World's End Line
プロローグ
ワールズエンドライン――炎に焼かれ、世界が地獄と天国に分かたれた日
人類にとって、この世界は赤道で終わっている。
そこへ踏み出した者は、誰も帰ってこない。
どの船も、どの挑戦者も、あの線を越えたきり二度と戻ってはこない。
いつしか人々は、その不可侵の境界をこう呼ぶようになった。
――『ワールズエンドライン(World's End Line)』。
6600万年前。その日、地球の運命は二つに引き裂かれた。
宇宙空間はどこまでも冷たく、無限の漆黒に満ちていた。その虚無の淵から、青く瑞々しい地球が姿を現す。氷河の枷をまだ知らない当時の地球は、緑豊かな大陸と、生命の活気に満ちた穏やかな海を湛えていた。
地表では、この世界の絶対的な支配者たちが謳歌していた。巨大なティラノサウルスが密林を歩き、トリケラトプスの群れが平原をゆく。空には翼竜が舞い、海にはモササウルスがその覇権を誇っていた。
しかし、その平穏を打ち破る「死」が迫っていた。
黒く凍りついた十数キロメートルの小惑星が、音もなく宇宙を横切る。やがて地球の重力に捕らえられた巨石は、凄まじい速度で加速し、大気圏へと突入する。
突如、宇宙の静寂はかき消された。
「ゴォォォォォォォオオオオ!」
摩擦熱に焼かれた小惑星は、空を切り裂く巨大な火の玉と化した。北極点の海へ激突した瞬間、世界は完全なる無音に包まれ、次の瞬間に地球の歴史上最大級の爆発音が炸裂した。
閃光が駆け抜ける。
北半球のあちこちで、その光景を呆然と見上げる恐竜たちの姿があった。彼らが咆哮をあげる間もなく、空から降り注ぐ熱線が大地を焼き尽くす。爆風が森林をなぎ倒し、火災が瞬く間に大陸を飲み込んでいく。
生き残った者たちにも、より過酷な運命が待っていた。
爆発で巻き上げられた何百億トンもの塵と蒸気が、巨大な「灰色のカーテン」となって太陽を覆い隠す。光を失った北半球は、急速に気温を下げていった。
かつての支配者たちは、凍りつく沼地で力なく斃れていく。獲物を狙う獲物も、群れをなす草食獣も、飢えと冷気に耐えきれず、次々とその生命の灯を消していった。山々は巨大な氷河の下へと沈み、かつて緑を謳歌した大陸は、静寂と白い死の檻へと姿を変えた。
地球の半分が、永遠の冬に閉ざされたのだ。
だが、その惨劇から南へと視線を転じれば、そこには異なる光景が広がっている。衝突の衝撃を奇跡的に免れた南半球では、分厚い雲の隙間から差し込む太陽が、今もなお青々と輝く大地を照らしている。
北半球で死に絶えたはずの巨大な生命たちは、この「もう一つの地球」で、独自の進化を遂げていた。
6600万年前、一筋の光が地球の運命を二つに切り裂いた。
衝突の地となった北半球は、太陽を失い、極寒の氷の檻へと姿を変え……激しい衝撃から免れた南半球は、取り残された生命たちが独自の進化を遂げる「未知の楽園」として孤立した。
北半球で生まれ、寒冷のなかで歴史を紡いできた人類は、まだ知らない。自分たちの生きる世界が、不完全な「半分」に過ぎないということを。
灰色の雲に覆われた北半球と、太陽が照らす南半球。その境界線である赤道上に、一筋の真っ赤なラインが引かれる。
『ワールズエンドライン(World's End Line)』
物語はここから始まる。
北半球の絶望的な吹雪の音は、やがて1500年代の穏やかな波の音へと溶けていった。




