06-Ⅰ サルキオス視点
「…………」
少女が去って、屋上に一人取り残された男は、手の中にある今は一つになってしまった花輪を見てため息をついた。
どうして、受け取ってしまったのか。
まっすぐなで純粋な緑の瞳に微笑まれると、何故か不思議と否定してはいけない気分になってしまったのだ。あの少女は……多分この花輪の本当の意味を知らないのだろうから。純粋にサルキオスに「安らぎ」を送りたかったのだろう。
自分の生き方は、初めて会う人間に心配されるようなものだろうか……と、今更になって考え。
眉を顰めるが、不快な気はしなかった。
贈った相手が真剣に安らぎを求めるなら、これは「安らぎのお守り」になる筈だ。
そう感じさせる少女の笑顔。
執務室に飾ろうかと考えて、そうするととても厄介な事になる可能性がある事に気が付き、騎士宿舎の自分の部屋に持ち帰ろうと考え直す。
寝に帰るだけの殺風景な部屋には、とても不釣合いな気がするが、仕方がない。
――あの少女は、無事友人に追いつけたのだろうか?
そう考えながら、生垣の向こう側……下の広場の人波に視線を向ける。
行列が終わり人波は方々に散っていた。
先ほどよりは混雑は緩和されていたが、少女の姿は……サルキオスの目には映らなかった。
友人は騎士だと言ったが、自分の知っている者だろうか?
結局、きちんと名前を聞いていなかったが……。
「よぉ、副団長!」
とても厄介な理由その一の持ち主に突然声を掛けられ、サルキオスは花輪をさりげなくもすばやく、マントの下に隠し持った。
しかし、声を掛けた方は既にその存在に気がついていたらしい。
意地の悪い笑顔を浮かべて、サルキオスの肩をポンと叩く。
「初めてのナンパは上手くいったようだな。いやぁ、お前の好みのタイプはあんな感じだったんだなぁ、美人というよりは控えめな可愛さっていうのか、うん」
「……貴方は私を怒らせたいんですか?」
「怒るようなことなのか?」
質問を質問で返されて、サルキオスの顔は冷ややかになる。
「お嬢さんに失礼ですよ」
「お前には失礼じゃないんだな」
「……何しに来たんです? ヨネス」
よくもまぁ、打てば響くように自分を追い詰めるものだ。
そう考えて諦めた口調になるサルキオスに、ヨネスは満面の笑みだ。
満面の笑みといっても、あの少女とは百八十度は違ったものをひしひしと感じる。
上司としていざとなれば実力もカリスマ性も敬うものはあるが、普段の行いの軽さには辟易することが多い。真面目な性格のサルキオスとは、性格の不一致という一番の問題点があった。……しかしどこか憎めないし、嫌いかと問われれば嫌いでもない。多分、サルキオスが敬愛する人間にヨネスはどこか似ているからだろう。
「いや、気を利かせて今日はこっちの方に来なかったんだが……。
まさか本当にここにあのお嬢さんを連れて来て、“メテルの花冠”を分け合う仲になっているとは。びっくりでおじさんはここまでは予想しなかったよ」
「貴方が何を予想したのかには興味がありませんが、勘違いしないで下さい」
「勘違いだって? じゃあそのマントの下に隠しているのはなんだ」
わざと大仰に驚いたふりをして、ヨネスはサルキオスのマントに隠れている手の方に視線を向ける。
まるでマントの下を透視されているようで、気分の悪かったサルキオスは、花冠を持った手をマントの下から出した。
「あのお嬢さんはこの花冠の“本当の意味”を知らないで、私に下さったのですよ、ヨネス」
サルキオスは手に持った花冠を見つめながら、これ以上の濡れ衣はごめんだと思い淡々と説明する。
「ふーんそうなのか? じゃあどんな意味だと思っていたんだ?」
「『安らぎのお守り』だそうです……」
「ぶはっ!! そりゃあいい! 確かに花自体にはそんな意味もあったな」
目の前で大笑いされて、サルキオスは眉を顰めた。
そんなサルキオスに構うことなく笑いの波がようやく収まった頃に、ヨネスは……いや、まだ笑い足りないかのように声が震えている……言った。
「次に会う約束とかしたのか?」
「そんな事、するわけがないでしょう」
「じゃあ、連絡先は……」
「名前も知りませんよ」
「…………」
返事を聞いて、ヨネスが固まる。
「あ、あのなぁ……。お前が男としてそこまで駄目なヤツとは、思わなかったぞ」
今までのからかう調子から一転。
心底幻滅したような目をヨネスから向けられて、サルキオスは何故そんな目で見られないといけないのかと、今度こそ目に見えて苛立った。サルキオスに免疫のない普通の人間ならば、逃げ出したくなるような冷たい表情や身にまとう空気が漂う。しかしヨネスにとっては、取り立てて気にすることではないらしい。幻滅した目は少しも変わる事がない。
ふう。
静寂を破ったのは、サルキオスのため息。
「どうして、今日はそんなに私に絡むんですか、貴方は」
ヨネスから女性関係でからかわれる事はいつもの事だが、今日は思いの外、今までになく煩わしい。
その返事に不可解なヨネスの顔が返る。
「自分で分かってないのか?」
「?」
「やる時はやる男だと思っていたんだが……違ったようだな。いや、もういい。わかった。」
だから何がです?
勝手に納得して完結しないでくれませんか。
そう苛立ちのまま聞き返そうとしたサルキオスに、ヨネスは勝手に一人で納得したように、気を取り直し告げた。
「実はな、お前に言わなきゃならん事がある」
「何ですか?」
「最近この辺りを荒らしていた盗賊団を捕まえた」
「何故、その事を早く言わないのです」
驚く内容に、サルキオスはヨネスがからかいの先に、何を言いたかったのかという疑問も掻き消えて、頭が仕事モードに切り替わった。
先ほどの軽口など聞いている暇など無かったと、ヨネスを当然のように責める言葉を投げかける。
ヨネスの言う「最近荒らしていた盗賊団」は、比較的平和なコランドの騎士団内で最大の関心ごとだ。
「もう、済んだ事なんだから事後処理だけだ。休暇中のお前の力はいらんだろう、俺がいたんだし」
「そういう問題ではありませんよ」
「と、お前は言うと思ったから、関係者の事情聴取は残してある」
「では、直ぐにでも参りましょう。管轄はどの騎士団です?」
責める時間も惜しい、とでも言うかのように、ヨネスから情報だけを引き出すように勤める。
「蒼だ」
「ギェニス団長殿の……今回はお手柄ですね」
「そうともいえない。今度の事は……いや、蒼の所に行ってから話そう」
どちらからもと分からないうちに歩き出し、すでに屋上から繋がる階段を降りて街路に出ていた二人。
誰が聞いているか分からない場所で、話すのは憚れる内容とは?
ヨネスの顔を伺うように見て、深刻な表情になっている事に気がつきサルキオスは足が止まる。
「それとな、もう一つお前に言っておかないといけないことがある」
「なんです?」
これ以上何を言われるのかと、サルキオスの中で思いつく限りの仕事への予想が頭を占めている中。
ヨネスの視線はサルキオスの手元に注がれていた。
「お前、その花冠をそのまま持っていくのか? 別に俺はもう何も言わんが」
「…………」




