45 ※ベルリエ公爵視点
「リュカを呼べ」
「承知しました」
執務室にいた執事に、この部屋の主ローラン・ベルリエ公爵はそう指示した。執事は一礼して去っていく。
ローランの人生は、ある時までは順風満帆だった。
ローランの母は、前ベルリエ公爵の妹であった。前ベルリエ公爵は、後継者は男でないといけない、という思考の持ち主で、二人の子が両方とも女だったことから、ローランは若い内から、幸運なことに前ベルリエ公爵から後継者に、と指名されていた。
しかも、前ベルリエ公爵の長女リュシー・ベルリエとの婚約まで決まり、一歳年下の従兄妹リュシーをローランは気に入っていたため、ベルリエの後継者の座と好きな女まで手に入るのだと、人生はローランに輝かしい未来を与えるはずだった。
たとえ、リュシーと少し意見の食い違いがあったとしても、そんなものは些末なこと。いずれは結婚して、ローランの妻になれば、ローランの苦労も分かってくれる。そう思っていた。
しかし、前ベルリエ公爵が急死し、葬式に忙しく、そしてローランが慌しく公爵の地位に就いた混乱の最中、リュシーは消えた。国中でリュシーの捜索をした。しかし、すぐには見つからなかった。
しばらくして、リュシーが見つかった時には、リュシーは子を産み、そして産後体調が急変したらしく、生きているのに意識がなかった。それからというもの、リュシーは少し前に息を引き取るまで、長期間眠ったままだった。
リュシーが許せなかった。ローランが愛しているのに、なぜローランから逃げた。なぜ裏切ることをした。
部屋にノックの音がした。
「父上、リュカが参りました」
「入れ」
部屋に入ってきたのは、リュシーの子、リュカ・ベルリエ。
リュカはローランの前まで歩いてくると、ローランを見た。この顔を見ると、イライラとする。リュシーの未来と引き換えに生まれた子。
「家庭教師には、勉学は順調だと聞いたが、剣術のほうはどうなっている? 先日、皇子と練習試合をすると聞いていたが」
「……こ、この前は、負けてしまいました」
ローランはリュカの右頬を平手打ちにした。
「最高級の師匠を付けてやっているのに、何たる様だ」
「も、申し訳ありません。次は、必ず……」
涙目でローランを見るリュカが、なんとも忌々しい。
「必ず勝てると? お前に課せられているものは、なんだ」
「す、全てにおいて、皇子殿下に勝つことです」
「そうだ。勝たなければ、お前は開始地点にも立てないことを忘れるな」
「はい」
「魔法の練習はどうなっている?」
「光の魔法の練習は、予定より少し先に進んでいます」
「ローズより進んでいるだろうな? お前は私の後継者なんだ。練習の開始がローズより遅かったとしても、ローズよりできないとなると、考え直さなければならないぞ」
「ローズより先に進んでいます」
ローズは、ローランの娘である。
眠り続けるリュシーを妻にはできず、ローランは仕方なく、別の女を妻にするしかなかった。
「分かった。定期的に報告をするように。下がってよい」
「はい。失礼します」
リュカが部屋を出て、ローランは窓辺に近づいた。窓の外は雨が降っており、時折、雷が鳴り、稲妻が地へと伸びている。
リュシー、ローランが愛した女。今回はリュシーが死んで、離れてしまうことになったが、これも一時的。いずれ、リュシーは再びローランの元に戻すのだ。そのためには、二つの鍵が必要だ。
一つ目は、リュカの成長。リュカには、自身の母のために、働いてもらう。あと数年はかかるだろうが、もう一つの鍵を見つけるまでには頑張ってもらう。
そうして、もう一つの鍵。こちらは、すでに近いところまでローランは近づいている。前回、回帰した時に、大々的になりふり構わず捜索したことが、功を成していた。
ローランはなぜか回帰する男だった。二回の回帰をして、今回三回目の人生を生きていた。
前回、死んだはずなのに、見覚えのある人生を生き、自身が回帰していることに気づいた。回帰するならば、その回帰する鍵を探さなければならない。
前々回の人生で、死んだ原因を考えた。ローランの上に落ちてきた女。それが原因で死んだのだ。女は目が光っていたため、聖女に違いない。
聖女が原因と仮定し、前回の回帰で、ローランは聖女を殺して試すことにした。とはいっても、神殿所属の聖女、貴族の所有の聖女、一般人として紛れている聖女など、聖女を全て殺していくのは大変だった。光の魔法一族のベルリエ一族は、神殿と結びつきが強いため、大々的に聖女を殺すわけにはいかないからだ。
聖女を探しては、内密に殺していく。しかし、すぐには回帰は起きなかった。聖女が回帰の鍵、その仮定は間違っていたのだろうか。
いつものように隠れていた聖女を見つけた、と報告があり、これから殺しますと聞いた、そのすぐあとに、ローランは再び回帰した。間違っていなかったのだ。聖女はやはり、回帰の鍵だ。
ただ、失敗もあった。どの聖女が回帰の鍵か分からないことだ。回帰の原因だった聖女は、神殿に所属していない、野良聖女だった。目的を達成するまでは人を一人殺すのも後処理が大変だから、回帰に関係のない聖女は、今回はできるだけ殺さない方向にしたい。
ローランが死の原因となった、ローランの上に落ちてきた女は、金髪だった。つまり、目的の野良聖女は、金髪でもある。そこまで分かれば、探すのは前ほどは難しくはないだろう。
これからのリュカの成長と働き、そして野良聖女を使った回帰。それさえあれば、リュシーは再びローランの元に帰って来る。
あと数年の我慢だ。雷が光り、ローランの歪な笑みを、窓に映し出すのだった。




