第10話 召喚命令
花火の音が止み、祭りの喧騒が静まり返った。村人たちは、突然現れた王太子と騎士団に怯えて後ずさりしている。
アルフレッドが馬から降りる。金髪が月明かりに照らされて、まるで絵画の中の王子様のようだ。
(でも、もう心は動かへん)
「ステーシア、無事でよかった」
アルフレッドが近づいてくる。反射的に一歩下がると、隣のレオンハルトが前に出た。
「王太子殿下、このような夜更けに何用ですか」
「暗黒騎士か。君には関係ない話だ」
二人の間に緊張が走る。
「関係なくはない」
レオンハルトの声が低く響く。
「彼女は俺の客人だ」
「客人?」
アルフレッドの眉が吊り上がる。その視線が、私たちのつないだ手に向けられた。
慌てて手を離そうとしたが、レオンハルトがぎゅっと握り返してきた。
(え?)
「ステーシア、説明してもらえるかな」
「説明も何も……私は追放されたはずです」
「それは誤解だった」
「誤解?」
アルフレッドが苦い顔をする。
「聖女……いや、ミーナが魔物に襲われた。暗黒騎士の仕業ではないかという話が出ている」
「なんですって?」
レオンハルトが鼻で笑った。
「馬鹿げている。俺がそんな回りくどいことをすると思うか」
「だから、真相を確かめたい。ステーシア、君も王都に来てもらう」
「お断りします」
きっぱりと言い切る。アルフレッドが驚いて目を丸くする。
「なぜだ? 君の潔白を証明するチャンスだぞ」
「潔白も何も、私は追放された身です。今更王都に戻る理由はありません」
「しかし――」
「それに」
レオンハルトの手を握り返す。
「私はここでの生活が気に入っています」
アルフレッドの顔が歪んだ。嫉妬、後悔、怒り――様々な感情が入り混じっている。
「本気で言っているのか?」
「ええ、本気です」
騎士団がざわめく。団長らしき男が前に出た。
「殿下、ここは一度引き上げましょう。あのような女、放っておけば――」
「黙れ!」
アルフレッドの一喝で、騎士団長が黙り込む。
「ステーシア、これは命令だ。王都に来てもらう」
「命令? 私はもう王国の民ではありません」
「それでも――」
その時、村の入口から新たな馬のひづめの音が聞こえてきた。
現れたのは、教会の紋章を付けた騎士たち。その先頭には――
「これはこれは、王太子殿下」
痩身の男が馬から降りる。大司教ヴィンセント・グレゴリウスだ。
「大司教、なぜここに」
「聖女様が心配されていましてな。殿下が一人で危険な場所へ向かわれたと」
大司教の視線が私とレオンハルトに向けられる。
「おや、これは意外な組み合わせですな……暗黒騎士に……追放されたステーシア様」
「どういう意味です?」
「いえいえ。ただ、聖女様がお聞きになったら、さぞ驚かれるでしょう、ね」
嫌な笑みを浮かべている。
(こいつ、やっぱりなんか企んでる)
「大司教、私は――」
「ステーシア・ブランドン」
大司教が私の言葉を遮って名を呼ぶ。
「聖女様が貴女に会いたがっておられます」
「会いたくありません」
「そう言わず。昔の誤解を解きたいと」
「誤解などありません。彼女が王太子殿下を奪ったのは事実です」
アルフレッドが顔をしかめる。
「ステーシア、その言い方は――」
「事実でしょう?」
大司教が咳払いをした。
「とにかく、王都へ来ていただきたい。これは聖女様直々のお願いです」
「お断りします」
「では、こう言えばどうかな」
大司教の目が細められる。
「ローゼンタール侯爵令嬢の件もありますしな」
血の気が引いた。エマのことだ。
「なんのことです?」
「おや、ご存知ない? 彼女は重要参考人として指名手配されています。匿った者も同罪ですぞ」
(脅しやがった)
レオンハルトが私を庇うように前に出る。
「脅迫か?」
「とんでもない。ただ事実を申し上げただけです」
大司教とレオンハルトが睨み合う。一触即発の空気。
このままでは、村で戦いになる。
私は口を開いた。
「分かりました。王都へ行きます」
「ステーシア!」
レオンハルトが振り返る。
「でも、条件があります」
「ほう?」
「レオンハルトも一緒に来てもらいます」
大司教の笑みが深くなった。
「もちろん構いませんとも。むしろ好都合です」
(好都合? なんか嫌な予感……)
アルフレッドが不快そうな顔をする。
「暗黒騎士など連れて来る必要はない」
「彼は私の護衛です。文句ありますか?」
「護衛? いつからそんな関係に――」
「明日の朝、出発します。それでよろしいですね?」
話を打ち切る。アルフレッドはまだ何か言いたそうだったが、大司教に促されて引き上げていった。
村に静寂が戻る。祭りの熱気は完全に冷めてしまった。
「ごめんなさい!」
何か被害があったわけではない。
けれど、村の祭りが台無しになってしまった。私のせいで。
深く深く頭を下げた。
ふと気づく。
レオンハルトも同じように頭を下げていた。
*
レオンハルトと二人で城への道を歩く。
「すまない」
「何がです?」
「巻き込んでしまった」
「違います。私が勝手に決めたことで、巻き込んだのは私です」
月明かりの下、レオンハルトの横顔を見る。
「……」
「あなたがいれば、心強いです」
レオンハルトが立ち止まった。
「ステーシア」
「はい?」
「王都は……危険だ」
「分かってます」
「それでも行くのか」
「エマを見捨てるわけにはいきません。それに……」
深呼吸をする。
「逃げてばかりもいられません」
レオンハルトが私の頭に手を置いた。大きくて、温かい手。
「分かった。必ず守る」
「……はい」
城に戻ると、エマが心配そうに待っていた。事情を説明すると、青い顔になった。
「私のせいで……」
「違うよ。これは私の問題」
「でも」
「一緒に王都へ行きましょう。もう逃げ回るのは終わり」
エマが涙を浮かべながら頷いた。明日、王都へ戻る。追放されてから初めての帰還。何が待ち受けているか分からない。
でも、今は隣にレオンハルトがいる。
それだけで、勇気が湧いてくる。
(制作者の知識を総動員して、絶対に切り抜けてみせる)
決意を新たに、出発の準備を始めた。




