第4話 裏切り(後編)
===救世烈団の本性===
足の痛みは、ノワールの魔法によるものだった。
不可視の刃が、足の腱を切断していた。
立つことすら出来なくなったレオンは、地面に崩れ落ちる。
「ああああああああああ!」
痛みと混乱が渦巻き、喉から勝手に悲鳴が漏れた。
視界が揺れ、呼吸が乱れ、世界が遠ざかる。
顔を上げると、ノワールがナイフを振り下ろそうとしていた。
――もう駄目だ。
そう思ったが、ナイフの刃先は目の前で静止していた。
アレクがノワールの手を掴み、止めていたのだ。
「お前に攻撃する“権利”はないだろ」
「こいつは、まだ自分が置かれた状況が分かっていない。危機感がなさすぎる。これではつまらないだろう」
「それはそうだが。もう、これで十分だろ」
倒れたまま、レオンは二人の会話を聞いていた。
二人の淡々とした会話は、現実感がなかった。
この現状は自分だけ見ている幻覚であるかのように思える。
そんな彼に対し、アレクが爽やかな声で話しかける。
「悪いなレオン。少し“手違い”があった」
「何故……」
「何故って、言われてもなぁ」
「あの、僕は、邪魔でしたか? でしたら、邪魔にならない章にします。ですから――」
「いや、別に邪魔じゃないさ。文句を一つも言わずに荷物を運ぶし、雑用もこなす。これまでのポーターと比べても、優秀だとは思う。」
その言葉に、レオンは一瞬だけ安堵しかけた。
自分のことを認めてくれ、また仲間として認めてもらえるかもしれないと思った。
そんなわけがないのに。
続く言葉が、レオンを再度地獄に突き落とす。
「だけど――俺たちはお前を殺すことにしたんだ」
――殺す?
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
「殺す理由は、そうだな――ただの“娯楽”だよ。さっき、都合の悪い人間を殺したと言ったが、それとは別に娯楽で殺すこともある。その中でも特に面白いのが“ポーター殺し”だ」
世間話でもするかのように紡がれる言葉。
その一つ一つが、レオンが信じていたものにヒビを入れていく。
「人間のポーターを一人仲間にして、全員で優しく接する。そうすることで、その人間は全面的に俺たちを信用することになる。そして、十分に信用されたと思ったら、“このイベント”を開催するんだ」
救世烈団の面々は、興味深げにレオンを見ている。
これを聞いた時の彼の反応を見て、楽しんでいるのだ。
「信頼を裏切られた人間を十分にいたぶったうえで殺す。ここまでは理解出来たか?」
理解は出来ていた。
だが、認められなかった。
それに――アレクは「ここまでは」と言っていた。
つまり、このイベントには“続き”があるということだ。
これまでの出来事は、“まだ”最低のものではないのだ。
「お、察したようだな。勘のいいガキは好きだぜ。まぁ、良すぎると殺さないといけなくなるけどな。さて、話の続きだ。当然、俺たちの娯楽はこれでは終わらない。俺たちは、ポーターを殺したら、その遺族に“死の報告”をしに行くことにしている。神妙な顔をして『彼は立派に役目を果たしました』ってな」
アレクの言葉に、救世烈団の面々が笑い声を漏らす。
「そうすると、遺族は俺たちに感謝するんだよな。身体を震わせながら『死んだポーターも、きっと誇りに思っています』とか言っちゃってさ」
「あれは面白い! 人間が俺たちに提供できる最大の娯楽だ」
「お前の身内を殺したのは、私達だっていうのにぃ!」
アレクの言葉に、ハムロックとオルディナが続いた。
他の面々も、静かな笑い声をあげえていた。
人の痛みを。
人の死を。
人の屈辱を嗤っていた。
その光景に、レオンの胸が締め付けられた。
呼吸が上手くできず、苦しくなってきた。
アレクは続ける。
「ちなみに、普通は殺すまでに三か月くらいかけるんだぜ。そうして、ポーターとその家族に俺たちを信用させるんだ。俺たちは、それを『熟成期間』と呼んでいる。これ考えたのって、誰だっけ?」
「私だ」
セルヴァンナが堂々と答えた。
「そうそう。聖騎士様の大発明だ。その信頼が絶望に転化するのを見るのは実に気分がいい。ちなみに、お前の場合は一か月だけだ。素直な性格をしているお前は、すぐに俺たちを信頼した。もう、これ以上深い信頼関係は築けないだろう。それに、お前の身内はあの“老エルフ”だけだろ。血もつながっていない。あの老エルフはお前が死んだところであまり悲しまないだろうし、詰まらなそうだ。だから、お前は早めに処分することにした」
嘲笑がレオンに向けられる。
そんな中、セルヴァンナだけは表情を変えないままレオンを見ていた。
明らかに他の面々とは違う態度だ。
――助けてもらえるかもしれない。
一縷の希望にかけて、レオンは声を上げる。
「セルヴァンナさん! 助けてください!」
――誇り高き聖騎士が。非道を認めるはずがない。
だが、返事はなかった。
代わりに、アレクが告げる。
「ちなみに、お前を殺す権利はセルヴァンナが手に入れた。さっき、お前は一番尊敬するメンバーとしてセルヴァンナを選んだだろう?」
「そんな……」
「さて、そろそろ始めるか。セルヴァンナ、好きにしろ」
レオンは再びセルヴァンナを見る。
彼女は動かなかった。
「私はレオンに危害を加えるつもりはない」
その言葉に、レオンは希望を感じた。
やはり彼女だけは違う。
彼女だけは、この腐ったパーティーに毒されていない。
彼女なら、助けてくれる――そう思った。
だが、続く言葉がその希望を打ち砕いた。
「おいおい、どういうことだ? まさか、情が移ったのか?」
「そのような薄汚い男など、殺す価値もない」
セルヴァンナは、男性を嫌悪している。
彼女にとってレオンは“殺す価値もない存在”だった。
つまり――彼女がレオンを助ける理由も存在しない。
「――というわけだ。私は謹んで辞退しよう。後は、お前たちの好きにしろ。“早い者勝ち”だ」
===深穴へ===
早い者勝ち。
その言葉と同時に、ハムロックがハンマーを振り下ろした。
彼は、ドワーフ族の戦士兼鍛冶師だ。
彼が持つハンマーには、『魂鋼破鎚』という名がつけられている。
ドワーフの禁術を用いて作られた特別な武器だ。
その効果は、神経の破壊。
手を動かそうとすれば足が動き、足を動かそうとすれば頭が動く。
それがランダムに変化し続けるのだ。
勿論、大質量による攻撃であるため、ダメージも大きい。
「おいおい、張り切り過ぎだろ」
「ポーター殺しの機会は、中々回ってこないからな。それにレオンはそれなりにレベルアップしていたようだ。まだ五体満足のまま生きているではないか。実に叩き買いがある」
ハムロックが愉快そうに言う。
その言葉を受け、アレクが思い出したように言う。
「五体満足で思い出した。やっておくべきことがあったんだ。ガロウ、“いつもの”頼む」
「ああ」
ガロウは獣人族の男だ。
彼はレオンの肩を掴み――その右腕を引きちぎった。
視界が白く弾け跳び、全身に焼けるような痛みが走る。
「あ……ああ……」
もはや叫び声を上げることすら出来なかった。
「お前は、魔物に殺されたことにしておく。その腕は、あの老エルフ――ザイラスだったっけ? アイツに見せてやるよ」
返事は出来なかった。
腕からは血が流れ続ける。
このままではすぐに死んでしまうだろう。
だが、彼らは『死』という逃げ道を塞いだ。
「回復」
オルディナは魔法で腕の止血を行った。
それにより、腕からの出血は止まった。
だが、腕は元には戻らない。
「お、ナイスだ、オルディナ。その功績をたたえて、次の攻撃はお前がしていいぞ」
「え、いいの? ラッキー。というわけで『禍福反転』アーンド『沈痛の祝福』」
「ああああああああああ!」
精霊種であるオルディナは、“祝福”を与えることが出来る。
それは、対象を助ける為のものだ。
だが、彼女には特殊な才能――『禍福反転』があった。
これを使われた対象は、祝福を受けると逆の効果を得ることになる。
沈痛の逆――レオンの痛みが、これまでとは比較にならないほど強くなった。
全身が痙攣し、思考も失った。
ただ痛みだけが彼の脳を支配する。
そんな中、本能だけが警告を発し続けている。
――逃げろ。
――ここから離れろ。
「お、まだ動くか」
本能に従い、レオンは身体を動かした。
神経がおかしくなっているため、まともな動きは出来ていない。
だが、彼の身体は奇跡的に深穴のほうに向かっていた。
「死ぬ前に、自ら穴に飛び込もうっていうのか。死体処理まで自分でやるとは、流石は“雑用係”だ」
そんなわけがない。
ここから逃げたいだけだ。
わずかな希望があるとすれば、そこだけなのだ。
「それじゃあ、深穴の中でお前の身に起こることを説明しておこう。この深穴の底には“何か”がいる。あまりに瘴気が濃いため、俺たちも探索には行けない」
その話が事実であるなら、生き残れるかもしれない。
少なくとも、ここにいるよりは、深穴に落ちた方が生存できる可能性が高いように思えた。
だが、そんなはずがなかった。
そのようなことを彼らが許すはずがなかった。
「以前、ここに生きている人間を落としたことがあった。その時、何が起きたと思う? 叫び声が聞こえてきたんだよ。暗闇の中から、苦痛に苦しむ声が延々と聞こえてきたんだ。かれこれ二時間くらいだったか。あれは楽しかった」
「やめて……」
「お前も精々、俺たちを愉しませてくれ」
そう言って、アレクはレオンを蹴り上げた。
浮遊感と加速。
遠ざかる光。
急速に近寄る死の気配。
レオンの身体は、闇の中に吸い込まれていった。
闇の中に待ち受けるのは、更なる絶望。
そして――。




