12-Ⅱ ワイト視点
「す、すみません。遅くなりました、ワイト団長!!」
リーヴィはヨネスから受け取った書類をワイトに差し出した。
それを受け取ったワイトは、月例報告書以外は承認印が押されていない事を確認すると、書類をパラパラとめくり、サルキオスとは雲泥の差の大雑把な文字で、チェックされているのを見て取った。誰が書いたのかは、明らかだ。
「……ヨネス団長が居たのですか、珍しい。なら、時間が掛かっても仕方ありませんね」
「い、いえ。私の不手際もありまして、少し遅くなってしまって。あと、その、サルキオス様もいらっしゃったのですが」
「それなら……ますます珍しいですね」
ヨネスだけが書類を検めたのなら、遅くなっても仕方が無い。
そう言ったのに、自らのミスをわざわざ報告するリーヴィをワイトは無視する。多少ミスしても、書類が手に入れば特に問題はない。
それよりも、筆跡は間違いなくヨネスのもの。
いつもの彼なら……サルキオス不在ならともかく、書類作成は副団長に任せるはずなのにと少し驚く。
リテイクされた事は驚くべき事ではない。
ワイトには分かっていた。自分では自分の書類の不自然さに気がつかない。不自然に思っているなら思った時点で修正する。だからこそ本来の提出より早く提出したのだ。自らの書類に不備がないか推敲させる為の一度目の提出だった。
本来ならそういう事は、副団長の役目なのだろう。しかし彼にはその力がない事は分かっていたので、隊務の把握のため見せはするが、意見を求める事はしない。
ワイトは「無駄な結果に終わる」と予測できる事は、極力しない主義だ。
ワイトが団長になった時、内心サルキオスを自分の補佐する副団長として欲しかった。それほどワイトはサルキオスの事は買っている。だが、王宮騎士所属の者をおいそれと三騎士に格下げする事は出来ない。なら仕方ないとすっぱりあきらめた。
無駄な事が嫌いなワイト。
他人が口を挟んだからといって改善するどころか、いい結果になるとは限らず。
複雑になる確率の方が高い人間関係の……それも彼にとって不得手である……機微に気遣うなどという行為は、その最たるもの。
しかし。
書類から目を離すと、見えるのはリーヴィの浮かない顔だ。
「サルキオス副団長に、会ったのでしょうか?」
「え! あ……は、はい」
「そうですか」
リーヴィはまさかサルキオスの事を聞かれるとは、思っていなかったようで慌てた様子で答えた。それはまたどう聞いても「何か有った様」な回答で、ワイトはため息をつく。
「十二分にわかりました。
貴女には当分聖の騎士へのお使いは頼めないようですね。
もう下がってよろしいですよ、その代わり……アルスロッドを呼んで来て下さい」
「……はい、失礼します」
そうリーヴィは沈んだ顔をしながら、騎士団式の退出のお手本のような動作で部屋を出て行った。
ワイトは何か声を掛けようか迷ったが、出来る指示はした自分が何を言うべきこともないと、書類へと目を向ける。
リーヴィが出て行ってからすぐ。
隣の部屋へと続く扉の方向から、ワイトに向けた声が聞こえてくた。
「……お優しいですね、もうちょっとその優しさを僕にも分けてくれればいいのに」
「優しい?」
「そうですよ、いつもなら人間関係がどうだろうとこき使うでしょう、団長殿は」
どこがだね? というようにワイトは片眉を上げて、突然聞こえてきた声の主をちらりと見た。
そこには緑の副団長のレットが、人好きのする顔を不満一杯にしてワイトを見ていた。手には顔の大半が隠れるほど大量の書物、隣の続き部屋から資料を持ってくるようにワイトが命じていたのだ。その姿を目線だけで確認すると、直ぐに書類に目を落とす。
「無視ですか!!」
「私はお前の話をきちんと聞いているし、返事もしているがね」
間髪入れずにレットがツッコミを入れるが、書類にペンを走らせる速度は少しも滞らない。
アルスロッドが来るまでには、どうにか書類を仕上げてしまいたい。レットの言葉に手を止めるほどの価値もない、というのも本音だが。
「はぁ、私はこの冷たい上司にいつまでこき使われるのか?」
ドサリと音を立てて、レットは書物の山を慣れた手つきで机に置く。
その山は崩れる事はなく、微妙な均衡を保っていた。
「こき使っている? 私は出来そうもない人間には頼む事はしない主義ですがね」
失敗されるだけ、時間の無駄だ。
ある意味部下を一番信頼している使い方だと思うが、そんなワイトの気持ちは勿論届くはずもない。
「ほら、リーヴィ=ベルツにはサルキオス副長とトラブってるからという理由で、お使いをさせるのを辞めさたでしょう? それはそう『出来そうもない』ことではないと思いますけど」
「何か勘ぐっていると言うのなら、お前には出来そうもない仕事を大量に出さなければいけなくなるが。レット=イアーゴ」
「もういいですよ。今日は団長の奥様から夕飯に誘われてますから、それでチャラにします。あぁ~団長。そういえば今日の献立は、ビーフシチューだそうですよ? 奥様の作るビーフシチューは絶品ですよね」
何故。
夫である自分も知らない献立を、部下は知っているのか。
「…………今日はどうあっても残業したいように見受けられますが、レット?」
「はい。残業したとしても、奥様夜食届けてくれるから大好きです」
――妻はきっと、レットの言う通り。
夕餐の約束が仕事の為に反故になった、と知ったら届けるだろう。
こんな回答をさらりと平気で返す性格だからこそ、ワイトが彼を副団長にしている理由だった。
ワイトから見て、とりたてて苦手な人間はあまり居なかった。しかし反対にワイトを苦手とする人間は多い。それゆえに、長時間自然体で付き合える人間はあまり居らず。それに対応できるレットは、誰とでも付き合えるからこそ、人付き合いには難しかないワイトと、他の人間とのパイプ役に丁度いいのである。貴重な人材で「そこ」が彼の評価できる最大の長所だった。短所でもあるが。
リーヴィ=ベルツも、その中の少ない一人といえば言えるのだが……レットとは違った方向なので少々注意が要る。どんな理由であれ、部下に対して少し不平等な態度を取ってしまったかと、ワイトは反省する。
レットの茶々に得ることがあったが……。
「奥様に、いい土産話が出来ました」
――そう言われて。
これは本格的にレットと「会話する必要がある」と判断して、ピタリとワイトは手を止めたのだった。




