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恋する騎士  作者: 桜ありま
第三章 二度ある事は、三度目の
35/44

20-Ⅱ レット視点

 



 ワイト団長に引き続き……今度はヨネス団長ですか……。

 リーヴィ=ベルツ、君は一体何者なんですかねー。


 気にはなりながらも、何も聞かないスタイルを貫く……自称空気の読める男。

 緑副団長レット=イアーゴは、自分の執務室に入ろうとして、隣の団長執務室に来客が訪れたのに気が付いた。

 団長執務室の重厚な扉の中にその人物が入る瞬間、目が奪われる。

 一呼吸おいてから、レットは感嘆の息が漏れた。


 うわー、すっげえ美人ですわ。


 この騎士団にも、美女は居るには居る。

 しかし、これは容色だけじゃない。頭の先から指の先まで、金かかってんなーという感じの……品のある、まさに貴族の女性だ。扉をくぐる仕草さえ、余韻が残るほどの優雅さだった。

 流行の型に結いあげられた蜂蜜色の髪には、見事に一房の乱れもなく。

 凛とした立ち姿に、今季最新流行の立襟に、ダウンリボンというすその形をしたドレスを身にまとっている。体の線を隠すような今季の流行は、レット的には実に残念な流行であったが。それを差し引いても艶やかだ。

 それはどこの角度から見ても一部の隙もない姿。

 最新流行を身にまとっている事は、流行を追いかける新し物好きというよりは、季節(シーズン)によって豪華なドレスを作り変えられる、その財力がある。という事がうかがえた。


 ――かぐわしい香水が、そこはかとなくまだ漂っている気がする。


 なのに、隣の部屋から漏れ聞こえてくる会話は……何というか。


「ねーえ、パパ。この前の私のお願い考えてくれた?」

「ええ、君がおねだりとは珍しいものですから。ちゃんと考えましたよ」

「でもーパパ……」

「分っています、内緒なのですね」

「うん、そーなの。パパの大事なママには内緒でね、心配させちゃダメ。

 でも、金額がおっきいからどうしよっかなーって思っててぇ。

 二人だけの、ヒ、ミ、ツって事でね?」

「それは君の頑張り次第ですよ」


 パ、パパ!?

 ワイト団長の娘さんって事か??


 ついついレットの体は誘惑には勝てず、団長室に直接通じる扉にびっちりと耳をそばだてていた。


 美女は姿には似合わず、鼻のかかった甘ったるい声で、ちょっとイメージと違いがっかりしてしまう。

 団長の実家は豪商だから、こんな金かかりそうな娘さんがいても不自然ではないのだが。

 でも機能的過ぎて質素堅実な自宅と、さらに地味でほんわかとした奥様に結びつかない。


 ワイト団長はいつも優しげな口調だが、更に優しい声で会話していた。

 その微妙な変化は、奥様と団長の夫婦の会話を直に見たことがある、レットだからこそ気が付く。奥様に話しかけるのと大差ない、優しさ。

 しかも。商家出身らしいシビアな団長が、かなりの甘々対応で相手の言う事を、ほとんど無条件で迎え入れている。


 これは娘と父親の会話というよりも。

 愛人とそのパトロンのような、おねだり会話だった。


 意外だな、娘とはこんな会話してんのか。


 ――いや、待てよ。

 レットは団長の家に行った時の事を思い出す。

 確か団長には、息子さんしかいなかったはずじゃ。


 暖炉の上に沢山置かれた、家族の肖像画(ミニチュアール)

 その中には、娘なんていなかったって言うか……一人息子だって聞いたよね、そういえば俺、聞いてましたよ!?


 バーン。


 レットはその心のままに、団長執務室へ続くドアを開いた。


「団長! 不潔ですよ――――!!」

「いきなり、なんなんですか」


 内心、イチャイチャしているヤバイ現場――高価なおねだりと言ったら膝だっことか――だったらどうすんべ? となまってしまいつつ。

 執務室の中には、普通に執務机に座っている団長と、その机の向かい側に立っている女性がいたので助かった。


 奥さんにはそりゃあもうお世話になっている……。

 いわゆる、給料日前の懐が寒い時に、あったかいごはん食べさせてくれる生命線……レットは容赦なくこき使ってくる団長よりも、奥さんの肩をもちろん持つ。


 あのとろふわの絶妙な卵がかかったチーズオムレツが。

 カギュザーツ牛のカルパッチョや、ゴロゴロ野菜ととろみ煮こみビーフシチューを作る人が。

 時たまに団長の弱みなったりして、俺を助けてくれる人の笑顔が曇るのはみたくない。


 ――僕は、守りたい、あの美味しさ(おくさん)を。


「奥さんが、奥さんが可哀相です」

「?」

「なぁに、この人、パパの部下?」

「念のため聞きますが。この人、団長の娘さんですか?」

「いえ、私に娘は居ませんが」

「じゃあなんなんですか、この人は!」


 娘じゃなかったら――もう可能性ってあれしかないじゃないですか。

 

「息子ですよ」


 そう――息子。


「って、はい?」

「初めましてージサリオです。いつもパパがお世話になってまーす!」

「え、あ、初めまして。僕はレット=イアーゴと申します」


 反射的に自己紹介をしてしまう。

 美女がそう言った声は、口調はそのままに、打って変わった男性の声だった。

 その声は魅力的な声だったが、姿が美女なだけに、シュールだ。


「今度、こうの騎士団との秘密裏に進めていた計画があったでしょう?」

「え、あ、はい……ありましたね?」


 この目の前の美女が……息子?

 レットは不躾だと思っていても、下から上までじっくりと見るのは止められない。

 どう見ても女性にしか見えなかった。

 細密画で見た時も団長の血を引いているからか、鳶色の瞳が特徴的なイケメンな息子さんだなーと思っていたけれど。その印象とは違いすぎて、化粧って本当におそろしいですねーとしか思えない。

 そんな考えに、気を取られて頭が付いて行かない。


 団長が言うのは確か。

 急に紅の主導の元、三騎士合同でする事になった――おとり捜査の事だ。


「そこで、計画に必要な変装に協力してもらおうかと思い、息子を呼んだのですよ。彼なら私の元を訪れたとしても不思議ではないと思いましてね」

「父さんの為だったら、喜んで手伝いますよ。その分見返りも頂きますが」


 にっこり、と。美しく笑う姿から聞こえてきたとは思えない、声と内容だ。


 ――なるほど。

 これほどの変装を得意とするのなら、あの計画にはうってつけだろう。

 普通に喋られると、紛れもなく甘い声を持った男性で、姿との違和感が半端がないぐらいいい声だった。

 あの喋り方はキャラ付けだったのか。

 でももうちょっと、外見に見合う楚々とした喋り方に、なぜしないのだろうか。

 疑問に思っていることが、思いきり顔に出ていたのだろう。

 団長の息子は、レットに説明する。


「……ああ。ああいう喋りかたの方が、女性の声が作りやすくて」


 いやもうアレでいいから、あれでしゃべってください。

 イメージが違うとか思ってホントすいません。


 美しく着飾った女性から聞こえてくる、普通の青年の声に、レットは気持ち悪くなってしまった。

 なぜ、団長は平気なのだろうか。

 これが父親の威厳(よゆう)というものなのか。


「まぁ、それはさておき良かった。おねだりとか言ってるからてっきり……団長が愛人でも囲ってるのかと思いましたよー」

「今回の計画に協力をしてくれる見返りに。息子が今度始めようと思っている、事業計画書を読むことを約束させられたのです」


 やば、口が滑った。と、一瞬レットは思ったが。

 息子を「愛人」だなんて失礼極まりない下種の勘繰りをされても、団長は呆れているだけで、怒る事無く答えた。紛うことなき愛妻家の団長にとって、寸分の間違いもないからこそ、疑われて怒るよりもあきれる程度の反応なのだろう。

「思ったよりもいい出来だったので……これなら文句なく出資出来るでしょうね。勿論、騎士団の財源ではなく、自分個人の資産ですよ」


 どことなく誇らしげな団長が、その手に持っているものは、分厚い書類の束。

 レットはそれを読むと考えるだけで頭が痛くなってくる程の分厚さだ。

 その厚みだけで、その事業は本格的なものだと察せられる。


 ――ご褒美に出資ですかぁ。


 さすが実家が裕福だと、ご褒美も一般人とはレベルが違う。

 あ、でも企画書提出ありきという事は、息子でもそこはきっちりとしてるんだなぁ。


「それにしても……なんで女装をしてるんですか?」

「ああ、私こういう者でして」

「はぁ」


 こういう姿をしてる人物の職業とは一体、何なのか想像がつかない。

 団長の息子は、女性用の小型のドレスバッグから、パチンと小気味よい音を立てて、(ひねり)を開けて名刺入れを取り出す。金箔で装飾された名刺を、レットに差し出した。凝った意匠のそれを受け取ると、書いてあったのは近年メキメキと頭角を現している、ドレス職人――ヴィオーラの名前。


 団長の息子が。

 あの貴族子女の憧れの!

 ヴィオーラ!?


「隠してるつもりはなかったんですが」

「普通なら、自慢するでしょう!」


 団長がレットのテンションに、冷静に――でも心なしか嬉しそうに答えた。


 僕なら自慢しまくりますよ。

 わーお。さすが、上流階級ジェントリ出身。

 確か、団長のお兄さんのお嫁さんは貴族だとか。周りがすごい人間に囲まれていると、取り立てて自慢する事ではないらしい。しかもあの奥さんなら、うん、しないな。

 そういえば、奥さんの趣味は、刺繍とか裁縫だったなと思い出す。

 居間にかかっていた見事な刺繍のタペストリーは、息子さんが図案を考案してくれたとか話してたよなーとか。騎士団の制服のメンテナンスは、団の方でもやってはくれるのだが。奥さんがやってくれている団長の方が、遙かにキレイに保たれていたりと、十分に素養はあったわけだ。


「凄いですね」

「ええ、自慢の息子です」


 そう微笑んで、見つめ合う、父と子。

 感動のシーンなんだけど、見つめる先が女装をしている息子だと言う事は、団長にとって問題ではないらしい。


「で、女装している理由はですね。このほうが売り上げがいいというか、奥様方のドレスを作るときも、この姿の方が旦那さんにも安心して頂けるので」


 仕立て屋というと、服を作る仕事だ。

 それには当然、淑女の皆様の体型を知る事になると言う。

 何とけしからん職業なんでしょうか。


 世の中の仕立て屋が憤慨するようなことを、考えてしまうレット。


「採寸作業やフィッティングは、信頼のできるお針子の女性に頼んで私はノータッチですが、どうしてもねぇ……イメージが」


 魅力的な若い男よりも、女装している不思議系男子の方が、ファッションの世界では懐に入り込みやすいと。遠回しに、彼は言っているのだろう。レットとしては、どう考えてもそっちの方が胡散臭いと思うんですけど、と思う。でも。


「それに、何と言っても自分の作品は、自分が一番美しく着こなせますし」


 ドレスの裾を翻し、くるっと回る息子さん。

 実際にその「実物」を見ていると――言葉を失う程の、衝撃(うつくしさ)を受けたので、その言葉に納得してしまった。男がこれだけ美しくなるのだから、自分もと思わせてしまう「何か」が彼には本当にある。歩く、トルソーと言ったところか。

 それに、レットは気が付いた。あの喋り方も、完璧に美しければ、女性陣達の反感を買ってしまうのだろう、少し欠ける事で、釣り合いをとっていると。


 やってる事は軽いけれど、その理由は算盤ずくの私情を交えないもの。

 目的のためには手段は特に問わない姿勢は。


 ――あ、この青年。やっぱり、団長の息子だ。


「とりあえず、僕に恋人が出来たらプレゼント買わせてください。顔見知り割引で」

「いいですよ。うちの母さんがお世話になってるみたいだし。プレゼントしちゃいますよ、恋人ができたらぜひ、教えてくださいね」

 ヴィオーラ作といえば。レットごときでは、予約を取れない意味でも、お値段の意味でも、そうそう買えないような高級品だ。なのに予約どころか無料で手に入る事が確定してしまった。


 ――どうやら、浮気に怒ったのは、正解だったようですよー。

 やったラッキー。


 奥さんの味方をしたおかげで、息子さんの印象はすこぶるイイらしい。

 どうやらこの息子、マザコンなのかと考えて。あの奥さんには、妙に過保護になってしまう事に自分もそうだった、はたとレットは気が付いた。

 いや、僕は一飯……以上食べている、ご飯の恩は返す律儀な男なんですよ。


「パパが浮気しそうになったら、こっそり教えてくださいねー」


 息子さんにしては自分が「愛人」に間違われたからこその、他愛ない軽口だったのだろう。

 その軽口が引き金となって、常日頃からレットは考えていた事がポロッと口に出てしまう。


「そういえば、団長。最近新人の女性騎士を依怙贔屓してるんですよね」

「え、何それ!?」

「今度の作戦にも参加する騎士なんですけどね、リーヴィ=ベルツといって。今回の作戦に条件ぴったりだったんで、僕が勧めたんですけど……渋ってねぇ」

「って、それどういうことなの父さん。母さん知ってるの? どう申し開きするつもりなんだ」

 

 団長は普段の率直な物言いから、よく怒ってネチネチと嫌味を言っていると思われやすい。

 しかし、滅多に怒るような人間ではないと、ここ一、二年、副団長という立場で、嫌でも側にいなければならないレットは知っていた。

 身を以て知っているからこそ、この数年でじわじわと調子に乗っていったのは仕方のない事で。普通の人が言われたのなら激高しそうな余計な事を、ワイトに言ってしまうのが「愛人」の件でも分るが当たり前になっていた。


 そこがレットの短所でもあり、彼のワイトから評価されている長所でもある。


 息子さんの空気はバッチリ読んだ。

 読んだけれどそのせいで――、一方団長の方には悪い空気読んだ。

 空気は読めるが、その状況把握は遅く、かなりだだ漏れになってしまっていたレットは、その一線を越えてしまった事に気が付く。この前、奥さんに余計な事をいうなと釘を刺されたばかりだったのに。


 つい口が滑ってしまった。


 ――でも、奥さん()()()()()()()()()()()


 そのよりどころを胸に、背後に妙な圧力を感じて振り返ると。

 普段と変わりなくにこやかなようでいて、目が笑ってないワイト団長の表情に。


 あれだけ言い聞かせたのに――残念です。


 幻聴が聞こえたレットは、めったにない体験することになるな、と覚悟したのだった。




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