第3話 セルヴァンナ・アウレ(前編)
===規則===
セルヴァンナの人生は、規則と共にあった。
厳格な両親の元に生まれ、家の中には無数の規則があった。
妬んではいけない。
姦淫してはいけない。
嘘をついてはいけない。
親を軽んじてはいけない。
その規則を守れぬ者は、神の寵愛を失う――そう教えられて育った。だから、セルヴァンナは愚直にそれを守った。
規則こそが正義だった。
規則こそが神だった。
規則こそが唯一の指針だった。
===幼少時の記憶===
セイムス王国のエルフは、10歳から教育機関に通うことになる。
セルヴァンナは、そこで初めて家族以外のエルフと交流を持った。
そこで彼女は、自らの家の規則が他よりも厳しい事に気づいた。
長命種であるエルフには、おおらかな気質のものが多い。
厳格な家は“特殊”なものだった。
だが、彼女は規則に不満を持つことはなかった。
むしろ、規則を守らず神の寵愛を失う他者を憐れんだ。
===ハナリア===
セルヴァンナは、良くも悪くも他人からの影響を受けにくい子供だった。
彼女の根底には神の教えと家の規則があった。
だが――彼女が20歳になったころ、大きな影響を与える存在に出会うことになる。
それは、人族のメイドだった。
名前はハナリア、年齢は12歳。
父親が奴隷市場で見かけて購入した少女だ。
特に理由はなかった。
購入する必要もなかった。
純然たる気まぐれだった。
だが、その気まぐれが、セルヴァンナの世界を――そして、運命を変えることになる。
ハナリアは、メイドとして働くことになった。年齢はともかく、外見は同年代に見える為、セルヴァンナの友人ということにもなった。
それからというもの、セルヴァンナはハナリアと一緒に過ごすようになった。両親よりも多くの時間を一緒に過ごし、本物の家族のようになっていた。
===律===
ハナリアと出会ってから、十年が経過した――。
それは、エルフにとっては短い時間。
だが、人族にとっては十分すぎる時間だ。
セルヴァンナの外見は、人間における十代半ば程度のものとなっていた。
他方で、ハナリアは立派な大人になっていた。
女性らしい体つきになり、セルヴァンナは密かに彼女のことを羨ましいと思っていた。
メイドたちの環境は過酷なものだった。
早朝から深夜まで、己を殺しながら過酷な仕事をこなしていく。
それは、規則に縛られたセルヴァンナよりも窮屈な生活だった。
次第に思うようになった。
――神はエルフよりも人族に寵愛を向けるのではないか。
セルヴァンナはそれを恐れた。
そして、その相談をハナリアにした。
この時の彼女は、両親よりもハナリアの方を信用していた。
「でしたら、それはセルヴァンナ様に与えられた使命だと考えればよろしいのではないでしょうか?」
「使命?」
「セルヴァンナ様が他のエルフの模範となるのです」
「……少し考えてみる」
その考えは、しっくりと来た。
これまで欠けていた何かがぴったりと埋まったように思えた。
それ以降、セルヴァンナは積極的に規則に従うようになった。
従い、従い、従い……。
ある日、彼女の精神はぽっきりと折れた。
これといった前触れもなく、疲れた。
彼女は、またハナリアに相談した。
「そうですね。息抜きをされてはいかがですか?」
「息抜き? そのようなことは許されていない」
「何故です? 聖典にそのようなことが書いてあるのですか?」
ハナリアに指摘され、セルヴァンナは聖典を調べた。
すると、そこには“息抜き”をしてはならないとは書かれていなかった。
怠惰であることは禁じられているが、休息が禁じられているわけではない。
セルヴァンナは、勝手に拡大解釈していたのだ。
「規則に書いていないことは、していいってことなんですよ」
ハナリアは悪戯っ子のような笑みを浮かべながら言った。
そこに深い考えはなかった。
ただ、セルヴァンナを助けたいという思いから、そのようなことを言っただけだった。
それが致命的だった。
「そうだ、その通りだ」
セルヴァンナは、聖典の研究にのめり込んだ。
専門家と意見を戦わせ、聖典を基にした『律』を作り上げた。
それに従ってさえいれば、神の寵愛を受けることが出来る。
ゆえに、そこに書かれていないことは、どのようなことであっても行ってよい。
それがセルヴァンナの根幹となった。
===神意不墜===
更に三年が経過した。
この頃には、セルヴァンナは国内有数の戦士になっていた。
物事を変えるためには、力が必要だ。
だから、彼女は 剣術と魔術を学び、極めていた。
長命種でありながら、努力を怠らなかった天才。
成人したセルヴァンナには、どのエルフも敵わなかった。
知力でも武力でも、一線を画していた。
そしてある日、彼女は特殊スキルを手に入れることになる。
それは、誰からも傷つけられることがなくなる固有スキル。セ
ルヴァンナはそのスキルに【神意不墜】という名をつけた。
“神の寵愛を受けた自分は、誰も堕とすことが出来ない”
そんな意味が込められていた。
また、人族の保護活動をするようにもなっていた。
それはメイドとして働いていたハナリアを助ける為のものだった。
聖典には、人族を“助けるべし”とは書かれていなかったが“助けてはいけない”とも書かれていなかった。
だから、助けたいように助けた。
こうして、清廉潔白な女性エルフが出来上がった。
だが――。
その潔白さと凶器は矛盾していなかった。
だからこそ、それが狂気を加速させていった。




