だ。
皆に怪我して欲しくないなら、僕が皆の元から離れるのが一番なんだって。
だったらこの話は受けるべきなんじゃないか?
「……その、もう少し考えさせてくれませんか」
「そうですか。では明日、改めて伺います。良い返事を期待していますよ」
グルグル回る頭の中で僕はその言葉だけを精一杯絞り出す。
彼女は満足そうにその後も何かを話していたが、まるで耳には入ってこない。
そのまま、部屋を後にし皆の元に戻ると、皆は帰りの遅かった僕を心配していた。
僕は道に迷っただけだと嘘をついた。




