21
その日は朝から、しとしとと、うっとうしい程の雨が降っていた。
最近快晴が続いていたコランドでは恵みの雨になるはずの雨は、肌にねっとりと不快な湿度を感じさせる。
紅の騎士団の円卓会議室。
同じ騎士だとしても、この場にいる人間以外には特秘モノの内容を話す場所。
その円卓には十二人の騎士たちが席についていた。
その様子は誰も口を開かずに、緊張感が漂っている。
しんと、静まり返ったその空間。
この会議室に唯一ある窓辺に、椅子に腰かけた紅の騎士服姿の女性がいた。
長く美しい黒髪をゆるく結っている彼女は、かなりの美女だった。頬杖をつき、ぱちぱちと雨を弾く窓硝子を物憂げに見ている。表情は憂鬱だが、姿には凛とした空気が漂い、その一角だけ湿度の不快さを忘れて、切り離された様に涼やかに見えた。
紅色の袖口には金糸が輝いている。
美女の頬づえをついた手元……魅力的な赤い唇が、動く。
「男なんて――――みんな息絶えればいいのに」
「はいはーーーーい、みんな注目。
ラジェール団長が仰ったように、最近物騒な事件がこの城下町で起こったんだね」
パンパン、と絶妙なタイミングで手を叩く音が、防音性が高いためか室内に響き渡る。
ジェスロ紅副団長が、室内にいるすべての人間の注目を集めた。
この円卓がある会議室に呼び集められたのは蒼、紅、緑、三騎士からより集められた十二名ほどの騎士達。
――その中に、リーヴィもなぜか入っていた。
その面々はみんな、少し緊張した面持ちでおとなしく円卓に座っている。
椅子は長時間の会議にも耐えられるようになのか、意外と座り心地はいいが、緊張感でゆったりと楽しめる心境ではなかった。
集められた面子を見ても、これと言った共通点はないようにリーヴィには見えた。
リーヴィ自身も、かなりお疲れ気味のようだったイアーゴ緑副団長にテンションも低く指示されただけで。自分がなぜここに居るのか、目的もよくわからないまま、紅の騎士団に来たのである。
理由は行けばわかると言われて、ついた場所が得秘会議室なだけあって、その場で説明出来なかった事には納得できたのだが。
同じ騎士団と言っても、聖の騎士団と同様に、立地とその目的の違いから雰囲気もがらりと変わる。
紅は中央の道を司る騎士団――街中の警備が主ということから、緑騎士より荒事に長ける人間が多い。その為にいつもなら騒々しい雰囲気の紅ではあるが、今日は雨が降っている所為かその騒々しさも控えめだった。
イアーゴ緑副長から絶対に「見せるな」「落とすな」「無くすな」と疲弊していたせいか凄味のある強調を受けて渡された、符牒と呼ばれる木の割札。任務の時に渡されるそれを紅の騎士団の入り口で見せると、小部屋に通されて沈黙の制約を書かされた。
これから見聞きする情報を誰にも漏らさないと言う、とても厳格な書類だ。
書き終えてやっと通されたのは緑の騎士団にもあるが、滅多に入室を許可されない円卓の会議室。重要な秘密任務の時だけにしか使われない場所。
その場所の中に、リーヴィはいる。
緊張感が漂う中には、蒼の騎士クライブの姿もあって、見知った顔をみてリーヴィはほっとする。小声で挨拶をしてから近くに座ってしまったのだが、彼の機嫌はすこぶる悪かった。いつもの双子はどうやら居ないようでその分、クライブも緊張しているのだろうと、リーヴィはそう思った。
「ここ数週、街で女性の髪が切られ持ち去られるという通り魔事件が多発しました。みなさんを秘密裏にこの場所に集めたのは他でもありません、その通り魔を捕まえようという訳です」
「そんな事をやる奴らなんて、生きながらに頭皮ごとむしり取って、毛根まで死滅させてやればいいのに……」
「そうですねー目撃証言から言っても、複数の男たちによる犯行……という事で組織的な動きが見えます。そこで犯行場所の管轄である紅を主導に、三騎士合同で秘密裏におとり捜査を行う事にしました」
ラジェール団長の美しい唇から紡がれる衝撃的な台詞は、幻聴だったか? と思える程にジェスロ副団長は絶妙に内容を掬い取って、説明を進めていく。
ジェスロ副団長の後ろには、簡易に黒板が立てかけてあり。近隣周辺の地図が分る程度におおまかに書かれていた。それに示されている犯行現場は、たしかに紅の領域に集中している。
すっと、手が上がり、細身の男性……蒼の騎士が質問した。
「ジェスロ副団長、このメンバーの選出基準は?」
「はい、いいところに気が付きましたね、君」
ジェスロ副団長は大変よろしいと言う感じでニコニコしている。
その様子は、まるで学校の先生のようだった。
「君たちは、無名です――顔を知られていない、と言っていい」
確かに、このメンバーは個人的に知っているクライブ以外、見覚えのない面々が多い。
リーヴィはその選出に納得した。
囮捜査というのなら、顔を知られていない方が格段に成功率が上がるはずだ。
しかし、「無名」と言う言葉に、自分たちは役立たずと言われたような気分に陥った者もいたらしい。目に見えた反発はないが、不満げなざわつきが周囲に満ちた。
「ですがそれこそが、今回の任務では武器になります。
皆さんたちはあまり知られていないと言うだけでなく、この任務をやり遂げられるという厳しい選抜基準を、各団長達に期待されてやってきたのです。
そてこれが、貴方たちの良い経験値になる第一歩となるようにしていただきたい。
目覚ましい活躍を、期待しています」
そう、ジェスロ隊長に言われると。
最近失敗ばかりしていたリーヴィは、ワイト団長にこの任務に推薦してもらえるぐらいには、少しは認めてもらっていると思ってうれしくなる。と共に、期待されている分、絶対に失敗は出来ないと言うプレッシャーも感じてしまう。
何故か、紅の騎士が肩を震わせているのが視界の端々で見えた。
お、おれ、ラジェール団長に認められたのか――やったな!
と、励ましあっている。
「そこ、私語は慎みなさい」
そう、ジェスロ副団長にたしなめられて、その雰囲気は落ち着いた。
「おとり捜査という割には、女性が少ないようですが?」
十二人中、女性はリーヴィを入れて三人という少なさだった。
「女性陣が少ないのは、仕方ありません。騎士の中でも目立ちますから。それにここのメンバーが主で、サブにはベテランの紅の騎士に手伝ってもらう予定です」
女性騎士は、人数が少ないのもあるが、基本的に目立つ人間が多い。
リーヴィがすぐに頭に思い浮かべられるフレデリカしかり、ヒルデしかり。
その二人はこの場にいない。
――うん、私平凡だよなぁ。
サルキオス様にも、正体は気付かれなかったぐらいだし……と、かなり納得してしまうリーヴィ。
おとり捜査の為に、出来るだけ顔を覚えられていない人選、少数になるのも仕方がない。けれど三人でおとり捜査なんてあの黒板に書かれた広範囲をカバーできるのだろうか、責任重大だとリーヴィが考えていると。
ふと、視界での隅で動いた隣のクライブを見ると、はっと何かに気が付いたというようなリアクションをしていた。
その姿は、子猫が尻尾を太くして、嫌な事を遠ざけたいと威嚇するような雰囲気だった。
――まるで、次に何を言われるか予想していたように。
「貴方がた男性陣には――女装してもらうわ」
凛とした、ラジェール団長の声が響き、一斉に室内がざわつく。
居るとは分っていたはずなのに、この場を支配していたのはジェスロ副団長だったので、存在感があるのにすっかりと意識から外れていた。どうして、忘れることができたのか。
「団長の言う通り、この任務は危険が多いですからね」
真剣な表情でジェスロは言い放った。
そう、つまり。
この囮捜査で紅の団長が本当に求めていた人材の第一の条件は、女装が似合う男であることだったのだ。
じょ、女装!?
確かにそう言われてしまうと……集まったメンバーの男性陣はどことなく中性的というか、女装が似合いそうな……納得する面々の様な。
つい、何となくリーヴィは隣に座っているクライブを見てしまう。
ギッと、いつもならまあるい大きな金の瞳から細目で睨み返されて、その迫力に反射的に謝るようにリーヴィは目線を伏せた。
「女装が嫌だ、というのならこの作戦を降りても結構よ」
どこからともなく立ちあがりかける気配があったが、クライブは全力で拒否の表情はそのままだが微動だにしない。
「私が面白いという理由だけで、こんな事を言いだしたと思ってる? これが貴方達を馬鹿にしているというのなら、貴方達の方が、私とこの任務を馬鹿にしているわ。私たちはどうしても国民の生活を脅かすものを捕まえなければならないのですもの、どんな事でもしなくては」
物騒な恨み言をつぶやいていた、アンニュイな姿からは想像できない。
これこそ、紅騎士団、団長といった堂々たる姿だ。
「私がおとり捜査を考えたのは。
犯人を捕まえるために、一般人の女性が犠牲になる? そんなのまっぴらごめんよ。
急に髪の毛を切られ、恐ろしい思いをしたのでしょう、これから外出さえも怖くなると思うわ……そんな気持ちを考えるだけで腸が煮えくり返る思いよ。
それを踏まえたうえで貴方達に聞く。
これから様々な任務が待ち受けるのに、このぐらいで、できないと言うのなら私の計画には不要よ、出て行きなさい」
紅騎士団長として、そういわれてしまえば、席を立つ者はいない。
「……どうやら納得してくれたみたいね。これからあなた方は、この計画が終わるまでは、仮で紅所属になってもらい、ここで詰めてもらう」
リーヴィはそれを聞いて、はっとなる。
一応、ヨネス団長にサルキオス様との約束を取り付けたのは、一週日後の日の曜日。
それまでに、この計画は終わるのだろうか――というと、見通しは難しいことになった。
このままでは、すっぽかすなんて最悪の事態に!?
気を取られていたリーヴィを置いて、更にジェスロ紅副団長の説明は続いていく。
なんと言っても騎士になってからの初めての重要な任務。私事に気を取られている場合じゃなく、気を引き締めて、無理矢理仕事モードに思考を切り替える。
「二人一組の……丁度いい。隣に座っている人間と、組むことにしてください。
これからおとり捜査の概要を説明し、その後シフトを組みます。変装のことについては、その後に信用のできる筋からプロを呼んでいるので、そちらから学んでください」
変装の衣装も、手に入れるのも大変な人間も居るでしょうから、用意しております。
そう説明されて、ここに居るほとんどの人間が、手に入れるのが大変な人間の側だろう。
リーヴィも普段着はズボン姿が主で、騎士になるなら隊服が支給されることもあり、殆どの女性らしい服は実家に置いてきたので持っていない。祭りの時にフレデリカに借りたのもそのためで――支給してくれると言うのならありがたく借りるしかなかった。
「以上です、質問はありますか?」
ジェスロ副団長が、これ以上説明する事はないと言うように、にこやかにそう締めた。




