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帝都の皇宮の奥深く。
その日、リディはパパと世界樹をじっと見ていた。
昔、ラヴァルディ公爵家の後継者であるリディを、いつか世界樹があるところに連れて行ってくれるとパパが約束してくれた。だから、数年前からパパは約束通り、世界樹のところに年に数回は連れてきてくれる。
初めて世界樹と相見えた時、ずっと会いたかった神に会えたような、そんな感動を覚えた。嬉しくて涙が止まらず、パパを困らせたことを覚えている。
世界樹は、リディが時々見る夢に出てくる木にそっくりだった。大きさの違いはあれど、同じものと言っていいと思う。パパの言うとおり、リディは新芽なのだと、すんなりと納得できた。リディの中で成長する新芽は、以前より大きくなっているのは、時々見る夢で成長を見守ってるから分かる。ただ、まだ代替わりできるほど、大きくは育っていない。まだ、先は長いようだ。
世界樹は、今日もいつも通りそこにいる。いつまでも眺めていられる、と世界樹を見ていると、誰かの気配がした。
「ラヴァルディ公爵と公爵令嬢か」
「陛下」
リディとパパは、胸に手をあて簡略した挨拶をすると、皇帝は手を軽く上げて答えた。
「公爵令嬢とは、ここでよく会うな。世界樹が気に入ったか」
「はい、陛下。お父様に世界樹を見たいと、お願いしたのです」
「よい。ラヴァルディの後継者である公爵令嬢は、いつ見に来ても構わない」
「ありがとうございます」
実はパパは、リディが世界樹の新芽であり、今回の雄鹿にあたるとは、皇帝にまだ告げていないのだ。だから、リディは、ラヴァルディ公爵家の後継者だから世界樹を見に来ている、と表向きの体裁を整えている。
皇帝が世界樹に近づくと、世界樹を見上げた。
「今日も、世界樹はいつも通りだな」
「はい」
なんとなく、皇帝はパパと話があるのかも、とリディは思った。こういう時は、空気を読んで去るべきなのはリディの方だ。
「お父様、わたくしは先に行っております」
「……ああ」
「皇帝陛下、お先に失礼致します」
リディは皇帝にカーテシーで挨拶し、頷く皇帝を横目に世界樹から離れていく。
本当は、もう少し世界樹の傍にいたかったのだが、今日はパパは元々皇帝と会う予定があり、リディはおまけだから仕方がない。それに、まだ時間は早いけれど、今日はレオとも会う約束をしているのだ。
約束の時間には早すぎるけれど、リディはレオの元へ移動した。レオのところへ行くと、レオの侍従がリディに応対した。
「ごめんなさい。少し早いのだけれど、来てしまいました。レオポルド殿下はいらっしゃいますか?」
「ラヴァルディ公爵令嬢、殿下から聞いております。殿下は現在不在ですが、公爵令嬢が早めに来られた場合は、庭へ案内するようにと承っております。ご案内致しますので、こちらへ」
「ありがとう」
レオのところには何度も来ているので、この案内してくれる侍従もすでに顔なじみだ。侍従は、リディをレオのプライベートの温室の庭に案内してくれた。ここも、リディは何度も来たことがある場所だ。
「すぐにお茶をご用意致します」
「あ、いいの。お茶はレオポルド殿下がいらっしゃってからでいいわ」
「承知しました」
こじんまりとした可愛い庭には、猫が二匹いる。芝生でのんびりとしている二匹に近づいた。
「ラン! リン! 久しぶりね~」
リディはランを抱き上げ、芝生の上に直に座った。そして、猫を膝に乗せる。それから、芝生の上で欠伸をしているリンの背中を撫でた。
「相変わらず、可愛いね!」
猫二匹は、すでにリディには慣れたようで、逃げることもなくリディに触られるがままだ。猫は可愛くて好きだ。本当は猫を飼いたいとパパに言いたいけれど、ラヴァルディ領には魔獣が出るし、猫が怖がるかもしれないから飼えないでいた。
庭は温室でもあるため、ドーム型の天井から落ちる温かい日差しがすごく気持ちがいい。この場所で猫がのんびりしたくなる気持ちが分かる。
レオとの約束の時間はまだもう少し先であるため、リディは芝生に寝転んだ。にゃあ、とリンが鳴き、リディの胸上に腰を下ろす。リディはリンを撫でながら、なんだか癒される時間に目を閉じた。
リディのこれまでの過去の複数の回帰で、リディが死ぬ原因となった人たちがいる。これからのリディにとって害になるとは限らないが、パパはリディを死に追いやったことが許せないと、今日までの間に、ほとんどの人を対処した。殺した、ということではない。リディと一生関わらないように済むところへ行ってもらった、とパパは言っていた。
例えば、パパ以外で、リディを養子にした二つの家。
一つめは現ベルリエ公爵の実弟であり、リディの母の従兄妹でもあるオノレ・バロー伯爵。今世は詐欺関係のあくどい事業を始めていたようで、パパが裏から手を回し、バロー伯爵家はお取り潰しになった。バロー伯爵は強制労働が過酷と有名な監獄に入れられた。
二つ目は、リディを実の娘の代わりに年かさの貴族に嫁に出そうとしていた下級貴族。今回はリディ以外の子を養子にしており、その子を嫁に出そうとしていたようだ。しかし、なぜか養子の子を嫁に出そうとしていたことが嫁入り先の貴族にバレて、怒った相手に両親は痛い目に合わされて、現在、その相手に両親と実子の娘は飼い殺しにされているのだとか。
その嫁ぎ先に、詐欺をばらしたのはパパの手の者だ。養子にされていた子は、パパが裏から手を回し、今、その子は、別の義理の両親ができて、そこで穏やかに過ごしている。
リディが養子にならずに過ごした人生では、たいていリディは聖女として過ごしていた。髪の毛を光の妖精ララに魔法で金髪にしてもらい、神殿所属の聖女、もしくは神殿に所属しない野良聖女である。
神殿所属の聖女だった時、上司の神官のせいで死んだのが三回。一回目は虐待、二回目はパパを殺したとして処刑、三回目は神官同士の内部の権力争いに巻き込まれ、神官を狙った毒を毒見役をさせられていたリディが飲んでしまい、死んだ。これらに関係した上司の神官は、現在はすでに神殿にはいない。パパが裏から手を回し、彼らのあくどい所業を曝し、彼らは神官でもなくなり、遠い地に追いやられた。ただ、まだパパに聖水を飲ませろと神官に依頼したのが誰なのかは、まだ分かっていない。パパの見立てでは、金払いの良い貴族だろうとのことだった。
聖女の時の他の死について。聖女の中でも人気不人気というのがあり、人気だったリディが気に食わなかったのか、他の聖女に恨まれて殺された。仲の良かった若い神官に付きまとわれた挙句、幼女愛好家だったその神官に大人になるなんて許せないと殺されたこともあった。また、怪しい薬の人体実験にされて殺されたり、別の聖女にいきなり橋の上から落とされて死んだこともあった。それらの犯人は全て、パパが一生会わずに済む距離に移動してもらった、と言っていた。
回帰の中で、リディが死んだ原因は、前回の最後の死以外は、全てパパが処理してくれた。最後の死だけは、リディも犯人は分からない。なぜかといえば、最後の死は、リディだけが殺されたわけではないからだった。前回の回帰では、聖女狩りというのが行われていた。誰が犯人か分からない。次々と聖女が殺されていく。リディは聖女が狩られていることを知り、帝都の街に隠れて生きていたものの、結局聖女狩りに遭って死んだのだ。
聖女狩りでリディを殺したのは、真っ黒な長いローブを羽織り、フードを深々とかぶっていた複数人の人たち。どこか組織ばった印象はあるけれど、結局リディは相手の顔を見ることができなかった。しかし、あれらの人たちは、たぶん命令されて殺しにきただけのような、そんな印象があった。
その聖女狩りだけは、今のところ対処できていない。今世では、今のところ聖女狩りが行われていないし、リディは聖女として過ごしていないため、今世は聖女狩りには遭わないだろう、とリディは思っている。
日々の後継者としての訓練や勉強は忙しいものの、これらすべて、リディが今後を無事に生きられるための術でもあると分かっている。パパが心配して、色々と対策もしているし、今回はパパの言うように、末永く生きられるかもしれない、と今は希望に満ちていた。
レオの温室の中で、穏やかな日常に安心して、ウトウトとリディは眠りの世界に落ちていった。




