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エミルの授業を終えると、エメは深々と頭を下げる。授業のとき、いつもエメは楽しそうだ。新しい知識が増えることが嬉しいらしい。授業を拒否することもないし、覚えが早い。純粋に楽しんでいるようだった。
そこに、ラースが部屋に入って来た。
「アラン様のバースデーパーティの招待が来ていたから、参加すると答えておいたぞ」
「事後承諾じゃないですか」
エミルは呆れたように目を細めるが、エメは目を輝かせている。バースデーパーティが初めてということもあるが、アランはエメにとって初めての友人。エメなら参加しないわけがないとラースは思っていた。
「坊ちゃんの誕生日はいつなんスかね」
思い立ったようにニコライが言うと、エメが右手のひらを三人に向けて開いた。三人が首を傾げていると、今度は右手の指を二本立て、左手は指で丸を作る。その意味を理解したニコライが、思わず声を上げた。
「五月二十日っスか!? 来週じゃないっスか!」
「すぐお伝えして参ります」
辞儀をしたユリアーネが部屋を飛び出して行くので、エメは首を傾げる。保護して王宮に来てから初めての誕生日。盛大に祝ってやりたいと思うのが当然だろう。
「しっかし、よく覚えてたっスね」
ニコライが感心して言うと、エメは少し寂しそうに笑う。
おそらく、家族に祝われた記憶があるのだろう。盗賊団に捕らわれていたという過酷な日々が、幸せな記憶をより鮮明に頭の中で輝かせるのかもしれない。
* * *
アランのバースデーパーティの当日。初めてのパーティに緊張しているかもしれないとラースは思っていたが、エメは友人の誕生日を祝えることが嬉しいようだった。ユリアーネにお洒落なシャツとジャケットを着せられているあいだ、ずっとそわそわしている。
「準備できたっスか~?」
そう言って部屋に入って来たニコライは、なぜかまた女性の格好をしている。ラースは溜め息を落とした。
「なぜまた女装をしているんだ」
「親子ってことにしといたほうが都合がいいじゃないっスか。俺らが坊ちゃんの護衛だってわかったら、坊ちゃんが重要人物だってわかっちゃうっスからね」
「腕輪が見えないよう、長袖のシャツにしました」と、ユリアーネ。「暑くなったら上着を脱いでも大丈夫ですわ」
エメはこくこくと頷いた。
「いやー今日も可愛いっスねえ」
ニコライがつくづくと言うと、エメは照れ臭そうに笑う。
支度を終えて部屋に入って来がエミルが、ニコライを見て深い溜め息を落としたのは言うまでもない。
* * *
公爵家の屋敷は、すでに人で溢れ返っていた。その人の多さに驚いたエメが、ラースの腰にしがみつく。
「俺たちかアラン様のそばを離れるなよ」
エメは小さく頷いた。もしはぐれてしまったとき、声を発せないエメは誰かに助けを求めることができない。護衛が三人もいれば見つけられるだろうが、エメに心細い思いをさせることになってしまう。せっかくの友人の誕生日会でそんな思いをさせるのは可哀想だ。
子どものバースデーパーティにしては規模が大きい。これは公爵家の財力自慢ということではなく、招待すべき人が多いということだ。なにより、こういったパーティは貴族同士のコネクションの入り口である。公爵がコネクションを作るためでもあるが、他の貴族同士が繋がりを作る場を提供しているという面もあるのだ。
エメが突然に駆け出した。ニコライが慌てて追い駆けると、その先にアランの姿を見つける。彼に気付いたアランが振り向いて、嬉しそうな笑みを浮かべた。エメが飛び付くと、アランは足を踏ん張ってそれを受け止める。
「エメ、来てくれてありがとな」
嬉しそうに笑うエメに、アランの周りにいた子どもたちが興味を持ち始める。いくつなの、おうちはどこ、おうちはなんのお仕事をしているの、と訊いてくる。エメが何も応えられずにおろおろしていると、アランが肩に手を添えた。
「悪いな、エメとふたりで話したいんだ」
そう言ってエメを連れて離れて行くアランに、ニコライは安堵に胸を撫で下ろしてラースのもとへ戻った。
「アラン様は将来モテそうっスね」
「そうかもな」
「ハルトムートくん」
呼び掛ける声に振り向くと、ディミトリ公爵が歩み寄って来る。ハルトムートというのは、ラースの偽名である。
「よく来てくれたね。アランも喜ぶよ」
「アラン様のお誕生日、おめでとうございます」
辞儀をするラースに、ニコライとエミルも続く。
「ありがとう。エメのおかがでアランも楽しそうだ」
「それはエメも同じです。アラン様のお陰で、ずいぶん明るくなったように思います」
「ですが」と、エミル。「エメがいると、アラン様が他の方との繋がりを作る機会を邪魔してしまうのでは」
ディミトリ公爵はおかしそうに笑う。
「アランは家を継ぐこともない。アランが他の貴族との繋がりを作ることは、そう重要なことでもないだろう。むしろ、アランが利用されることがなくなるのは良いことだ」
他の貴族からすると、アランと年の近い子どもを公爵家との繋がりを作るために使いたいところだろうが、アランが貴族というしがらみに縛り付けられなくて済むのだ。
エメとアランは会場の隅で楽しげにお喋りをしている。
そこに、公爵夫人が歩み寄った。
「エメさん。アランと仲良くしてくれてありがとう」
見目麗しい女性に声を掛けられて驚いたエメは、遠慮がちに微笑む。公爵夫人は優しくエメの頭を撫でた。
「これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」
エメは大きく頷く。公爵夫人はアランの頭も撫でて去って行く。エメが不思議そうにアランを振り向くと、母様だ、とアランは紹介した。
「子どもの俺から見ても、母様は綺麗だと思う」
エメはこくこくと頷いた。
「アラン様」
声を掛けられて振り向くと、着飾った数人の子どもがアランに歩み寄って来る。丁寧に辞儀をした。
「お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
アランは視線も合わせず素っ気なく言う。
「あちらでお話しませんか?」
「悪いな。いまエメと喋ってるんだ」
「では、私たちも混ぜていただけませんか?」
「ふたりで話したいんだ」
行こうぜ、とアランはエメの肩を押す。子どもたちは困ったような表情でその後ろ姿を見送り、追い駆けて来ることはなかった。アランは、ふん、と鼻を鳴らす。
「ああやって俺に擦り寄って、公爵家との繋がりを作ろうとしてるんだぜ。要はお遣いだな」
つまらなさそうに言うアランに、エメは首を傾げた。
「子ども同士が仲良くしてたら、親同士もつるみやすくなるだろ。そんな打算的なやつに利用されるのは癪だ」
きょとんとするエメに、お前にはわからないよな、とアランはあっけらかんと笑う。
「お前も気を付けろよ。ラースたちが王宮騎士だって知ってるやつもいるからな。安易に王宮と繋がりを作ろうとする無謀なやつはいないだろうが、商売をしてるやつらなんかは、そういうコネクションが欲しいだろうからな」
エメはますます困惑する。アランの言っていることが難しすぎてわからないのだ。
それを見ていたラースは、ただ甘やかされて育ったというわけではないのだと思った。自分が他の貴族との繋がりを作る必要がないことも、しっかり理解しているのだ。
「エメ。楽しんでいるかい?」
リカルドが歩み寄った。エメは微笑んで頷く。
そこでエメは、何か思い立ったようにポケットの中を漁った。ひとつの小さな箱を取り出し、アランに差し出す。
「わざわざ用意してくれたのか?」
アランが目を丸くすると、エメは照れ臭そうに笑って見せた。ありがとな、と嬉しそうにエメの頭を撫でたアランは、丁寧にリボンを解き、箱の中を覗き込む。そこには小さな赤い宝石のペンダントが納まっていた。
「これは護符かい?」
リカルドの問いに小さく頷いて、エメはポケットから紙を取り出して広げて見せた。そこには、
『マールム晶石製です。ダンジョンにいる悪霊からアランを守ってくれたりします』
と、書かれている。ほう、とリカルドは感心していた。
「効果はそれだけじゃないみたいだ。常に身に着けておくといいかもしれない」
リカルドは【鑑定】をしたようだった。ふうん、と呟いて、アランはペンダントを首にかける。
「どうだ? 似合うか?」
嬉しそうなアランに、エメも満面の笑みでこくこくと頷いた。そんな楽しそうなふたりを、周囲の者は物珍しそうに眺めている。と言うのも、アランの「気」は強いし難しいと言われているのだ。短いと思っている者もいる。そんなアランと笑い合っているのだから、エメは魔法でも使ったのではないかと思われているかもしれない。
壁に寄り掛かってふたりを見ていたラースは、ふと、辺りに視線を巡らせた。ニコライが少しだけ体を寄せる。
「いますね」
低いニコライの声に、ああ、と短く答える。
「どうしますか」
「構うな。どうせここでは何もできん」
「わかりました」
エミルの空気もピリついている。しかし、周囲は三人の気配が変わったことに気付いていない。気付かせないのだ。
「そういえば」と、アラン。「エメの誕生日はいつなんだ?」
エメは手で五月二十日と示す。アランは目を丸くした。
「来週じゃん! 間に合うのか?」
そう言ってアランがラースを見上げる。
「今回は内輪だけでやります」
「俺も行っていいだろ?」
「公爵にご了承をいただけるのなら、どうぞ」
「ダメとは言わないと思うぜ」
その通りだろう、とラースは思う。おそらく王宮ではエメの誕生日会の準備がさっそく行われているだろうが、公爵家を招待するくらいの余裕はあるはずだ。
来いよ、とアランがエメの背中を押す。中庭に出て行くので、ラースも小さく息をつきつつそれに続いた。
ラースたちが王宮騎士だと知る者はそれなりにいる。しかし彼らは、騎士団の中の取っ付きにくいランキング上位の三人だ。醸し出す「近付くなオーラ」に当てられ、ほとんどの者が三人と関わり合いにならないようにしていた。中には果敢に話し掛けてくる者もいたが、彼らが――明るいニコライすら――まともに取り合わないので、諦めてすごすごと去って行く。王宮との繋がりを作りたいのだろうが、一介の騎士である三人に取り入っても無駄なことなのだ。
公爵がパーティの締めくくりの挨拶をするまで、エメとアランは中庭で遊んでいた。アランはパーティの主役のはずなのだが、そんなことはどうてもいいようだった。
「エメ、そろそろ帰るぞ」
ラースがそう声を掛けると、ふたりは揃って残念そうな顔になる。そんな顔をされてもダメなものはダメだ。
「アラン、お前も挨拶をしなさい」
リカルドが呼ぶ。えー、とアランは顔をしかめるが、リカルドの笑顔が逃げることを許さない。それをよく知っているアランは、渋々と公爵のもとへ歩み寄り招待客を見渡す。
「えーっと……本日はお越しいただき、ありがとうございました。実り多き一年となるよう、努力いたします。どうぞ温かく見守っていただけると幸いです」
ほぼ棒読みで言い、アランは辞儀をする。招待客が拍手を送り、パーティは閉会となった。
他の招待客のことは気に留めず、アランは門の外までエメを見送った。エメがアランの心を開かせたことに驚いていた招待客たちも、微笑ましくふたりを見ている。
ラースに抱えられ帰路についているあいだ、エメはずっと寂しそうにしていた。王宮と公爵家の屋敷は近い。遊びに行こうと思えばいつでも行ける距離だ。それでもやはり一緒に遊んでいた友達と離れるのは寂しいらしい。
「楽しかったか?」
ラースが問いかけると、エメは満面の笑みで頷いた。
「いい友達ができたっスね」
「人が多くて疲れたんじゃないですか?」
エメの生き生きした表情を見ていると、時々、保護したばかりの頃の彼を思い出す。盗賊団のアジトから離れるときでさえ無感情な表情をしていた。そんな彼に人間らしさを取り戻させたのが【名付け】と【祈り】ではないかとラースは思う。このふたつを与えられた日を境に、エメは変わった。変わったというより、おそらく本来の彼に戻ったということなのだろう。辛い経験が、彼を抑制していたのだ。
部屋に戻ると、ユリアーネが衣類の整理をしていた。
「おかえりなさいませ」
今日のユリアーネは、以前のようにキリッとしている。しかしエメが抱き付くと、途端に破顔し抱き締め返した。
「ユリアーネ、エメを任せていいか」
「はい」ユリアーネは即座に立ち上がる。「もちろんです」
「行くところがある。しばらく頼むぞ」
「お任せください。いってらっしゃいませ」
行くぞ、とニコライに言い部屋をあとにする。エミルも辞儀をして彼らを見送った。エミルには行き先がわかっている。しかし、ふたりが揃っていれば充分だ。
「エメ。少し早いですが、お風呂に行きましょうか」
エミルの言葉に頷いたエメが彼に歩み寄ると、はう、とユリアーネが謎の声を上げた。
「エメ坊ちゃまとエミル様が一緒にお風呂……!?」
「何か問題でも?」
「いえ、まったくございません。いってらっしゃいませ」
急に冷静沈着に戻るユリアーネに、エミルは息をつきつつエメの背中を押した。エメはユリアーネの変化をなんとも思っていないのだろうか、とたまに思う。
* * *
「……やはり、狙いはエメであろうな」
アーデルベルト王の言葉に、ラースは頷いた。
「その可能性が高いのではないかと思われます」
「おそらく」と、クリスタ王妃。「エメに精鋭三人が護衛についていることは、承知の上なのでしょうね」
「仰る通りかと」
「いかがなさいますか」ニコライが言う。「宮廷内は強固な守りがありますが、対外時は危険なことも多いかと」
「ふむ……。だが、私はこう思う。ラース、お前なら、三十人が束になってかかって来たとしても、ひとりで退けることができる。違うかね?」
確信と自信をはらんだ声で言うアーデルベルト国王に、ラースは胸に手を当てて辞儀をした。
「仰る通りかと」
アーデルベルト王は、やはり、と言うように笑う。それから笑みを消し、低い声で言った。
「しばらくは様子見だな。新たに監視の者をつける」
「は」




