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次の日、婦人服に調査に行ったラヴァルディのパパの部下が戻ってきた。リディはパパとブリスと一緒に報告を聞いていた。
「店のオーナーに聞いたところ、お嬢様に針を刺した女は、刺した次の日に店を辞めたようです」
「辞めた?」
「辞めたと言うより、何も言わずに急に来なくなったとのことでした。オーナーが家を訪ねたところ、引っ越した後だったそうです」
「えぇ……。考えたくないけど、私の血を入手するために、あの店で働いていたとか?」
リディがあの婦人服店を贔屓にしていることは、調べればわかるだろう。
「その可能性は高いかもしれません。あの店で働き始めたのは、一ヶ月ほど前だそうです」
パパは眉を寄せながら口を開いた。
「リディ、そのお針子見習いの女の年齢はどれくらいだ?」
「うーん……たぶん、二十五歳前後じゃないかな」
パパは頷き、部下に告げた。
「もう一度その店に行って、オーナーに見てもらいながら女の姿絵を作成するように」
「承知しました」
現在、生贄に使われている可能性のある動物に関しても、情報収集中だ。一番ありえるのは、農場を営んでいる家だ。それであれば三百程度の動物は飼っていても不思議はない。
また、魔獣についても、五十匹程度の魔獣を入手できる先を調査中だった。ラヴァルディ領以外で、まとまった魔獣を入手できる先は限られている。例えば、魔獣討伐専門のギルドだが、討伐せずに魔獣を生きたまま五十匹を集めるのは、いくら魔獣討伐専門のギルドでも大変だろう。あそこは、基本は討伐のために魔獣を殺すのが精一杯のはず。
しばらくは、情報待ちということで、焦っても仕方ないので、リディは大人しくパパの執務室で本を読むことにした。何か情報が入れば、パパの元に一番に入ってくるから。
リディが今読んでいる本は、少年少女向けに作られた、世界樹に関する有名な本だった。回帰前も、今世での小さい頃にも、何度も読んだ本。丸い球体に大きな木が絡みついた絵。その世界樹が絡みついた球体の絵が何個も描かれている。
久しぶりに死が近づき、リディは自身が新芽だと改めて思った。前回の新芽の金の角を持つ雄鹿のように、何度も自分の命を他人に狙われる存在。それを忘れるなと、思い知らされている気がする。
本を見ていると、ソファーの隣に座っていたパパが、リディを片手で抱き寄せ、リディの額にキスを落とした。
「心配しなくていい。リディをこれ以上、俺が死なせたりはしない」
「うん」
不安なリディだけど、パパがいるから大丈夫なのだ。パパの言うように、リディは死なない。
「久々にこの本読んだな。昔ね、世界樹ってこの絵くらい大きいと思っていたけど、皇宮にある世界樹は大きいけど、ここまで大きくはないよね」
「そうだな」
丸い球体は、たぶんこの世界のことだろう。それに絡みつく世界樹は大きいけれど、実際はここまで大きくはない。
「そういえば、この球体って、何で何個も描かれているんだろうね?」
「……」
「たくさん世界があるってことかな?」
「……別の世界があるってことか?」
「別の世界?」
「俺たちがいる世界とは、別の……俺がいる世界。……いや、さすがにそれはないな。それであれば、わざわざ俺たちが回帰する意味がない」
パパが何だか考え込みながら、ブツブツ言っている。
「となれば、この複数ある球体は、回帰のことかもしれない」
「……あ、そうかも? 回帰するだけ、世界樹の新芽があるってことだよね。そういえば、夢の中の新芽も死んだら減るから、そうかもしれないね」
「……ちょっと待て。死んだら減るとは、なんだ?」
「え? だから、夢の中で木の夢……新芽の夢を見るって言ったでしょ」
「ああ」
「今は十三歳だから、昔より新芽が大きくなってるんだよ、一本だけ。たぶん、今回死んだら、その一番成長している新芽が、一本無くなると思う」
「前に夢にたくさん新芽の木があるって聞いたが、何本くらいあるんだ?」
「うーん、残り二十本くらい? ちゃんと数えたことはないかも。夢の中では、新芽の成長を見守らなきゃっていう感情が大きくて、あまり頭が働かないんだよね」
「なんとなく分かった……。リディが初めて回帰していた頃、夢の中の新芽は、最初は三十本程度はあったってことだな?」
「うん」
道理が分かったかのように、パパはすっきりした顔をしていた。リディも、パパに話しながら、なんとなくわかった。夢を見ている間も、起きた後も、ぼんやりとして頭が働かなかったけれど。
「この世界は、残り二十回程度しか回帰できないってことだよね」
「……そういうことだろうな。回帰にも限度がある。限られた回数の中で、新芽を成長させて代替わりできなかったら、この世界は終わるのだろう」
「それって、『たとえ世界が終わっても』ってこと?」
「あの雄鹿の本のそのフレーズは、そういうことだろうな。リディが死ぬと回帰する。それが『たとえ世界が終わっても』という意味かと思っていた。だが、違う。回帰の限度まで繰り返し、最後の新芽が無くなれば、この世界は終わる。それを意味していたんだろう」
パパは忌々しい顔をしながら、リディを片手で抱く腕に力を入れた。
「新芽のリディを殺してでも、人は自分の利己的な感情を優先したいのか。そんな醜い人が生きる世界に価値があるのか。この世界を存続させてまで、おぞましい感情を持つ人を生きさせるのか。世界の存続を賭けて試しているのだろう、人間を」
「ご、ごめんね、パパ。もっと早く気づいて言えば良かったのだけど……」
「リディが謝る必要はない。例え早く分かったとしても、やることは変わらない。……なぜ、リディの命を、世界の存続のために弄ばれなければならない? 世界の存続のためだろうが、リディの命が存続の条件などと、あっていいはずがない」
そうか。パパはリディのために、世界の存続の仕方を怒っているのだ。
「世界など、どうでもいい。リディさえ、今世を楽しんで幸せに生きてくれれば。リディを狙うものは、俺が排除する」
「うん」
回帰したからこそ、パパに会えた。だから、リディは世界を憎んでいない。こんなことを思っているなんて、パパは怒るかな。辛いことがたくさんあったけど、パパと会えたから、少しだけ回帰したことを感謝もしている。
そんな言葉は口にはできないけれど。リディはパパがいることを幸せに思ってるよ。




