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「さあ、坊ちゃま。今日はうんとお洒落しませんとね」
ユリアーネがうきうきと衣装ラックを引っ張って来たのは、エメの誕生日パーティの日の朝である。
「あんまり気合い入れると、逆に浮いちゃうっスよ」
笑いながら言うニコライに、むむ、とユリアーネは顎に手をやる。その表情は真剣そのものである。
あれでもないこれでもない、と着せては脱がせを繰り返し、ユリアーネは頭を抱えてしまう。
「なんということなの……何を着ても可愛らしすぎて、これという一着が決まらない……!」
「エメに選ばせてはいかがですか」
少し呆れをはらんだ声でエミルが言った。
「そうですわね! さあ、坊ちゃん。どれにしましょう」
エメは少し困ったような表情になりつつ、衣装ラックに掛けられた服を物色し始める。一着を手に取っては体に当て、どうかな、と言うようにユリアーネを見る。しかし、どれを見せてもユリアーネが、お可愛らしいです、と声を上げるので、ついにエメも困って首を捻ってしまった。
「おい、支度できたか?」
ラースが部屋に入って来て、服の散乱する床を見てひたいに手を当てる。
「ユリアーネ。毎度これでは困る」
「申し訳ございません……。坊ちゃまの可愛らしさを全面に押し出すことのできる服がもっとあるはずなのです」
相変わらず暴走しているユリアーネに、そういうことではない、とラースは溜め息を落とした。
「もうみなが集まっている。いつまでも待たせるわけにはいかないだろう。ニコライ、選んでやれ」
「了解っス!」
衣装ラックをザッと見たニコライは、ものの五分で一着を選び出した。それを見たユリアーネがまた、お可愛らしいです、と声を上げるので、エメは苦笑いを浮かべた。
* * *
会場となっている広間には、馴染みの騎士や侍女、使用人が集まっている。会場に入ると一気に視線が集まるので、エメは気圧されてしまう。ラースは優しく背中を押した。
辞儀をして顔を上げたエメが、急に駆け出す。会場の中にアランを見つけたからだ。
「エメ! 誕生日おめでとう!」
抱き付くエメを受け止めたアランに、会場中から拍手が巻き起こる。胸を押さえたり目頭をつまんだりする者が散見され、護衛三人は苦笑いを浮かべた。
「そういえば」と、アラン。「エメっていくつなんだっけ」
「推定十三歳です」
曖昧な言い方をするラースに、アランは一瞬だけ怪訝そうに眉根を寄せたが、ふうん、とすぐに呟く。
「そうだ。プレゼント持って来たんだぜ」
そう言って、アランは小さな袋をエメに差し出した。エメは礼の代わりに微笑んで受け取る。開けてみろよ、と少し誇らしげなアランに促され、エメは丁寧にラッピングを解く。袋の中に入っていたのは、明かりを反射してキラキラと光る緑色のリボンだ。
「お前、髪が長いからな。これは碍魔の力がある髪紐なんだ。魔法攻撃耐性が上がるんだぜ」
エメが嬉しそうに微笑んだとき、会場のどこからか、尊い、という呟きが聞こえたのをラースは聞き逃さなかった。
「つけてやるよ」
アランはすでに巻かれている髪紐の上からリボンを器用に結ぶ。エメは嬉しそうに一回転して見せ、また微笑む。
そのとき、会場がざわめいた。みなの視線を追うと、アーデルベルト国王とクリスタ王妃が会場に入って来る。クリスタ王妃は神官に促されて椅子に腰を下ろした。
「エメ」
ラースが呼ぶと、エメはちらりとアランを見遣った。
「待ってるよ」
そう言うアランに微笑みかけ、エメはアーデルベルト王のもとへ駆け寄る。護衛三人に倣って跪いた。
「誕生日おめでとう、エメ。どれ、顔をよく見せてくれ」
優しく言うアーデルベルト王に、エメは姿勢を正して王に歩み寄る。王は腰を屈め、エメの頬に手を添えた。
「ずいぶんと顔色がよくなったな。不自由はしていないか」
エメが明るく笑うと、アーデルベルト王は満足げに頷く。
「私にも顔をよく見せて、エメ」
クリスタ王妃に呼ばれ、エメは王妃のそばに歩み寄った。王妃は優しくエメの頬を撫で、穏やかに微笑む。
「実は、私のお腹には赤ちゃんがいるのよ」
腹を撫でて言うクリスタ王妃に、エメは目を丸くした。王妃の解任はすでに国民に広く知れ渡っている。
「あと三ヶ月で産まれるの。お兄ちゃんになってあげてね」
エメは目を輝かせてこくこくと頷く。「お兄ちゃん」という単語に惹かれたようだ。
「ではな」
優しくエメの頭を撫で、アーデルベルト王はクリスタ王妃に手を差し出す。王妃がその手を取り、ふたりが並んで背を向けると、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
その拍手を気に留めず、国王と王妃を見送ったエメがアランのもとへ戻るので、強いっスね、とニコライが笑った。
「お前、すごいな」アランが言う。「よく国王陛下と王妃殿下とあんな平気で接せられるな」
エメは首を傾げる。最初こそ緊張したもの、王と王妃の優しさに触れ警戒心がなくなったのだろう。
「でも、クリスタ王妃殿下は公爵のお姉様っスよね。アラン様にとっては、恐れ多くも伯母に当たるんじゃ?」
「それはそうだけどさ。いち貴族と王族じゃわけが違うだろ。俺が『伯母様』っつって王妃殿下に話しかけに行ったら不敬で首が飛ぶぜ」
「まあ、そっスね」
へらと笑うニコライに、アランは肩をすくめた。
貴族の誕生日パーティだったら、そろそろ音楽隊の演奏に合わせてダンスなどが始まるかもしれない。しかしエメの誕生日パーティはそういった社交界の習わしとはまったく関係なく、参加者も王宮の使用人たちばかりだ。みな料理を楽しみつつお喋りをしている。エメとアランも――アランが一方的だが――ずっとふたりで話し込んでいた。
「エメ」エミルが言った。「みなにピアノを披露しては?」
「お前、ピアノできるのか?」
アランが目を丸くすると、エメは誇らしげに胸を張る。
彼が会場に置かれていたグランドピアノに歩み寄ると、それまで溢れていたお喋りが止んだ。エメに視線が集まる。
エメがピアノの前で辞儀をすると、期待をはらんだ拍手が贈られる。エメに緊張は見られなかった。
会場中の者が想像していたのは、おそらく「子どものお遊戯」だろう。しかし、エメの演奏はそれを大きく裏切った。紡がれる音に、会場中がシンと静まり返る。
アランもエメが奏でる音に引き込まれていた。まるで語りかけてくるようだ。短期間で身に付けたとは思えない。
「僕が弾いているのを見て興味を持ったようなので、教えてみたんです」と、エミル。「才能があったんでしょうね」
「それにしたって上手すぎじゃないか?」
演奏を終え、エメは満足げにまた辞儀をする。ようやく我に帰り、会場中が惜しみない拍手をエメに贈った。
「すごいな、エメ!」
興奮するアランに、エメは照れ臭そうに笑う。
「俺なんて嫌々だから全然うまくならないよ」
「アラン様はどっちかって言うと」ニコライが言う。「芸術家というよりバリバリの体育会系っスもんね」
「音楽やるより剣の稽古してたほうが楽しいからな」
エメが感心したように、ほお、と口を丸くするので、アランは得意げに張る胸を叩いた。
「ピアノはエメに分があるかもしれねーけど、ダンジョン攻略だったら負けないからな」
「アラン」
ディミトリ公爵が呼ぶので、アランは振り向いた。ちょいちょい、とリカルドが手招きする。首を傾げつつ、行って来る、とエメに声をかけてアランはふたりに駆け寄った。
その途端、会場にいた者たちが一斉にエメのもとへ集まって来た。目を丸くするエメに、おめでとうと言う者、ピアノを賞賛する者、はたまた祈りを捧げる者までいた。エメがいつもの明るい笑みを浮かべると、はう、ぐっ、と観衆の中からくぐもった声が聞こえた。
「みんな、遠慮してくれてたんスね」
ニコライがおかしそうに言った。エメが友達と楽しそうにしているのを、会場中が邪魔をしないようにしていたようだ。ディミトリ公爵とリカルドは、それに気付いてアランを呼んだのだろう。
* * *
エメの辞儀でパーティは幕を閉じる。使用人たちはそのまま片付けに取り掛かり、騎士たちは詰所へ帰って行く。
またな、と手を振るアランを見送ったエメは、充実感に満ちた表情をしていた。




