悲劇間隙
「事情はわかりました。……雪那さん、さぞ辛かったでしょうね。もう何も、我慢しなくていいのよ?」
旅の疲れが癒えるのを待って、二人から事の顛末の報告を受けた母は、開口一番に雪那を気遣った。それは何かを確かめるようでもあった。
「……いえ、自由はありませんでしたが、鬼は私を襲ったりしませんでした。叔父上だって……」
その言葉を遮って両肩を優しく掴む母は、首を振ると、雪那の目を覗き込んだ。
「私が言ったのは、その叔父上様の事よ。あなたの、たった一人の家族だったのでしょう?たった一人の肉親で、育ての親で、だいぶ歪んでいたようですが、あなたを愛していたのでしょう?」
雪那はハッとしてその瞳は動揺に揺れる。
「凄惨な最期を遂げられたとか。あなたの目の前で……あなたは表情一つ変えなかったそうですが。本当は、桃太郎が、………私達が憎いのではありませんか?」
「は、母上!?」
「あなたは黙っていなさい!」
割って入ろうとする桃太郎をピシャリと切り捨てる。
「お、叔父上は非道な悪鬼です!当然の報いを受けたのです!私は逃げ出すために桃太郎さん達と行動を共にしました。感謝こそすれ憎むなどありえません。」
取り乱したように強く否定する雪那に更に問いを重ねる。
「本当は叔父さんを止めて欲しかったのよね?あなたには優しい人だったんでしょう?」
そのたびに雪那の表情は悲痛に歪んでいく。
「でも、叔父さんは私を嫁にするって!その為に育てたんだから絶対に誰にも渡さないって!私がお母さんに似てるからってだけで、叔父さんは私の事なんか全然見てなかったのよ!」
ついには目に涙を溜めて叫んでいた。
「あぁ、可哀想に。それでも、ちゃんと自分を見て欲しかったのよね。」
「違う!」
「もっと甘えたかったわよね。」
「そんな事ない!」
子供をあやすような言葉に雪那はまるでだだっ子のように叫ぶ。
「あなたも叔父さんの事が好きだったのね。あなたにとってはお父さんだもの、それは当たり前の事なの。誰だって悲しいわ、泣いてもいいの。お嫁さんにはなれなくても、あなたは助けたかったんでしょう?それができなかった私達を恨んでもいいの!だからもう自分を責めるのはやめなさい!」
雪那の両肩が震え、それをつかむ両手に力が入る。
彼女は子供のように泣き出していた。
「うぅぅ、わ、私は、……何も出来なかった。何もしてあげられなかった。」
大粒の涙をこぼす雪那を抱きよせ、そんな事ないわ……とその胸にギュッと抱き締める。
「あなたの叔父さんは可哀想な人だった、でもあなたが居たことはきっと大きな救いだったはずよ。思い出してみて、穏やかな日々もあったんじゃない?楽しい事だってあったのでしょう?今のあなたを見ればわかるわ。幸せな時間は二人のモノよ。そして贈り物でもあるわ。お互いにとって。」
「う、う、うわぁぁぁぁぁん。」
ずっと抑えていたモノが一気に溢れだしたように声をあげて泣きじゃくる雪那から、桃太郎はばつが悪そうに顔を逸らした。
「ちぇ、俺は親の仇かよ。どうすりゃいいんだよ。」
小さく呟く、母はソレ聞き逃さなかった。優しく雪那の背を叩いていながら息子をギロリと睨み付ける。
「うわっ!?」
一瞬放たれた殺気に桃太郎はうろたえ、雪那までもビクリと緊張して背筋を伸ばした。
母はソレをクスリと笑い、彼女の頭を撫でながら優しく話しかけた。
「雪那さん、良かったら私の娘にならない?ずっと女の子が欲しかったのよ。」
「……え??」
「やっぱり私達が許せない?」
「ううん。」
胸に顔を埋めたまま雪那は首を振る。
「じゃあ、私の事、お母さんと呼んでくれるかしら?」
雪那は頷いた。
「お、お母さん……。」
「ありがとう、雪那ちゃん!これからよろしくね!」
「母上!?それはつまり俺の…………!」
桃太郎の表情がパッと輝いて、期待に溢れる眼差しを二人に向ける。
「つまり、桃太郎のお姉さんになるわね。」
「え?えーーー!!ね、姉さん!?そりゃあないよ母上!それじゃあお嫁さんにできないじゃないか!」
「あら、姉じゃなきゃできると思ってたの?」
息子を半眼で睨みながら、意地の悪そうな笑みを浮かべる母は、落ち着きを取り戻し始めた雪那をくるりと振り向かせた。……言っておやりなさい!……と。
「ごめんね、無理、……大人になりなさい、桃太郎。」
なんだかお姉さんぶってしまった自分に驚きと照れを隠しきれずに雪那は母と顔を見合わせ笑ってしまう。クスクスと笑い会う親娘。
桃太郎は突き付けられた現実に打ちのめされると共に、その笑顔に胸を撃ち抜かれていた。
「ぐはあぁぁぁぁ!?」
…………パタリ。




