71 ※エミリー・カリエ子爵令嬢視点
エミリー・カリエは、一年生の魔法クラスで、聖女の紹介と役割などの説明を終えた後、イライラと廊下を歩いていた。
エミリーのカリエ子爵家は、エミリーを除く家族全員が魔力を持っていた。つまり家族は魔法が使えるのに、エミリーだけ使えない。小さい頃から美人で優秀な姉と比較され、魔力のないエミリーは落ちこぼれだと言われてきた。姉ほど美人ではなくとも、エミリーだって家族以外には可愛いと言われていたのに、家族にはどんなに甘えても魔力のないエミリーは雑な扱いばかりされる。
エミリーが神聖力が使える聖女だと分かった時も、家族はこれといって興味を示さなかった。むしろ、魔力とは対極にいる神聖力が使えることで、将来的には神殿で働くことになるから、学校に行かせるのも無駄だと、最初はリンバルム学園に通いたいというエミリーの声も聞いてもらえなかった。
だからエミリーは、家族が好きではなかった。いつか、エミリーに怪我や病気を治して欲しいと頼んできても、すぐには治してやらないのだ。這いつくばって頭を下げて、これまでの態度を改めない限り、簡単には治してやらない。そんな風にエミリーは思うようになった。
聖女だからと、神殿所属になることは避けられたが、それも先延ばしになっただけで、将来的には神殿に所属することになるだろう。神殿は嫌だった。なぜ、貴族であるエミリーが、神殿に所属して、奉仕などせねばならないのだ。聖女は怪我や病気の治癒を施すことが仕事だと言われているが、多少の治癒料を貰えたとしても、エミリーが貰えるわけでない。お金は神殿に取られるだけ。平民も治癒してあげなければならないというのも、考えられない。
そんな時だった。光の魔法の一族であるベルリエ公爵から、魔獣討伐のチームに聖女を治癒班として組み込みたい、という話が国に持ち上がったらしい。
これまで、聖女といえば、神殿所属となるか、貴族のお抱え聖女となるか、もしくは一人で聖女として仕事をしていくかしかないと言われていた。一人で仕事など、一般的には野良聖女などと言われたりもするが、神殿に睨まれるだけなので、あまり利口な仕事とは言えない。しかし、その中に、今後は魔獣討伐専用の治癒班というのが追加されたのだ。何より、リンバルム学園に通うことができる、というのが嬉しかった。しかも、聖女は魔力がないのに魔法クラスに入ることができる。
リンバルム学園に入学し、魔力のないエミリーでも、魔法クラスで浮くことはなかった。もちろん、魔法が使えないことで話が合わないことはあっても、エミリーにはすでに魔獣討伐に付いて行き、治癒班として治癒させた経験があり、治癒班的観点で会話をすれば、みんな、エミリーが治癒できることに尊敬してくれた。それに、エミリーは可愛いから、みんな優しくしてくれた。
ある魔獣討伐に治癒班としてついて行った時、光の魔法一族であるリュカ・ベルリエ公爵令息と同じチームだったことがあった。噂には聞いていたが、リュカ様は容姿端麗で、魔獣討伐も簡単に終わらせられるくらい強い。エミリーは一目で恋に落ちた。
エミリーはリュカ様に少しずつ接近し、エミリーが二年生、リュカ様が三年生になる頃には、かなり親しくなれた。リュカ様は優しくて、学園でもすごく人気がある。容姿端麗だけでなく文武両道で、光の魔法も強く、誰とでも優しく話をしてくれるから。
でも、一番仲が良いのは、エミリーのはず。魔獣討伐で一緒になることも多いし、学園で昼食を一緒にしてもらえることもある。可愛いね、と言ってもらえたこともある。
光の魔法の一族と、神殿は近しい関係にある。つまりは、聖女であるエミリーも、光の魔法の一族であるリュカ様と、近しい関係を得やすいはずだ。これからも、治癒班で頑張れば、きっとリュカ様の父のベルリエ公爵の目に止めてもらえて、いつかはリュカ様の妻の座だって、難しい話ではない。ベルリエ公爵家の後継者には、可愛くて聖女でもあるエミリーのような人が相応しい。
それなのに。
リディ・ラヴァルディ公爵令嬢が入学してから、リュカ様自ら、あのラヴァルディ公爵令嬢のところによく会いに行っている。
ベルリエ公爵家とラヴァルディ公爵家は、仲が悪いはずなのに、どうして。リュカ様は友達だと言っていたけれど、ラヴァルディ公爵家の娘など、闇の魔法が使える怪しい一族で、魔獣にも情けを掛ける、明らかに魔獣寄りの一族。
これはいけない。あのラヴァルディ公爵令嬢の評判を落として、リュカ様の目を覚まさせてあげる必要がある。きっとリュカ様はラヴァルディ公爵令嬢に騙されているのだ。
しかし、今日のエミリーは失敗してしまった。聖女を見下すラヴァルディ公爵令嬢の本性を、みんなに見せつけるチャンスだったのに。
「エミリー嬢」
エミリーは声が誰かに気づいて、イライラとしていた表情を改め、後ろを振り向いた。
「リュカ様」
「さっきはご苦労様。魔法クラスに続き、明日は学術クラスの一年生にも聖女の説明があるから、よろしくね。俺も一緒に行くから」
「はい」
リュカ様となら、どんな雑用でも喜んで一緒に致します。笑みを浮かべ、心の中でそう思っていたが、リュカ様の次の言葉にエミリーは固まった。
「それと、さっきのことだけど、どうしてリディにあんな返しをしたのかな?」
「……え?」
「リディをずっと見ていたけど、エミリー嬢のことを笑った風ではなかったよ。苦笑いをしていただけだったでしょ」
「わ、私は、馬鹿にされたように感じて……」
「ふーん。まあ、感じ方は人それぞれだからね。それについてとやかく言うつもりはないけど、あんな大勢の中、リディが悪く思われるような言い方をしたのは良くないと思うよ。エミリー嬢なら、普段はあんな風に言ったりしないよね」
どうして、エミリーではなく、ラヴァルディ公爵令嬢を庇うのか。
「つ、つい、あんな風に言ってしまいましたが、次から気を付けます」
「うん。そうして」
リュカ様は笑みを浮かべて、去っていった。リュカ様は笑っていたけれど、目は笑っていなかった気がする。
どうして、エミリーがこんな目に合わないといけないのだ。いつもの優しいリュカ様の目を思い出させてあげる必要がある。
エミリーの訴えに、ラヴァルディ公爵令嬢は孤立してしまえばいいのに、聖女でもないのに分かったフリをして、エミリーに言い返すなんて。あれは、間違いなく、裏では怖い面を持つはずだ。なんせ、あの冷酷と噂されるラヴァルディ公爵の娘なのだから。
待っていてください、リュカ様。悪い友達は、エミリーが排除して差し上げます。




