第13話 ゲームにない展開
王都の朝は、いつもと違う重苦しさに包まれていた。
エマの屋敷の客間で目を覚ました私は、窓の外に広がる異様な光景に息を呑んだ。通りを行き交う人々の数が昨日より明らかに少ない。そして、歩いている人たちの顔色が……妙に青白い。
(なんやこれ……こんな展開、ゲームにはなかったはずや)
急いで身支度を整え、レオンハルトの部屋へ向かった。扉を叩くと、すでに起きていた彼が現れた。いつもの黒い鎧ではなく、王都の騎士が着るような控えめな装束を身に着けている。
「おはようございます。レオンハルト、外の様子が……」
「ああ、俺も気づいた。城下町で何かが起きている」
朝食もそこそこに、私たちは街へ出た。エマも心配そうについてくる。
市場に近づくにつれ、異様な光景が目に飛び込んできた。いつもは活気に満ちているはずの露店が、半分も開いていない。そして、道端に倒れている人が……
「これは……」
レオンハルトが素早く倒れている商人に駆け寄り、脈を確かめる。
「生きている。だが、何か強い魔力の影響を受けているようだ」
彼の手が淡い光を放つ。闇属性だけでなく、光属性の魔法も使えるなんて……やはり只者ではない。
「原因不明の病……いえ、これは魔力による何かですわね」
エマが青い顔で呟いた。
私たちは倒れている人々を近くの救護所へ運びながら、情報を集めた。どうやら三日前から急に体調を崩す人が増え始め、今朝になって一気に悪化したらしい。
「共通点は……全員が王都の住民ということだけか」
レオンハルトが顎に手を当てて考え込む。
その時、ふと私の脳裏に嫌な予感が走った。
(待って……もしかして、これって……)
「レオンハルト、魔力の流れを追えますか?」
「……試してみる」
彼が目を閉じ、両手を地面に向ける。黒い魔力が地面に浸透していき、何かを探るように広がっていく。
しばらくして、彼の顔が険しくなった。
「地下だ。王都の地下に、巨大な魔法陣が展開されている」
「地下……まさか!」
私の記憶が正しければ、王都の地下には古い下水道が張り巡らされている。そして、その一部は……
「教会の地下礼拝堂に繋がっているはずです」
エマが驚いたように私を見た。
「ステーシア様、どうしてそんなことを?」
「え、ええと……辺境でも王都の地図くらい勉強しましたわ」
(危ない危ない。ゲーム知識だなんて言えるわけないやん)
私たちは人目を避けながら、教会へと向かった。正面からではなく、裏手の古い入り口から侵入する。
地下への階段を降りていくと、次第に空気が重くなってきた。そして、奥から漏れてくる不気味な光……
「これは……」
地下礼拝堂の扉を開けた瞬間、目の前に広がった光景に言葉を失った。
床一面に描かれた巨大な魔法陣。その中心には、聖女ミーナが立っていた。彼女の周りには倒れた人々から吸い上げたような、淡い光の粒子が渦を巻いている。
「あら、お客様?」
ミーナが振り返る。その顔には、いつもの無垢な笑顔はなかった。
「聖女様、これは一体……」
「王都の人々の生命力を少しずつ頂いているの。でも心配しないで。死にはしないわ。ただ、しばらく寝込むだけよ」
私の背筋が凍った。
(これ、ゲームになかった……オリジナルの展開や)
「何のためにこんなことを!」
「決まっているでしょう?」
その声は、私たちの背後から聞こえた。振り返ると、大司教ヴィンセントが数人の教会騎士を従えて立っていた。
「新たな神の国を作るためですよ、ブランドン令嬢」
大司教の顔に浮かぶ狂信的な笑み。私は拳を握りしめた。
「神の国……?」
「王家など必要ない。教会が、聖女様が直接民を導く。それこそが真の理想郷です」
レオンハルトが私を庇うように前に出る。その手には既に剣が握られていた。
「貴様ら……王国への反逆だぞ」
「反逆? まさかまさか。これは浄化です。腐敗した王権を排し、清らかな神権政治を樹立する。聖女様の力があればそれが可能なのです」
ミーナが魔法陣の中で両手を広げる。集められた生命力が、彼女の体に吸収されていく。
「もう少しで準備が整うわ。そうしたら……」
彼女の瞳が、冷たく輝いた。
「邪魔者は、全て排除するだけよ」
教会騎士たちが剣を抜く。私たちを取り囲むように展開していく。
(やばい……これ、どうやって切り抜けるんや!?)
緊張が極限まで高まる中、レオンハルトが呟いた。
「……撤退だ」
次の瞬間、彼の魔力が爆発的に膨れ上がった。黒い奔流が教会騎士たちを吹き飛ばし、一瞬の隙が生まれる。
「今だ!」
私たちは一目散に地下礼拝堂から逃げ出した。背後から追手の足音が響くが、レオンハルトが振り返りざまに放つ風魔法が追撃を阻む。
地上に出て、エマの屋敷まで全力で走った。門をくぐり、ようやく一息つく。
「はあ、はあ……」
「まさか、教会があんなことを……」
エマが青ざめた顔で呟く。
私は荒い息を整えながら、頭を必死に回転させた。
(ゲームと違う展開……でも、これはチャンスかもしれへん。もし上手く立ち回れば……)
「レオンハルト」
「何だ?」
「私たち、このままでは勝てません。でも……味方を増やせば、きっと」
彼の赤い瞳が、じっと私を見つめた。そして、小さく頷く。
「……分かった。君を信じよう」
私は深呼吸をして、決意を新たにした。
(よし、ここからが本当の勝負や。全員生存ルート、絶対に実現させたる!)
空を見上げると、重い雲が王都を覆い始めていた。嵐の前の静けさだろうか。
負けへんで……。




