第8話 復讐
===復讐の意義===
レオンは平静を取り戻していた。
深淵喰いが取り込んだ者たちからの叫びも、今は抑え込むことが出来ている。
「セルヴァンナさん。貴女は、ぼくを殺そうとしました。生きたまま、深穴の底にいる魔物に喰わせようとしました。ぼくはその復讐をするために、ここにやってきました」
「だろうな」
「貴女と戦って、勝つことが出来ました。そして、無力化することも出来ました。ただ、この先を考えていなかったんです。ぼくは貴女を殺すことしか考えていませんでした。でも、この状況になって、ふと思ったんです。復讐というのは、これで終わりにしていいものかと。そもそも、復讐とは何なのか。何故人は復讐をするのか」
レオンは、部屋の隅で小さくなっているメイドたちを見た。
彼女たちの身体は傷つけられており、怯えた目をセルヴァンナに向けている。
「何が言いたい?」
「人が復讐をする理由は二つあるのだと思いました。一つは、自分に対して不利益をもたらしておきながらのうのうと生きている相手を許せないから。そうしないと、自分が苦しいからです」
セルヴァンナは無言でレオンを見ていた。
話の内容に興味を持ったらしい。
「もう一つは、自分を許せないからです。俺には、二つの選択肢がありました。復讐をするか、全てを忘れたフリをしながら生きるか。前者には、大きなリスクを伴います。場合によっては、状況をより悪くしてしまうかもしれません。だから、後者を選ぶ人がたくさんいることも分かっています。でも、それは、自分が失ったものはリスクを取ってまで報復する価値がないものだ、と認めることになると思うんです。だから、復讐をするための最大限の努力はしなければならないと思いました」
レオンは淡々と告げる。
「今回、ぼくは最大限の努力をしました。ですから、自分を許すことは出来ます。また、セルヴァンナさんには最大限の屈辱を味わわせ、白百合騎士団も壊滅させました。ですから、貴女にも十分な不利益を被らせたと言えます」
「だから、復讐を止めるとでも」
「はい。セルヴァンナさんに対する復讐は、これで終わりにします」
「お前は、甘いな」
セルヴァンナが言う。
「ハナリアもそうだった。父に手籠めにされ、私に殺された。それなのに、私に対して憎悪を向けることは――」
「いえ、それは違います」
レオンは言葉を遮った。
「確かに、ぼくは復讐をここで止めました。でも、貴女に復讐をしたいと思っている人は、ぼくだけではないはずです」
レオンは再び、視線をメイドたちに向ける。
それで、セルヴァンナも察したようだ。
「ぼくは何もしません。いえ、手伝いくらいならしますけれど」
===メイドの意地===
最初に動き出したのは、ミナだった。
彼女は一か月ほど前に、この地下室に連れて来られていた。
それからというもの、セルヴァンナに苦痛を味わわされてきた。
レオンがリュミエルとして白百合騎士団に来てからは、しばらく放置されていた。
だが、それで怒りが収まるはずもなかった。
ミナは、セルヴァンナが使っていた聖剣を手に取ろうとした。
「それは止めた方がいいですよ」
レオンの言葉に、ミナの動きが止まる。
「その聖剣は、一振りするだけで身体に大きな反動を引き起こします。セルヴァンナさんも【神意不墜】がなければ、まともに扱えなかったはずです。使うなら、こちらを」
レオンは短剣を五本【解放】した。
特別なものではない。市販のものだ。
ミナはその短剣を手に取った。
手は震えている。
涙を浮かべながら、それを振りあげた。
だが、身体が奮えるばかりで、それを振り下ろすことが出来ない。
まともな精神を持っていれば、傷つけることをためらうものなのだ。
それが、どれほど憎い相手であっても、
そこにある一線を越えるには、覚悟が必要だ。
ミナにはそれがなかった。
だが――。
「いいぞ、それでいい!」
セルヴァンナが言った。
それは“主人”から“奴隷”への言葉。
それがミナの何かを刺激した。
「うあああああああああああああああ!!」
彼女は叫び声を上げながら、ナイフを突き刺した。
憎きエルフの肌をナイフが突き破る。
その感触が、両手に広がった。
だが、一度始まってしまえば、抵抗は少なくなった。
「何をしているの? 私が一人で殺してしまってもいいの?」
ミアは他のメイドたちに向かって叫んだ。
すると、他のメイドたちも短剣を手に取る。
そして、セルヴァンナに向かって振り下ろした。
何度も、何度も、何度も、何度も。
これまでされてきたこと。
その本の一部でもやり返すように。
ミナたちは、衝動に任せて短剣を振り下ろし続けた。
だが、その度に傷が塞がっていく。
どうやっても、セルヴァンナの命を奪うことが出来なかった。
彼女の【神意不墜】は、完全に消えたわけではない。
だから、どれだけ突き刺したところでセルヴァンナを殺すことは不可能だ。
少し離れたところでは、レオンがそれを見ていた。
――何故、この人は何もしないの?
ミナは疑問に思った。
このままでは、セルヴァンナを殺すことが出来ない。
体力が戻って、返り討ちにさせてしまうかもしれない。
――何か、別の道具が必要だ。
そう思ったところで、あることに気づいた。
それは、最初から近くにあったのだ。
ミナは無言で、その“道具”を指さした。
それは、セルヴァンナが作成させた拷問具。
透明なアイアンメイデンだ。
メイドたちは、その意図を正しく理解した。
「レオンさん。それを持ってきていただけますか?」
「ああ、はい」
ミナの言葉に、レオンは素直に従った。
メイドたちはセルヴァンナの身体を持ち上げて、その中に“格納”した。
だが、セルヴァンナは動じない。
むしろ、恍惚の表情を見せていた。
「作ったかいがあったな。まさか、君たちに使ってもらえるとは」
メイドたちは、その様子に怯んでいた。
ただ一人――ミナだけは違った。
彼女はレオンに声をかける。
「レオンさん。この拷問器具、誰の目にも付かない場所に移動させることは出来ますか?」
「救世烈団が使っているダンジョンに、誰も入らない深穴があります。そこに捨てれば、誰の目にも付かないと思います。ぼくはそこのダンジョンコアを持っているので、絶対に見つからないよう地中に埋めておくことも出来ます」
「では、お願いします」
その言葉に、ようやくセルヴァンナの表情が変わった。
これから何が起きるのかを理解したのだろう。
「おい、止めろ」
ようやく、動揺した声がセルヴァンナから発せられた。
「貴女は、他人から感情を向けられるのが好きなんですよね。特に、人族の女性から。ですから、貴女は人の手がかからない方法で、一人で勝手に苦しんでください」
ミナはそう言って、アイアンメイデンのふたを閉める。
だが、残存した【神意不墜】の影響か、針が中々刺さっていかない。
すると、他のメイドたちもそれを手伝い始めた。
全員で体重をかけ、無数の針をセルヴァンナの肌に少しずつ突き刺していく。
「あああああああああああああああああ!!」
悲鳴とともに、大量の血液が流れ出る。
それがアイアンメイデンの内側に付着し、少しずつ中身が見えづらくなっていった。
犠牲者の様子を観察した意図セルヴァンナは言っていたが、このような構造的欠陥には気づかなかったらしい。
「出せ! 出せ! ここから出せ! お前たちが傷つけていい肌じゃないんだよ! このカスどもが!」
叫び声を上げつづけるセルヴァンナ。
彼女は死なない。
死ねない。
痛みにのたうち回ろうとするが、それが痛みを加速させる。
そんな彼女に、ミナは優しい声で告げる。
「想像してください、セルヴァンナ様。貴女はこれから先、誰にも見つけられません。この中で苦しみ続けることになります。誰も助けに来ません。誰にも気にされません。ただ意味もなく、苦しみ続けるのです。そして、これが貴女が聞く最後の言葉です」
ミナはそれ以上何も言わなかった。
アイアンメイデンの蓋は完全に閉じられ、その中ではセルヴァンナがのたうち回っていた。
これが永遠に続くことになる。
それはどれほどの恐怖だろうか。
それはどれほどの痛みだろうか。
それを想像することは出来ない。
それでも、これまで虐げられてきた人族に比べれば、大したものではないように思えた。
ミナたちは、しばらくの間、苦しみ続けるセルヴァンナを無言で見ていた。
こうして、セルヴァンナへの復讐は、始まった。
この後、アイアンメイデンは補強されたうえで、幽樹迷宮の深穴に持ち込まれた。
そこは、魔物すら避ける場所。
彼女が誰かに見つけられることは、永遠になかった。
===セルヴァンナ・アウレの終わり===
あれから、どれだけの時間が経っただろうか。
アイアンメイデンの中で、セルヴァンナは狂っていた。
ダンジョンの深穴――その地中に隠されたアイアンメイデンは、誰にも発見されることはなかった。
終わらない痛みが、セルヴァンナを襲い続ける。
死にたいと思っても死ねない。
もはや、矜持など忘れてしまった。
過去にも未来にも、痛みしかなかった。
そして、この日――最後の心が折れた。
神への信仰は消えうえ、これまでやって来たことの全てが誤りだと考えるようになった。
最初から最後まで、全てが誤りだった。
そう納得した瞬間――【神意不対】が失われた。
こうして、彼女は不死性を失った。
レオンに敗れてから、長い長い時間が経過していた。
それがどれほどのものだったのか――それを知る者はいない。
だが、この日。
ようやくセルヴァンナは死を迎えることが出来た。




