第3話 裏切り(前編)
===不気味な違和感===
この日の探索は、どこか様子が違った。
救世烈団の雰囲気が、いつもより軽く、浮ついている――レオンはそんな気がしていた。
だが、確証はない。
レオンは、気のせいだと思い込もうとしていた。
自分のような“役立たず”を同行させてくれているのだ。
そんな彼らを疑うことは“罪”に等しい。
だが――その違和感は錯覚ではなかった。
それが決定的な形をとったのは、深層第三区へ到着した時だった。
そこには、底の見えない“深穴”が組戸を開けている。
魔物すら近寄らないその周囲に、救世烈団は拠点を設けていた。
そこは、レオンが唯一“役に立てる”場所だ。
掃除をし、食事を作り、湯を沸かす。
そういった雑務こそが、彼が出来る唯一のことだった。
レオンは小走りで拠点に向かおうとした。
その時――。
「レオン、ちょっと待ってくれ」
アレクが、いつもと変わらぬ“屈託のない笑み”で呼び止めた。
「お前がこのパーティーに入ってから、一か月がたっただろ」
「はい」
「その記念に、今日は、お前のために“ちょっとしたイベント”をやろうと思っていたんだよ」
「本当ですか!?」
レオンは、思わず声を上げた。
救世烈団の団員たちが、自分のためにイベントを企画してくれたというのだ。
それは、これ以上はない程に幸福なことだった。
団員たちはアレクを囲み、温かなまなざしを向けている。
レオンは胸が熱くなり、涙がこぼれそうになった。
だが、必死に耐えた。
涙を流すにしても、そのイベントの内容を知ってからだ。
それが救世烈団への礼儀だと思った。
「その前に、一つだけ聞かせてくれ。お前、この中で誰を一番尊敬している?」
「え?」
その質問に、レオンは固まる。
彼はこのメンバーの全員を尊敬していた。
誰か一人を選ぶことなど出来るはずもなかった。
「選べません」
「まぁ、そう言うなって。気軽に答えてくれればいいから」
アレクがレオンの肩に手多く。
その手には力が込められており、少しだけ痛んだ。
言葉とは裏腹に、答えることを強要しているように思えた。
レオンは改めて仲間たちを見渡す。
やはり、その全員が尊敬できる相手であり、憧れだった。
だけど、強いて選ぶのであれば――。
「セルヴァンナさんです」
レオンはエルフの聖騎士の名を上げた。
彼女は人族の権利保護に尽力していた。
彼女のおかげで、人族の生活はこれまでよりも格段によくなっていた。
レオンもその恩恵を受けた一人だ。
「おいおい、“また”セルヴァンナかよ」
「聖騎士という立場は、やはり有利過ぎないか?」
「次からお前は対象外にするぞ。まぁ、今回は仕方ないが」
団員たちが、がっかりした様子で肩を落とした。
その反応に、レオンは違和感を持った。
――どうして、ここまで残念がるのだろう?
自分の意見に価値があるとは思えなかった。
荷物持ちでしかない自分の答えに彼らが一喜一憂するのはおかしいように思う。
だが、空気を悪くするわけには行かない。
レオンはよく分からないまま、曖昧な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、メインイベントに移るか。レオン、拠点に行くぞ」
アレクに促され、レオンは先頭に立って拠点を目指した。
そこには、救世烈団が用意してくれた“イベント”が待っているはずだった。
そして、実際に待っていた。
そこには――“異物”があった。
===崩壊===
それは人族の女性の遺体だった。
年齢は十代か二十代ほどか。
衣類は乱れ、身体には痛ましい傷痕が残されている。
拠点の中央に、まるで見せつけるように磔にされていた。
レオンは息をのんだ。
心臓が止まったような錯覚。
まるで世界が停止したかのような衝撃を受けた。
その衝撃は彼の思考を奪った。
そのせいで、ここに死体があることの“最大の問題”に気づくのが遅れた。
ダンジョンに遺体があることは珍しいことではない。
これまでも、多くの冒険者たちがダンジョンで命を落としてきた。
だが、この≪幽樹迷宮≫では話が違う。
ここは、救世烈団の専用ダンジョンなのだ。
ゆえに、彼らとその関係者しか入ることが出来ない。
つまり――。
これが出来るのも、パーティーメンバーかその関係者だけということになる。
「一体、誰が……」
レオンは声を震わせる。
だが、仲間たちは誰一人として動揺していなかった。
そんな姿を見て、レオンは“安心”した。
――彼らなら、この状況にも適切に対処してくれる。
そう思っていた。
だが、それは致命的な誤りだった。
「おいおい、誰だよ。こんなところに死体を放置した奴は」
アレクが面白がるように言った。
「残っている服を見る限り、教会の修道女のようだ。ということは、犯人は聖騎士セルヴァンナだろう」
抑揚のない声でノワールが言う。
それに対し、セルヴァンナが「うむ」といつもどおり堂々とした態度で応じた。
「いつも通りではつまらないだろう。だから、先日『白百合騎士団』の訓練に訪れた時、アレを“用意”しておいたのだ。面白い趣向だとは思わないか?」
「ああ、最高だ!」
平然となされる会話。
その意味をレオンは理解できなかった。
いや――実際は、理解していた。
ただ、受け入れることを無意識のうちに拒んでいた。
「あの、アレクさん。これは何かの冗談ですよね? ああ、そうか。ぼくを驚かせるために、こんなことを――」
「ああ、そうだよ」
「何だ。それじゃあ、あの死体は偽物なんですね?」
レオンは縋るように尋ねた。
真実は分かっているが、そうせずにはいられなかった。
そのわずかな希望を砕くように、アレクは答える。
「いや、アレは本物だ。セルヴァンナが“お前のために”用意してくれたんだ」
レオンの思考が停止した。
これ以上、何かを考えたくなかった。
考えたところで、得られるのは最悪の現実だ。
「これまで、お前に言っていなかったことがある。実はな、俺たちは、都合の悪い死体をそこの深穴に捨てていたんだ。瘴気があるから誰も調べられないし、近寄らない。専用ダンジョン様様だ」
アレクが当然のように言った。
視界が揺れ、現実感が遠のく。
世界が、足元から崩れていく。
――これは悪夢だ。
そう思いたかった。
だが――。
「あああああッ!」
突然、足に激痛が走った。
ノワールの魔力の刃が、レオンの腱を断ち切っていた。
その痛みが、残酷な現実を突きつけた。
“お前はもう、戻れないところまで来てしまったのだ”と。




