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「疲れたら異世界キャンプ ~秘密の焚き火で心をリセット~」  作者: 新米オッさん兵士


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第5話 インスタの波紋と、湖の向こう側

日曜の午後、佐藤悠真はアパートの部屋でスマホを片手にソファに座っていた。

 朝の撤収を終えて帰宅したばかりだ。

 異世界の湖畔で見た朝焼けの余韻が、まだ体に残っている。

 インスタを開くと、昨夜アップした「秘境の朝焼け」写真が予想以上に反応を集めていた。

 いいねはすでに二千五百を超え、フォロワーは九百人を突破。

 コメント欄はかなり賑やかになっていた。

 「この朝焼けマジで日本? 海外みたい……」

 「場所教えてください! 絶対行きたいです!!」

 「コーヒーカップの角度が上手すぎてプロカメラマン?」

 「毎回加工してるよね? でも綺麗すぎて許す」

 「この湖、Googleマップで検索しても出てこないんだけど……」

 悠真は苦笑しながらスクロールした。

 バズるのは嬉しい。

 でも、コメントが具体的になるにつれ、少し冷や汗が出てくる。

 「絶対にバレないようにしないと……」

 これ以上詳細な情報を出せば、特定されるリスクが跳ね上がる。

 特に気になるのは、あるキャンプ好きインフルエンサーのコメント。

 「この木の葉の形と水の透明度、見たことないな。

 本当に国内の秘境? もしよければDMで場所情報くれませんか?」

 悠真は慌ててそのコメントを非表示にし、返信は控えた。

 「危ないな……次からはもっとぼかさないと」

 夕方になり、軽く夕飯を済ませた後、再びキャンプ場へ向かう準備を始めた。

 今夜はもう一度異世界へ渡り、湖の向こう側を少し探索してみようと思った。

 疲れ果ててはいない。ただ、週末の最後の夜を、秘密の場所で締めくくりたいという気持ちが強かった。

 午後七時半、いつもの無料キャンプ場に到着。

 週末のピークが過ぎ、他のキャンパーはほとんどいなくなっていた。

 いつもの場所にテントを素早く設営し、焚き火台に火を起こす。

 炎が育っていくのを眺めながら、缶ビールを開けた。

 「今夜は疲れてないけど……開くといいな」

 心の中でそう願いながら、焚き火を見つめる。

 オレンジの炎がパチパチと音を立て、煙が夜空へ昇っていく。

 星が少しずつ輝き始め、現代の空も十分に綺麗だった。

 すると、炎の中心がゆっくりと青白く変わり始めた。

 煙が渦を巻き、光の門がはっきりと姿を現す。

 向こう側は、いつもの湖畔。夜の闇の中で、湖面が星を映して静かに輝いている。

 「よし、行ける」

 小さくガッツポーズをして、バックパックにランタン、クッカー、ナイフ、予備の食料を詰め込んだ。

 門をくぐると、異世界の冷たい夜風が全身を包んだ。

 甘い草の香りと、木々の微かな光。

 肩から力がするっと抜け落ちていく。

 湖畔まで歩き、昨日と同じ場所にシートを広げた。

 今夜は少し冒険してみよう。

 湖の向こう側へ回り込んでみる。

 ランタンの柔らかい光を頼りに、湖岸沿いの小道をゆっくり進んだ。

 足元は柔らかい落ち葉と苔。

 時折、小さな光る虫のようなものが木の間を飛んでいるが、危害はなさそうだ。

 湖を半周するのに三十分ほどかかった。

 向こう側は少し開けた草原が広がり、遠くに低い丘が見えた。

 丘の上に腰を下ろし、持ってきたクッカーで湯を沸かす。

 異世界の水で淹れるコーヒーは、今夜も格別だった。

 一口飲むと、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 スマホで撮影。

 湖の向こう側から見た夜景。

 星空の下に広がる湖と、向こう岸の木々のシルエット。

 角度を変え、何枚も撮っては軽く加工。

 「#秘境夜景 #湖を越えて #キャンプの夜」

 キャプションはいつも通りぼかして下書き保存。

 夜風が心地よい。

 現代のストレス——インスタのコメントで感じた微かな焦り、月曜からの仕事の予感——が、星空の下でゆっくりと溶けていく。

 ここにいると、時間がゆったりと流れる気がした。

 丘の上でシュラフを広げ、寝転がってみる。

 星空が頭上に広がり、無数の星が瞬いている。

 現代のテントの中とは全く違う開放感。

 体が大地に直接触れているような安心感がある。

 ふと、遠くから小さな物音が聞こえた。

 木々の間を、何か四つ足の影がゆっくりと移動している。

 大きさは中型犬くらい。

 目が、暗闇の中で淡く光っていた。

 魔物か? 野生動物か?

 悠真は息を潜め、静かに観察した。

 影は湖の水を飲みに来たようで、こちらには近づいてこない。

 数分後、満足そうに去っていった。

 心臓が少し速く鳴っていたが、恐怖より「自然の一部を覗いている」ような不思議な高揚感があった。

 「ここにも生き物がいるんだな……」

 ソロキャンの基本は「無駄に刺激しない」こと。

 現代の知識と慎重さが、異世界でも役立っている。

 夜が更け、コーヒーをもう一杯淹れた頃、スマホの通知が軽く振動した。

 現代側に少しだけ電波が届くのか、インスタの新着コメントが数件表示された。

 さらにバズっている。

 あるユーザーが「この写真の星の位置、季節的に日本国内だと合わない気がする」と書き込んでいた。

 「やばい……解析され始めてるかも」

 悠真は小さくため息をついた。

 秘密を守るために、もっと工夫が必要だ。

 次からは動画を短くしたり、投稿の間隔を空けたりしよう。

 それでも、今は異世界の夜を楽しむことに集中した。

 星空の下で、持ってきたチョコレートを少しずつ口に運ぶ。

 甘さが、静かな夜に溶けていく。

 朝方近く、門がまだ開いているのを確認して、現代側へ戻った。

 焚き火の灰は冷たく、テントは朝露で湿っていた。

 撤収を済ませ、軽自動車でアパートへ帰る道中、俺は窓を開けて風を感じた。

 月曜からの仕事が、少しだけ軽く感じられた。

 秘密の場所があるおかげで、心に余裕が生まれている。

 アパートに戻り、ベッドに倒れ込む前にインスタをもう一度チェック。

 フォロワーが一千人を突破していた。

 コメントには「このシリーズの写真、全部同じ場所? まるで別世界みたい」と書かれているものもあった。

 悠真はスマホを胸に当て、目を閉じた。

 「別世界、か……当たってるよ」

 でも、それは誰にも言えない。

 焚き火の揺らめきだけが知っている、俺だけの秘密。

 週末が終わり、月曜の朝が来る。

 でも、今度は「疲れ果ててから」ではなく、「週末のご褒美」としてでも異世界へ行けることがわかった。

 その事実に、静かな喜びが広がっていた。

 心が、少しずつ癒され続けている。

(第5話 終わり)

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