第9話 想いの自覚
エマが城に来てから三日が経った。熱も下がり、だいぶ元気を取り戻している。
「本当にご迷惑をおかけして……」
「気にしないで。それより、王都の詳しい状況を教えて」
三人そろって、居間でお茶を飲みながら話を聞く。
「ミーナは、最初は清純な聖女を演じていたんです。でも、ステーシア様が追放されてから、少しずつ本性を」
「どんな風に?」
「教会の後ろ盾を使って、気に入らない貴族を異端審問にかけたり……アルフレッド殿下も、彼女の言いなりです」
(かなりの高熱だったし、おんなじ事繰り返して言ってるなぁ。それは仕方ないにしても、やはりゲームより展開が早い……なんでやろ)
レオンハルトが口を開いた。
「大司教は?」
「ヴィンセント大司教ですか? 彼も聖女に協力的です。いえ、むしろ……」
「むしろ?」
「大司教が、裏で糸を引いているような」
レオンハルトの眉間に皺が寄った。
「やはりか」
「何か心当たりが?」
「……いや」
また何か隠している。でも今は追及しない。
「とにかく、エマはしばらくここにいなさい。安全だから」
「でも、ご迷惑では」
「そんなことないよ。ね、レオンハルトさん」
「……ああ」
エマが驚いたような顔で私たちを見比べる。
「ステーシア様、もしかして……」
「な、ななな、何?」
「暗黒騎士様と、その……」
顔が熱くなる。
「ち、違うから! ただの雇い主と家政婦の関係で、まだ何も」
「まだ? まだって? えー? そうなんですか?」
エマがにやにやしている。昔からこういうところは鋭い。
スッとレオンハルトが立ち上がった。
「出かけてくる」
「また? どこへ?」
「……すぐ戻る」
相変わらず詳しいことは教えてくれない。
*
午後、エマと一緒に近くの村へ買い物に出かけた。魔物に襲われない経路は、もうバッチリ。明日は収穫祭があるらしく、村は準備で賑わっていた。
「ステーシア様、これ可愛い!」
エマが屋台の髪飾りを見ている。色とりどりのリボンや花飾りが並んでいた。
「お嬢さんたち、明日の祭りに来るかい?」
店主のおばさんが声をかけてくる。
「収穫祭ですか?」
「そうさ。年に一度の大祭りだよ。踊りに、屋台に、最後は花火もあがる」
「花火……」
(デートいけるかな)
「ステーシア様、行きましょうよ!」
「でも、レオンハルトさんが」
「誘えばいいじゃないですか」
「そんな簡単に……」
結局、エマに押し切られて、花飾りを一つ買った。
城に戻ると、レオンハルトはまだ帰っていなかった。
日が暮れて、夕食の準備をしていると、ようやく帰ってきた。
また、怪我をしている。
「今度は腕ですか!」
「……かすり傷だ」
「かすり傷じゃありません!」
手当てをしながら、思い切って聞いてみる。
「明日、収穫祭があるそうです」
「……それで?」
「一緒に、行きませんか?」
手当ての手が止まった。
「俺が祭りに?」
「ダメですか?」
「……」
長い沈黙。諦めかけた時、小さな声が聞こえた。
「……分かった」
「本当ですか!?」
「ああ。だが、目立たないようにしないと」
「はい!」
「うっ!?」
「あ、すみません!」
嬉しくて、つい手当てに力が入ってしまった。
*
収穫祭当日。快晴に恵まれ、絶好の祭り日和となった。
買っておいた花飾りを髪につける。エマが手伝ってくれた。
「ステーシア様、とってもお似合いです!」
「そ、そう?」
普段の旅装ではなく、村で買った普通のワンピース。悪役令嬢の格好とは正反対だ。
「レオンハルトさんも、きっと見惚れますよ」
「だから、そういう関係じゃ……」
階下に降りると、レオンハルトが待っていた。
いつもの黒い服だが、鎧ではなく普通の上着。フードで顔を隠している。
「お待たせしました」
「……」
じっと見つめられる。
「あの、変ですか?」
「いや……似合ってる」
小さな呟き。でも、確かに聞こえた。
「あ、ありがとうございます」
「私は留守番してますね」
エマが気を利かせてくれた。
二人で村へと向かう。道中、ほとんど会話はなかったが、不思議と心地良い沈黙だった。
村は祭りの真っ最中。色とりどりの屋台が立ち並び、音楽が響いていた。
「すごい人ですね」
「……ああ」
人混みの中を歩いていると、自然と距離が近くなる。
ふと、レオンハルトの手が伸びてきた。
「はぐれないように」
大きな手に、そっと手を引かれる。
(やばい、ドキドキする)
屋台を見て回る。リンゴ飴、焼きそばのようなもの、弓を使った射的……これはちょっと危ない。
「あ、あれやってみたい!」
輪投げの屋台を見つけた。
「景品もあるよ!」
挑戦してみるが、なかなか入らない。
「難しい……」
「貸してみろ」
レオンハルトが輪を手に取る。
見事、一発で成功。
「すごい!」
「このくらいなら」
景品は小さなドラゴンのぬいぐるみだった。
「はい」
「え?」
「君にやる」
ぬいぐるみを受け取る。柔らかくて、温かい。
「ありがとう」
日が暮れて、祭りはクライマックスへ。
広場では、村人たちが輪になって踊っていた。三人の吟遊詩人がリュートを奏でている。エルフ。初めて見た。
「一緒に踊ろう!」
いつも買い物してる商店のオバさんに誘われて、輪の中に入る。手をつないだままのレオンハルトも渋々ついてきた。
簡単なステップの民族舞踊。最初はぎこちなかったが、だんだん楽しくなってきた。
「レオンハルト、意外と踊れるんですね!」
「……昔、少し」
音楽に合わせて、手を取り合って回る。
レオンハルトの顔が、少しだけ笑っているように見えた。
そして、祭りのフィナーレ。
夜空に、花火が打ち上がった。
「きれい……」
色とりどりの光が、夜空を彩る。隣を見ると、レオンハルトも花火を見上げていた。その横顔が、とても優しくて。
「レオンハルト」
「なんだ?」
「私――」
言いかけた時、村の入口から馬のひづめの音が聞こえてきた。
武装した騎士の一団。
そして、その先頭には――
「アルフレッド王子!?」
金髪をなびかせた王太子が、こちらを真っ直ぐ見つめていた。
「ステーシア、見つけたぞ」
祭りの喧騒が、一瞬で凍りついた。
花火の光の下、運命の再会が果たされる。
でも、私の心は――
隣に立つ、黒髪の騎士にあった。