13 ヨネス視点
「ここだけの話」と言うものは、結構な割合で広がるものだ。
噂話は特に好きでも嫌いでもないが、顔が広いヨネスにその話が聞こえてくるのは、かなり早い段階だった。それもそうだろう。渦中の人物は直属の部下だったからだ。
「なぁ、サルキオス」
「……何か、御用ですか?」
団長執務室……の隣にある資料部屋。
団長室と副団長室の間に挟まれた、続きの間にある隠し部屋は、どちらかの許可がないかぎり入室することは不可能である。人に知られたくない話をするには最適な場所だ。
歴代の団長たちが使用していた書類棚には、年代物から最新のものまでみっちりと、大量の書類の束が詰まっていた。必要か必要でないか、不明な書類も多い。内容が内容なだけに――下手に部下には任せられない。かといって、忙しい団長クラスが整理することは稀で。かろうじて体裁を保っているのは、代々の中にも、この状態を苦々しく思っている片づけ好きがいたのだろう。
そのうちの一人。忙しい合間をぬって自主的に書類を整理中に、ヨネスから怪訝な声を掛けられサルキオスは手を止める。
「あのなぁ、お前は何をやってるんだ」
「?」
ヨネスのその言葉に、今はどう見ても「書類整理をしている」と言いかけたサルキオス。しかしヨネスの真面目な顔を見て、そう言うことではないと気が付いたらしい。身に覚えの無いようで、少し考えるように目線を下に向ける。途端、何か思い当たったようで、警戒するように端正過ぎて怖い顔を益々強張らせた。
「個人的なことです」
「ふぅん。個人的な、コトねぇ……」
ヨネスは眉を顰めている。
内容が内容だ。
どうやらそれは、サルキオスが予想していた態度ではなかったらしい。
それを受けて、サルキオスは益々怪訝な顔になった。
「何か言いたい事があったら、言ったらどうなんですか?」
「まぁ、普段お前の個人的な事に口を出すのは、俺の趣味なんだが……今回ばかりは、ちいとばかし団長として言わなきゃならんと思ってな」
「個人的なことで、貴方に団長として注意される言われは無いと思いますが」
私的な会話だと拒絶を態度で示すように。
サルキオスの手が再び書類整理の為動き始める、が。
「いや、流石にまずいだろ。部下の女に手を出したとか、子持ちの人妻と不義密通してるとかという噂は騎士として」
「…………」
「更に、酒の席での戯言や裏で囁かれているならともかく。噂よりも世間話レベルで話されてるとなったらな」
乾いた音を立てて、書類が落ちた。
表情は冷ややかで変わらないが、指先は明らかに動揺してるサルキオスにヨネスは内心正直なやつだ、と思いながら真顔のままで言い放つ。
「一個人としては、もし本当にしてるとしたら。ばれないように上手くやれと言うぐらいの遊び心はある」
「……………………」
「まぁ、恋愛は自由だ。お前の事だ、隠したくなるのもわかる、その気持ちは分かる。だが俺たちは身分ある立場で、王に仕える騎士だ……王の体面を汚すことは許さん、サルキオス=アウフシュナイター」
「何ですかその噂は、事実無根です」
「ふーん、事実無根……ねぇ。では何故。俺にまでそんな噂が伝わってくる? 弁明があるというなら聞こう」
やっと、サルキオスの内心の動揺は収まったらしいが、つまらない否定の言葉しか出てこなかったらしい。いつもの朗らかで……ともすれば軽い態度に見えがちなヨネスの雰囲気が変わる。団長としての真剣な顔だった。そんなヨネスの態度にサルキオスは少しひるんだように見えた……あくまでヨネスの目で見た限りだが。
「……」
「言いたくないというのか? サルキオス=アウフシュナイター」
「いえ、私は何故そんな噂が出ているのか分かりかねます」
「最近の自分の行動を、省みてみる事だ」
「確かに、最近……」
「最近なんだ?」
「……確かに。最近、祭日休暇の騎士達に対して質問はしましたが、それがどうやら間違った状態で広まっているようですね」
「何のために?」
「個人的なことです」
「俺は、団長として聞いているんだと前置きしたはずだが?」
「……」
ヨネスの追求にも、サルキオスは中々口を割る事はしない。
が、ヨネスも空気を緩めたりはしなかった。
それにサルキオスは根負けしたのだろうか、いや団長としての『命令』に公的に答える事にしたらしい。ふう、とため息を一つついて、ヨネスと真剣に対峙する為に床に散らばったままだった書類をかき集め説明し始めた。
「あの祝日の日、団長も会ったお嬢さんがいるでしょう? あの花冠を私に下さった方ですよ」
「ああ、覚えている」
サルキオスよりもヨネスの方が「彼女の事」については詳しいかもしれない。しかしそれは彼女との約束によって秘密にしていた。そのせいで、サルキオスはリーヴィの事をヨネスが覚えてないと思ったらしく、記憶を促す質問をしてきた。
「その方を探すために、騎士達に少し質問していただけです」
「質問、ねぇ」
「ええ、彼女は休みの騎士と、祭りに来ていたとお聞きしていたので」
やはりまだ、リーヴィはサルキオスに本当の事を打ち明けてはいないのか。
まぁ、他の団の新人騎士が、聖の騎士に会う機会もめったに無いだろうから、おかしい事ではないが。
「……それで合点がいった」
「何です?」
「あ、いい。それで見つかったのか?」
「いいえ、全く。個人的なことですから、業務のついでに尋ねているのでまだ全員には聞いてませんからね」
サルキオスが極めて個人的な事……それも「女性の事」を聞くのは騎士達にとって衝撃な事だったらしい。噂はどうやら人から人に伝わる際に、どんどん違う方向へと伝言ゲームのように進化していったのだろう。ヨネスには容易に想像できた。
「子持ちの人妻説」は行き過ぎだと思ったが。
何処からそんな話になったのか興味深いが、今はそんなことより。
「で、あのお嬢ちゃん探してどうするんだ?」
「……別に貴方が勘繰る事など何もありません」
ふう、とサルキオスは一つ、ため息を吐いた。
「とにかく。これで疑いは晴らしていただけましたか? 団長」
ヨネスに何か言われる前に、『女性を探している事』に対して深読みするなと言いたげに厳しい口調で釘を刺すサルキオス。
これ以上は聞くな、という事か。
それを見ながらヨネスのまとう空気が急にフランクになった。いつもの陽気なヨネスの顔だ。
「いや、初めから別に疑っては無かったがな」
「?」
そう、目の前の人物が噂通りの事をやれるぐらいなら、部下としては信頼できるかはともかく、一個人としてはもうちょっと付き合いやすいはずだ。
……それに。
「普通に聞いてもお前話さないだろう?」
からかい甲斐が無い。
「……だからヨネス。貴方に話したくなかったのです」
やはり、話さなければよかったと内心思っているであろうサルキオスの渋面を見ながら、ヨネスはある事を思いついて「それ」を言ってみる事にした。




