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リディはこの日、朝からパパの執務室で本を読んで勉強をしていた。パパはリディの横でブリスや他の部下と話をしていたが、ひと段落ついたのか、パパがリディを抱き寄せ、リディが読んでいた本を覗き込んだ。
「何を読んでいるかと思えば、貴族名鑑か?」
「うん、そうー。ラヴァルディ領の貴族はだいたい分かるけど、他の地域の貴族はあまり知らないから」
『貴族名鑑』とは、国が出している貴族の名簿のことだ。リディは載っていないが、パパの名は載っている。
例えば、ラヴァルディ領の中にも、貴族で仲が良い悪い、というのはある。パーティーの招待を考える時など、人数が少ない場合は、仲が悪い同士は一緒に招待しない、など気を使うのだ。少し年を重ねてそういうことを最近考えるようになり、帝国の貴族名鑑を一度見てみようと思ったのである。
「……それ、何年前のを読んでるんだ?」
パパはリディが読んでいた貴族名鑑の本の背表紙を確認した。
「七年前のだぞ。古い」
「でも、貴族名鑑って、当主と夫人くらいしか載ってないし、貴族名さえ分かればいいから。どうせ、そんなに大きく変わらないでしょ?」
「少なくとも、このクラシック公爵家はもうない。俺が潰したからな。あと増えた貴族もあるから、新しいのを読め。毎年新しいのが出てるから」
今、さらっと『潰した』とか聞こえたんですけど。パパはリディからブリスへ視線を変えた。
「最新の貴族名鑑はないのか?」
「最新のはそろそろ出る時期ですね。確認して入手しておきます。一先ず去年のが現時点での最新なので、あとで持ってきますね」
「ありがとう、ブリス」
とりあえず、我が家の図書室にあった貴族名鑑の最新を持ってきたはずなのだが、もっと最新はパパやブリスが仕事で使うからか、別のところに置いていたようだった。
「それで、リディはもう少し勉強するか? 今日は昼に時間ができそうだから、外に食べに行こうと思うが、どうする?」
「えー! 行く!」
「じゃあ、出かける準備をしてこい」
「うん!」
リディはパタパタと自室へ急いだ。
三十分後。リディは自室の鏡の前で、体を捩って背中を見たり首を傾げたりと、熱心に自分の姿を見ていた。
「大変お似合いですよ、お嬢様。とても可愛らしいです」
「そうかな! ありがと!」
今日はメイドに可愛いコーデをお願いした。十二歳にしては、少し小さめの自分が不満だけれど、みんなが可愛いと言ってくれるから、きっと変ではないはず。
「お嬢様、お手紙が届きました」
「ありがと。リュカかな?」
メイドから手紙を受け取る。手紙は予想通り、リュカからだった。リュカとは、ずっと手紙のやり取りをしている。手紙を預かって受け渡しをしてくれるお店を利用していて、帝都にあるラヴァルディ公爵家の屋敷の執事に、受け取りなどをお願いしているのだ。それを定期的にリディに転送してくれるのである。
リディは手紙に目を通す。今度帝都で会う約束をしており、その話だった。リディは手紙をいったん仕舞う。返事は食事から帰ってから書くことにする。
リディは自室を出た。玄関ホールへ向かうと、すでにパパが出かける支度済みで、執事と話をしていた。
「パパ! お待たせ!」
「……可愛い恰好しているな」
「本当? ありがと! おばあ様に似合うからって、買ってもらったワンピースなの!」
「ああ。似合っている」
パパはリディの手を取り、リディの手の甲にキスをする。パパがこういうことをすると、絵になる。
「行こうか」
「うん」
リディたちは、馬車に乗った。目的は、ラヴァルディ領の街にある有名なレストランだ。パパと時々行くのだ。
「いつものテーブルを予約したの?」
「ああ。リディが気に入っているだろ」
「うん」
そのレストランには、特別仕様のテーブルが一つある。レストランの中には、敷地内の庭に綺麗な池があって、その中央に島のようなところがある。そこに日除けの素敵な屋根とテーブルがあって、外だけれど、ある意味個室のようなものなのだ。まず会話は外に聞こえない。
池には一本の橋が通っていて、そこからしかそのテーブルへは行けない。今日のような晴れた日は、そのテーブルで食事すると、いつもの何倍も美味しく感じる。パパとデートするときによく使う。ここはリディのお気に入りなのだ。
レストランに到着し、支配人に案内される。リディはパパと手を繋ぎながら進む。
「まあ! ラヴァルディ公爵閣下と公爵令嬢だわ」
「公爵閣下、素敵ねぇ……。公爵令嬢も可愛らしいわ」
さすが、ラヴァルディ領ということもあり、リディとパパは有名人である。特にパパはラヴァルディ領での人気は凄まじい。そんな会話が漏れ聞こえ、リディは内心苦笑しながら、目的の場所に案内された。
相変わらず、このレストランの眺めは素晴らしい。雰囲気も良くて、少しだけ大人になった気分も味わえる。
「リディの誕生パーティーの招待客の名簿は考えたのか?」
「うん。パパの言う通り、ラヴァルディ領に住む令嬢の中から呼ぶことにした。本当はレオやリュカも呼びたかったのだけれど、パパが子息は呼ぶなっていうから止めておいたよ」
「それでいい。令嬢の中に、リディに楯突こうなどと、生意気なことをする者はいないだろうな?」
「いるわけないよー。みんないい子たちなんだよ」
数年前から、リディはラヴァルディ領に住む令嬢たちと交流している。ラヴァルディ領に住む貴族は、パパに目を付けられたら、ラヴァルディ領では生きていけない。だから、娘のリディに何かをしようなどと、後先を考えない人はほとんどいないのだ。それに、ラヴァルディ領の貴族令嬢は、わりと温厚な子が多い。リディも仲良くしている。
パパは、五歳だったリディが一度攫われて以降、何がリディに悪意を持つか分からないと、いつもリディを心配しているのだ。
「それより、令嬢は招待するのに、パーティーに来たいって言っている子息たちを断るのが、心苦しかったのだけど」
「そういうやつは、剣で相手してやれ。わざわざ着飾っているリディを見せてやる必要はない」
「……」
パパは、リディに絡むことでは、男性相手が特に厳しい。女性相手でも厳しいけれど。レオやリュカとは、小さい頃から仲良くしているから、あまり厳しく遊ぶなとは言わないけれど、レオやリュカと頻繁に遊んだりするのは嫌のようなのだ。パパは、娘を誰にもやりたくない、ヤキモチ焼きだ。
そんなパパが大好きなので、リディは苦笑いだけに留めておく。
そのように会話をしながら、パパとの食事デートは終了した。
その日、屋敷に帰り夕食を終えると、リディは自室で風呂に入った。それから、いつものようにメイドに寝る準備をしてもらう。
パパの娘になってしばらくはパパと寝ていたけれど、十歳になってからは、リディは一人で寝るようになった。リディも大人になったのだ。パパと寝られないのが最初はすごく寂しくて、一人寝しながら泣いていたけれど。もう今は泣かない。大人だもの。
回帰の中で、最大に生きたのが十二歳だったが、今のリディもそれに並ぶ十二歳である。もうすぐ十三歳となれば、記録更新だ。すっかり立派な大人だと思う。自分が大人になったことに、少しドヤッとしていると、部屋にパパが入ってきた。
「パパ!」
リディは走ってパパに抱きついた。大人だって、パパには甘えていいのだ。パパはリディを抱き上げた。
「夜まで元気が有り余っているな?」
パパは笑っている。パパは、リディと寝るためにリディの部屋に来たわけではない。毎日、寝る前には、パパがリディの顔を見に来てくれて、おやすみのキスをしてくれるのだ。
抱き上げたリディをベッドまで運ぶパパに、リディはパパの首元に顔を付けて、顔を左右にゴロゴロと動かす。
パパはリディをベッドに降ろすと、横になったリディに掛け布団をかぶせ、リディの頬にキスをした。
「いい子で寝るんだぞ」
「うん。お休み、パパ」
パパはリディの頭を撫で、リディは良い気分で夢の世界に落ちて行った。




