30 剥ぎ取り
俺が投げた槍が刺さったことが原因か、上空を飛ぶ何かにかけられていた魔法が消失して、隠蔽されていたその姿があらわになる。
姿を現したのは魔物だった。かなりの大型だ。上半身が鷲、下半身がライオンの姿をしたその魔物は――。
「グリフォン、か。……でも妙だね」
俺はぐらりと体勢を崩し、地上へと落ちていくグリフォンを見ながら呟いた。
たしかにグリフォンは高い知能を持つ魔物ではある。しかし、いくらなんでもあんな高度なステルス魔法を使えるほどの知能は持ち合わせてはいないはずだ。
つまり、誰かがあのグリフォンに姿を隠す魔法をかけたという事になる。更にそれだけではなく――。
「グリフォンにしてはやけに硬いし」
俺の投げた槍は、グリフォンの胴体に刺さっていた。
そう、いくら全力ではなかったとはいえ、この俺の投げた槍が貫通せずに刺さっているのだ。
これがまあ、ドラゴンなどの防御力の高い相手だったのならまだ理解できる。いくら俺のパワーで投げたとはいえ、所詮はただの槍なわけだし。
しかし、今回の相手はグリフォンだ。グリフォンは攻撃力と機動力に関してはそれなりにあるものの、防御力に関してはそこまでのものではないはず。というか、手持ちのデータ通りなら余裕で貫通しているはずだ。
俺が知らないだけでこの時代のグリフォンは防御力が高いのか、それともあの固体が特別に硬いだけだったのか。
いや、他の魔物は俺のいた時代とそう変わらない強さなのに、グリフォンだけ強くなっているーなんてことはあるまい。しかし、後者だとしても個体差と言い切るには硬すぎる。ならば答えは一つだけだ。
「補助魔法、か。同時掛けとはずいぶんと優秀なことで」
複数の補助魔法を同時にかけるのは、術式の干渉やらなんやらでかなりの高難度だったはず。それをやってのけるのだから、このグリフォンの主はかなりの腕前を持つ魔法使いなのだろう。
そこまで考えたあたりで、グリフォンがぐしゃりと地面に墜落した。
遠目で確認したところ、ピクリとも動かない。どうやら死んだみたいだ。まあ、あの巨体であの高さから落ちたんだ。当然か。これで生きてたらちょっと怖いぞ。
急に馬車を飛び降りた俺を心配してだろう。他の馬車も足を止め、そこから騎士たちが飛び降りて俺のそばに駆け寄ってきた。もちろんアレスとポーラも一緒だ。
「ティア、一体何が?」
「グリフォンがこっちを見てた。隠蔽と防御力強化の補助魔法のオマケ付きでね。まあ、もう仕留めたけど」
集まった人間を代表して、アレスが俺に何があったかを聞いてきたので、少し離れた位置にあるグリフォンの死体を指差しながらそれに答えた。
何が起きたのかよくわからないといった顔をしていた騎士たちがグリフォンの墜落死体を見つけた瞬間、ギョッと驚くのが面白い。
ふふふ、どうだ? お前たちが気付きもしなかったこのグリフォンを俺は見つけて、しかも撃墜までしたんだぞ? 凄いだろう? もっと驚け、そして俺を褒めるがいい!
「流石ね、ティア。凄い凄い」
周りが驚いて一歩も動けない中、ポーラが俺のそばへと歩み寄ってきて、賞賛の言葉を口にしながら俺の頭をゆっくりと撫でる。
「むふー」
うむうむ、そうだろうそうだろう。ご褒美としていっぱい撫でるがいい。
俺は目を閉じてポーラに撫でられる感触を楽しむ。
ポーラに頭を撫でられている俺を尻目に、アーノルドが部下の騎士に指示を出して墜落したグリフォンの死体の確認に行かせる。
そのまましばらくの間、俺はポーラに撫でられる感触を楽しんでいたが……死体の確認に行った騎士の声が聞こえたことでポーラが撫でるのをやめてしまう。
まったく、空気読めよと声を大にして言いたい。もうちょっとでいいから……いや、もうしばらくの間、ポーラに撫でられていたかったのにさ。
「隊長ー! 確認できました! たしかにグリフォンですー! かなりの大型ですよー!」
「どうだ! 死体の回収はできるか!?」
「大きすぎて無理ですー!」
死体の回収は無理だと聞いて、アーノルドが考え込む。
一度引き返して依頼は後日改めて、という形にするのか、一人か二人を町まで走らせて応援でも頼むか、それとも死体は放置して先に進むか。いくつか選択肢はあるけど、どうするのかな。
「できれば持ち帰って調べたかったんだがな、仕方ない。とりあえず一通り調べて、怪しかったり素材として使えそうな部位だけ回収して、他は捨てていこう」
アーノルドの決定に部下たちが了承の声をあげ、動き始めた。どうやら彼は現行の依頼を優先するようだ。
「それにしてもグリフォンか……。アルシードの山にやつらが住んでいるという情報は聞いたことがない。しかも補助魔法付きときたか」
「うん。おまけに同時掛け。たしか、別々の補助魔法を同時にかけるのって難しいんでしょ?」
「あ、ああ……」
独り言を呟いていたアーノルドに接近しさり気なく確認してみたところ、この時代でも補助魔法の同時掛けは難しいものであるらしい。この時代独自の技術で同仕掛け余裕です、とはなっていなかったみたいだ。
……それにしても、さっきからアレスがずっと黙ったままなんだけど、大丈夫かな?
「補助魔法がかけられていたあたり、野生って事はないでしょ。たぶんどっかの手先だと思うんだけど……心当たりとかある?」
「心当たりか……。もしかしたらウルカの連中かもしれんが……確証が持てん。恐らくはアレス様を監視していたのだとは思うんだがな」
だろうな。俺はまだそこまで目立った活躍はしてないし、ガルムの戦闘兵器であるということも隠しているので狙われる理由がないし。一方アレスは有名人みたいだし、そのぶん敵も多そうだ。
あのグリフォンはアレスに嫉妬、あるいはアレスを危険視した、どこぞの救いようのない虫ケラ以下の塵屑の手先に違いない。
不愉快だな。ああ、本当に不愉快だ。
よりにもよってアレスを……あの、俺を救ってくれた優しいアレスを敵視するなど、許せない。絶対に許せない。許してなるものか。
犯人は見つけ次第拷問にかけて、この世に生まれてきたことを後悔させてやる。
……いや、それじゃ生温いな。犯人の家族親戚友人恋人、大切なものの全てを目の前で奪ってやらなきゃ気が済まない。
アレスの敵は俺の敵。つまり、ガルムの敵というわけだ。もう俺と妹たち以外にガルムの生き残りなんていないだろうし、間違ってはいないだろう。
ガルムの誇りにかけて、絶対に犯人を見つけ出す。絶対に全てを奪い尽くしてやる。そして、絶対に殺す。
そうやって正義の怒りを燃やす俺の傍で、アレスがぽつりと呟いた。
「……知らない。やっぱりこんな奴、知らない」
グリフォンの死体を検分した結果だが、裏で糸を引いているであろう組織や人物についての情報は得られなかった。
まあ、これについては元からあまり期待してなかったのでいいが。まさかご丁寧に所属を示す紋章やらなんやらが彫ってあるとは思ってなかったし。
仕方ないので素材として使えそうな部位を切り取った後、死体を焼いて俺たちは再びアルシードの洞窟へと向けて移動を開始した。
ちなみに、回収したグリフォンの死体の一部はこの馬車ではなく残り二つの騎士たちが乗っている馬車の方に載せられた。
まあ、アレスの乗っている馬車にそんな汚いものを置くわけにはいかないからな。当然の判断だ。
「いやー、ティアさんが急に馬車を飛び降りたときは驚きましたが、まさかグリフォンを撃墜するためだったとは」
「ふふん。外の景色を見てたらさ、なんか上空の景色がちょっと歪んだことに気付いてさ。これは怪しい! と思ったから槍を投げてみたら案の定だよ」
馬車が動き出した直後、御者のおじさんが話しかけてきたので俺はそれに応えていた。向けられる声には尊敬の念が込められており、気分がいい。
ちなみに防音の結界はいつの間にやらアレスが解いていたらしい。
「見えない魔物を見つけたのもすごいですが、その後もすごかったですよ。槍を持って振りかぶったかと思ったら、物凄い勢いで投げてましたし。わたしも見てましたけど、飛んでく槍がまったく見えませんでしたからね」
「ふふふ、こう見えてもパワーには自信があるんだ」
そうして他愛のない話をしているうちに日が落ちてきたので、本日の移動は終了。目的地手前の平野で野宿をすることになった。
「」の前の字下げは別に必要なかったんですね。というわけで投稿分も含めて修正しました!
何でか知らないけど、会話文の前にも空白が必要だと完全に信じ込んでました。思い込みって怖い。




