34
「そろそろ、魔物や魔獣に慣れる訓練をしないとな」
数日滞在していたおばあ様が、ラヴァルディ公爵家の屋敷を去った次の日、パパがそんなことを言った。
「な、慣れる?」
「リディはラヴァルディの後継者だ。将来的には、魔獣の討伐をしなければならないからな」
「……慣れるって、何をするの?」
「そうだな……。小さめで温和な魔獣の巣が地下世界にあるから、リディはそこで……ピクニックでもしてくるか?」
「いや―――!!!!」
何それ、全然楽しそうではない。
「ピクニックのお弁当って私!? 私が魔獣に食べられちゃう!」
「心配するな。ヤツらは草食系だ」
「草食系の魔獣って何!? 牙とかないってこと?」
「牙……は、あるな」
「やだぁぁあ」
牙がある草食系って、なんだ。恐怖が和らがないんですけど。
「大丈夫だ。最初は俺も行くから」
「最初はって嫌……毎回、一緒に来て」
「考えておく。じゃあ、今から一度、行ってみるか」
リディは全力で顔を振った。
「きょ、今日は止めよ! 今日はお天気も調子が悪いし」
「雲一つない青空だが?」
「わ、私のお腹の調子が悪い!」
「毎日食べすぎるからだろ。今日の昼食は少なめにするか?」
「うぐっ……。お、お腹良くなった……」
「じゃあ、地下世界に行くか」
「いやぁあ……」
リディは涙目でパパに訴えた。
「パパ、お願い。今日はやめよ? 明日から頑張るから」
「……明日から、本当に行けるのか?」
「……ぅん」
「声が小さいな。……まあ、いい。では、明日から頑張るんだぞ」
「はぁい」
そんなやり取りをした、次の日。
「お願い、パパ。明日から頑張るから、今日は止めよ」
「昨日もそう言っていなかったか?」
だって、魔獣に慣れるって何。やっぱり怖い。
「だって……! 怖いもん!」
「俺がいるのに、何が怖いことがある」
「お願い、パパぁ!」
必殺、駄目押しキスをパパの頬にする。
「……仕方ない。本当に明日から頑張るんだぞ」
「兄上、また、そこで折れるんですか?」
実はずっと、同じ部屋にいたブリス。苦笑しながら、そう呟いた。
「そうだよ、兄上。これじゃあ、リディが魔獣に慣れるのは遠くなるよ」
そして、同じく部屋にいたルシアンまで、呆れた声を出す。
止めて。せっかくパパが折れてくれているのに。さらにルシアンが口を開く。
「リディ、地下世界の前に、屋敷の裏で魔獣に慣れたらどう?」
「……屋敷の裏?」
「俺が付き合ってやるから」
「え……?」
パパの膝の上にいたリディは、いきなりルシアンに抱き上げられた。
「俺のペット。リディは何度も見ているから、もう近くにいても大丈夫だよな」
「だ、大丈夫じゃない―――!!」
「大丈夫、大丈夫。犬みたいなものだって」
「全然違う! 顔が怖い! おっきい!」
「大丈夫、大丈夫」
「やだっ! パパー! パパー!」
パパはなぜか、リディから視線を逸らした。どうしてー!
リディはルシアンにより、攫われてしまうのだった。
屋敷の裏庭。
ルシアンのペットの、犬にも見える黒の魔獣二匹の前に、リディはいた。ペットの体は馬の二倍くらいありそうだし、目は赤い。脱兎のごとく逃げようとしたら、速攻ルシアンに捕まってしまった。
「ふえぇぇん……!」
怖い。怖すぎる。鋭い牙と爪が鋭利過ぎる。顔も怖いし大きいし、二匹がリディをガン見している。
ぐずぐずとルシアンに抱きついて泣いていると、ルシアンがリディを抱き上げた。
「泣かなくていいのに。怖くないって。牙なんて、見掛け倒しだよ」
「顔が怖いぃぃ」
「顔は犬じゃん。わんって鳴くんだよ? ほら、お前ら、鳴いてみ」
最後のは、ルシアンはペット二匹に言ったらしい。リディは、ルシアンの首あたりに付けて泣いていた顔を、少しだけ横を向いて、ペットを見た。
『……』
『…………ゥオン』
「ほら! リディ、聞いた? 犬だったでしょ」
犬と言えば、犬かもしれない。犬より凄みはあったけれど。
「お手もするんだよ。ほら、お手」
ルシアンがリディを抱えていない方の手をペットに出すと、ペットの一匹は、一瞬躊躇したように間を空けた後、ルシアンの手にお手をした。
「ほらほら! 犬じゃんね!」
「……」
魔獣も芸ができるんですね。
「リディもお手してみ?」
「た、食べられる!」
「食べないって! 分かった、じゃあ、背中から触ってみるか。顔が見えなければ触れるでしょ」
「………………うん」
「よっしゃ!」
ルシアンはリディを抱えたまま、ペットの背中に近づいた。
「ほらほら、背中、触ってみ。ふさふさだから」
ルシアンがペットの背中を触る横で、リディはおずおずと背中に手を伸ばす。さわさわと、ペットの背中を撫でる。毛はふさふさとしていて、触り心地は良い。
「ほら、犬と変わらないでしょ」
「……うん」
確かに、体の大きさをあえて見ないようにするなら、犬と言えなくもない。
「毎日まずはペットで慣れよう。俺もいるし、一緒に慣れていこう」
「……うん。毎回一緒にいてね。私を一人にしないでね」
「しないしない」
「……抱っこもしてくれる?」
「いいよ! 抱っこもしてやる!」
一人じゃないなら、どうにか頑張れるかもしれない。
リディだって、後継者にと期待されるなら、頑張りたいと思う。いつかパパたちの役にだって立ちたい。
まだ始まったばかりの魔獣に慣れる訓練だけど、少しずつ、頑張ろうと思うのだった。




