第七話:偽りの残像と、泥中の奇跡
◯月◯日:天耀の奴が来たら暑苦しいから、居留守を使おうとキミマロに提案中。
天耀がまた新しい太陽の運行ルートがどうのと神界会議で騒いでいたらしい。鬱陶しい。光など、寝る時の邪魔にしかならぬ。寝るのに正直邪魔だと言ったら煩いのが二匹(キミマロと天耀)ほど居るから言わぬが、俺は夜の方が好きだ。だが、これを口にすれば月白贔屓だと更に煩いから心の中だけに留めとくとする。
キミマロが天耀の「加護」をありがたがっているようだが、俺には不要だ。(洗濯物がよく乾く?とか)
ー
「おい、キミマロ。見てみろ。あの赤い娘、リリナの真似をして『善意』を演じおった。ウケる、というやつだな。ウケるとは面白いと同義らしいぞ!
人間とは、これほどまでに醜いものを美しく塗りつぶせるのだな。もはや芸術の域だ」
睡蓮は、下界のアンナを面白いと言いながらも、その瞳は冷めたモノだった。
「睡蓮様、感心してる場合じゃありません! あの女、私は嫌いです!」
「そう言うでない。キミマロ、お主は神の使いだろうが、公平な目で見るべきぞ?」
「睡蓮様!公平と言いますけど以前、神ほど不公平だと言ってたではありませぬか!私はしっかり覚えております!」
「おや?そうだったか?」
「えぇ!そうでございます!キミマロはあの赤い娘に貴重な神気を与えたこと自体、納得できませぬ!
伯爵様も、あんな見え透いた嘘に……あぁ、胃が、胃が……」
キミマロは雑巾を放り出し、自らの腹を押さえてのたうち回る。
「くく……。だが、私が落とした神気が、あの『偽物』をどう導くのか見ものだぞ」
ー
「……今日はあの娘は居ないのか……」
少し落胆した声
ウィリアム伯爵はキョロキョロと辺りを見渡す。
だけど、そこに目当ての少女は居ないと分かり、踵を返す。
だけど、そんなウィリアム伯爵に鈴を転がすような高い声が掛かる。
「あ、あの!もしかしてウィリアム伯爵様でしょうか?」
振り返ったウィリアム伯爵の青い瞳に映る一人の少女。
赤い髪と瞳の美しい少女だった。だけど、ウィリアム伯爵は綺麗とは思わなかった。
猫のようなつり上がった少女の瞳に映る自分に少しだけ身体を引いてしまうのは無意識だった。
上目遣いは見る者が見ればとても可愛らしく映るだろう。
スッと、差し出された赤い花。
「リリナから聞きました。あの日、私の花を買ってきくださったと!ありがとうございます!」
ウィリアム伯爵は赤い花を手に取ることはせず、目の前の赤い髪の少女を訝しげに見つめる。
「……そうだな。確かに私が花を買ったが……だがなぜ私の名を?名乗った覚えはないが?」
「あ、それはリリナに聞いて……あの、奇跡の花をお求めですよね!これがそうです!私が摘んだ赤い花がそうなんです!ぜひお持ち帰りください!」
ウィリアム伯爵は一瞬、何かを考える。だけどリリナの名前に表情を和らげる。
そして、ソッと赤い花に手を伸ばす。
「……そうか。では頂いて行こう。代金は金貨一枚で足りるか?」
(金貨!本当は銅貨一枚の花に金貨!どうしよう!)
ゴクリと生唾を飲み込むアンナ。
喉から手が出るほど欲しい。
院長先生に花一枚の銅貨を渡しても、有り余る。
綺麗な服も髪飾りも、甘いお菓子も買える!
あぁ、でも……
手が伸びそうになるのをグッと我慢し、アンナはニコッと笑う
「いえ、銀貨一枚です!」
(ここは欲を出したらいけない。慎重にいかないと!……だけど少しだけ上乗せしてもいいわよね?本当は銀貨も多いけど……)
「……そうか……銀貨一枚か……」
ウィリアム伯爵の瞳がスーッと細まる。
だけど、その瞬間を見逃さず、アンナは少し困ったように笑う。
「すみません、本当は……銅貨一枚なんです」
そう言って頭を下げるアンナ。
だけど、すぐに頭をバッと上げ涙目で見上げる。
「欲を出してしまいました。銀貨って言ったのは……孤児仲間に柔らかいパンを食べさせたくて……」
リリナがいつも孤児仲間にパンをこっそりあげてるのを思い出す。
アンナはリリナとソックリな表情を作り、苦笑いする。
(あんたの真似なんて反吐が出るけど……使わせて貰うわ。ウイリアム伯爵って清廉潔白って言うじゃない?それにリリナから花を買っていたなら花の値段も知ってるだろうし……)
アンナの思った通り、ウィリアム伯爵は瞳を大きく見開くと唇の端を少しだけあげる。
その表情にアンナはほくそ笑む
(ビンゴ)
「いや、この花は金貨で頂こう」
ウィリアム伯爵はそう言うとアンナの掌へ金貨を置く。
「あ、ありがとうございます!みんな、きっと喜びます!伯爵様の御身に太陽の加護がありますように」
その言葉にウィリアム伯爵は無言でアンナを見下ろす。
格式ある挨拶を、教養も無い孤児が使い、ウィリアム伯爵は驚きながらも顔には出さなかった。
「貴方にも、太陽の加護がありますように」
ただ礼儀にそった返しをしただけ。
だが、その高位貴族への挨拶に反応したのは遥か彼方から下界を見つめる睡蓮と目が覚めたキミマロだった。
「はて……太陽……あぁ、そう言えばこの国は太陽の神を信仰してたな。ふむ……天耀…… 天耀の加護か。ふむ、要らぬな」
「睡蓮様っ!天耀様は神界で序列二位の御方!その加護となれば気安くなどいただけませぬ!それに誰が聞いてるか!キミマロは胃が痛とおございます!」
嫌そうな顔をキミマロへと向ける睡蓮。
「天耀の加護、眩しそうだと思わぬか?寝てても眩しそうな加護など要らぬわ」
嫌そうに手を振った睡蓮は再び下界に視線を落とす。
後ろでキミマロがギャーギャーと騒いでいるが、睡蓮は無視する。
ウィリアム伯爵
その姿は、流石高位貴族と言うべきなのか、凛と立つ姿は品格を表していた。
ジッと上から見つめられアンナは少しだけ冷や汗を垂らす。
しばらく無言だったウィリアム伯爵から突然声を掛けられ、思わず顔を上げる。
「……君はリリナとは仲がいいのか?」
その言葉にアンナは間を置かず即座に答える。
「はいっ!仲が良いです!親友なんです!」
「……そうか……ではリリナの秘密も知ってるか?」
「秘密?」
本当は秘密など知らない
だけどアンナはこういうしか無かった
「知って……」
(いや、待てよ。ここで知ってるなんて言わない方がいいんじゃ……親友よ……そう、リリナは親友。口に出すのも憎悪するけど。今だけ。アレは親友……)
「リリナが……あの事を話したんですか?私、言っちゃダメって言ったのに……」
俯きながらブルブルと震えるアンナ
そしてグッと掌を握りしめる。
その姿を見てウィリアム伯爵は息を吐き出す。
「すまない。君を試すような事をした。あの娘が不憫で何とか力になりたいと思ってな」
「え、えぇ、私もそう思います。」
「私はあの子が持つネックレスが鍵だと思っている。」
「そうですね。私もそう思います。」
「私が思うに、あのネックレスが父親を探す手がかりだと思う。そして、それは貴族だと考えてる。」
(あの精巧な作りと真ん中に嵌め込まれた緑色の石。何処かで見た事がある。手を貸してやりたい。優しいあの子の願いを叶えてやりたい)
そう思いながら孤児院を訪れたウィリアム伯爵
だが、リリナには会えずじまい
アンナは平静を保ちながらも、心の中は嵐が吹き荒れていた。
(どういう事!ネックレス!?貴族!?)
ウィリアム伯爵はアンナから赤い花を買い、屋敷へと帰る。
それをいつもの様に愛しい妻へと渡す。
嬉しそうに受け取る妻
その笑顔を見るだけで夫は胸いっぱいになるのだった。
余命いくばくもないと何人もの医者に言われてた妻。
ベッドから起き上がれず、日に日に痩せて行く姿に何度も心が締め付けられていた。
残り少ない時間のことは考えたくもなかった。
だから笑顔を見るだけで幸せだった。
アンナという少女に言った事は嘘では無い。リリナの願い、優しい少女に手を貸してやりたいと言う気持ちは本物だ。
だけど、それ以上に妻の幸せを叶えてあげたかった。
少女の事を話す度、楽しそうにする妻
今日は何を話したのかと目を輝かせて聞いてくる妻との時間は、私自身にとってもたまらなく愛おしいものだった。
妻とリリナについて語る時間は楽しく、同時に、リリナのことを妻に話していると、澱んでいた心が晴れていくようだった。
その内、リリナに会いたいと言う様になった妻
外に出るのも難しかった。
初めは馬車に中から遠くの少女を見つめるだけで満足してた。
そんなある日のことだ。
妻があの子のためにとクッキーを作った。
本来なら貴族が手作りなど……と眉をひそめられることかもしれない。
だが、私にとってはどんな宝石よりも価値のある贈り物に見えた。
それをリリナへと渡した時の妻の表情は一生忘れない。
そして、いつの頃からか「あんな娘が居たら良いのに」と呟く様になった。
子供、それだけはどうしても叶えてやれなかった事。
「あの子に綺麗なドレスを選んであげたいわ」
寂しそうに語る妻の願いを叶えてやりたい。
だから孤児院へ訪れた。
だけどリリナにその日、会うことは出来なかった。
明日、約束の3日後。リリナが願うなら、あのアンナという少女も一緒に引き取っても良いと思うくらい、ウィリアム伯爵はリリナの事を気に入っていた。
ふと、先程、妻へ渡した赤い花がくすんで見えた。
「あら?なんだかこのお花……こんな匂いだったかしら?」
スンッと匂いを嗅ぎ、確かにと思う。
この花はこんな匂いだったか?と頭を傾けるウィリアム伯爵
その頃、子供二人を追いかけて行ったリリナは困惑していた。
必死に抵抗するリリナ。
熱で意識が遠のく中、子供たちの父親がリリナの腕を捻り上げる。
「やめ……離して……」
リリナが持つ花籠から大量の花が落ちて行く。
その花を見てリリナは思う。
(確かに蕾だったのに……)
蕾ばかりの花だった
そう、先程までは確かに
だけど、リリナの足元へ散らばる花は淡い光を放っていた。
ー
【観測対象: 欲に塗れた赤い演者と、光り始めた泥中の真珠】
【神気残量:99.5%】
(アンナに貸した「真実の輝き」が、彼女の嘘に反応して黒ずみ始めた。偽物の器に神気は荷が重すぎたようだな。クク、じきに腐臭を放ち始めるぞ)
【キミマロのストレス値:50%(甘露菓子による強制鎮静)】
(アンナの「親友ごっこ」を見ていたキミマロが、ポカンとした顔でアンナを指差し、蓮池の鯉のように口を開け閉めしておる。その口に甘露菓子を放り込んだら、ことのほか喜んだようだ。)
【今日の一言:この物語を覗き見ているお主ら。
……ほう、そんな顔をして見ているのか。退屈なら、お主らの人生に少しだけ『神気』を落としてやろうか?
クク……冗談だ。せいぜいその短い一生を、精一杯足掻いて見せるがいい




