8.外の世界へ
「では、行ってきます」
「あぁ。 くれぐれも、命を落とすような真似はしないように。
エルマー殿下、ローラを宜しく頼む」
「はい、お任せを」
エルマー殿下はお父様の言葉に、左手に剣を、胸に右手を当てて会釈する。
……その姿も格好良い、なんて見惚れていると、お父様が苦笑いする。
「……ローラ、大きくなったな」
「! ……はい」
私は力強く頷き、そっとお父様に近付くとぎゅっと抱きしめた。
お父様は驚いたように身じろぎしたものの、ははと笑って抱きしめ返してくれる。
「あぁ、何年振りだろう。 こうしてお前を抱きしめるのは」
「随分久し振りな気がします。 ……でも今だけ、こうして甘えさせて下さい」
(……もしかしたら、これで最後になるかもしれない。
次にお父様に会った時には、記憶を失っているかもしれない。 ……最悪、一生会えないかもしれない。
……ううん、私は)
「お父様」
私はお父様からそっと離れ、私と同じ瞳のお父様を正面から見て、力強く言う。
「私は、絶対にこの国へ帰って来ます。
エルマー殿下と、必ず。 ……だから、待っていて下さい」
「! ……あぁ、勿論だ。 無事に帰って来い」
私はお父様の言葉に、エルマー殿下を振り返り、そして二人で力強く頷いてみせる。
「「はい!!」」
……ここからの旅路は、エルマー殿下と二人きりになる。
その理由は、“呪い”を解くためには、事情を知っている者だけで行かなくては、目的地に辿り着けるかどうか分からないからだそうだ。
だから、私の呪いの元凶だと言うエルマー殿下と私だけで、なるべく最小限の荷物量で向かうことになった。
(……いよいよだ)
城の外へ出る。
いつ振りだろう。
それこそ記憶の中では、記憶がリスタートされた10歳の時に、お父様から“呪い”について何も聞いていなかった私が、外出禁止の約束を破って門の外を飛び出したのが最初で最後だ。
(……その後、“呪い”の影響で国中が雪崩や大雪で甚大な被害に遭った)
それ以来、怖くて門の外を出られなかった。
“鳥籠”……いつか殿下がそう言っていたが、まさしくその通りだと思う。
「……いよいよだな」
その言葉を呟き、殿下は立ち止まる。
気が付けば、城の門の手前まで来ていた。
「目的の場所まではここからそう遠くはないが、この先は何が起きるか分からない。
……まだ、怖いか?」
そうエルマー殿下は私に聞く。
私は苦笑交じりに素直に頷いた。
エルマー殿下はそんな私の手を力強く握り、「大丈夫」と笑みを浮かべて言った。
「……俺は、国一番の晴れ男と呼ばれている」
「へ?」
その言葉に私は驚けば、エルマー殿下は楽しそうに笑い、一歩足を踏み出して私の方を振り返ると、ぐいっと私の手を引っ張った。
それによって体が前のめりになり、慌てて私も一歩足を踏み出せば、エルマー殿下の背後から、眩いばかりの太陽が顔を出す。
その光景に驚き目を見開けば、太陽の光はエルマー殿下の金色の髪をキラキラと明るく照らし出す。 そんな殿下の背景には、殿下の瞳と同じ、スカイブルーの大空が広がっていて……―――
そして殿下は、何処か嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて言った。
「外の世界へようこそ、ローラ姫」
「……!!」
そう言った殿下の顔は、太陽の光よりもずっと、輝いて見えた。
☆
「ここらへんの雪は深いから、慎重に行こう。
俺の後ろから足跡を辿って来れるか」
「! えぇ」
そう言って殿下は、慎重……というのだろうか、私の歩くスピードには十分なほどサクサクと雪の感触を確かめるように歩く。
私は殿下に言われた通り、その足跡を辿るように続いた。
(……それにしても)
「エルマー殿下は雪を歩くのが凄く上手ね」
「! ……あぁ、そうだね。
俺は雪が好きで、ここら辺も良く訪れていたからな」
「え、エルマー殿下が!?」
この国に来ていた、ということなのだろうか。
私の言葉に、殿下は振り返らずに歩き続けながら答える。
「俺の国……ブラッドリーは、四季豊かではあるが、雪が降り積もるほどは雪が降らないんだ。
以前、冒険譚が好きだと言っていただろう?
その中には雪国が出てくる話もあったりして、それで雪が好きになったんだ」
「! ……そうなのね」
(私は、自国の雪が好きではなかった。 自分にかけられた“呪い”もあるし、その“呪い”で甚大な被害に遭ったと聞いていたから。
……今だって、こうして私が城から出るために、民には家から出ないようお触れが出ているし……、だけど)
「……嬉しい」
「え?」
私の呟きに、エルマー殿下が振り返る。
私は慌てて「何でもないの」と言えば、殿下は首を傾げながらも、少し距離が出来てしまった私を待ってくれている。
(私の国を好きだと言ってくれるのは素直に、嬉しいことなのね)
私は慎重に、そしてそんなエルマー殿下に追いつくべく、さっきより軽い足取りでエルマー殿下の元へ走り寄る。
そんな私を見て、エルマー殿下は何故か、クスクスと笑い出す。
「? 私、何かおかしなことをしたかしら?」
「ふふっ、いや、君は変わらないなと思って」
「……変わらない?」
どういうことだろう、首を傾げた私に、殿下はたまに見せる、少し寂しげな表情を浮かべ、私の頭に軽く手を乗せてから前を向き、歩き出したのだった。
☆
「そういえば」
「ん?」
私は前を歩く殿下に向かって声をかける。
「私、貴方のことを何も知らないわ」
「? そうだっけ?」
殿下の言葉に、私はぐっと拳を握って言う。
「そういえばそうよ! 私のことは知らない間にランから沢山聞いているくせに、何故私には貴方のことを教えてくれないの!?
そんなの不公平だわ!」
「!」
エルマー殿下は私を振り返ると、嬉しそうに声を上げる。
「ふふっ、そうか、君は俺のことをもっと知りたいと、そう思ってくれているんだね」
「っ、んな!!」
私はその言葉に、自分でも顔が赤くなるのが分かる。
そんな私を見て、殿下はクスクスと笑い、「そうだなぁ」と歩きながら口を開いた。
「君はどんなことが聞きたいの?」
「え? えーっと……」
いざ具体的に何を、と聞かれても何から聞けば良いか分からない。
そんな私に、殿下は振り返って笑うと、「じゃあ勝手にまずは俺の国のことから話していこうか」と言った。
「俺の国……ブラッドリー王国は、250年くらい前に築かれた。 四季は豊かで、国民も皆明るいから、君が俺と恋仲だ、なんて知られたらあっという間に君は注目の的になるだろうね」
「! ……“呪われ姫”だものね」
私の呟きに、殿下は慌てて振り返って付け足す。
「違う、そう言う意味ではなくて! ……こんなに素敵なお姫様だなんて知ったら、皆君を喜んで受け入れてくれると、そういう意味で言ったんだよ」
「! ……す、素敵って」
「? ふふ、言葉の通りだよ。 可愛くて純粋で。 ……自分の呪いのせいで民達を傷付けまいと、一歩も外に出なかったことも、何より君の心が優しくて温かい証拠だよ」
「!!」
そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。
(……だってそれは、当たり前のことだと思っていたから)
思わず黙ってしまった私を見て、殿下はクスクスと笑うと、「一先ず、今日はここまでにしようか」と言って、殿下は鞄から少し小さめのスコップを取り出す。
私はそれを見て、あっ、と声を上げる。
「雪洞を作るのね!」
「あぁ。 だから、君はゆっくりしていて」
殿下はそう言って柔らかな雪を掘り始める。
それを見た私は、少しムッとしながら自分の鞄の中からスコップを取り出すと、殿下の元に寄る。
そんな私を見て驚いたような表情をした後、殿下は「そうか、君も一緒にやってくれるつもりでいたんだね」と嬉しそうに笑う。
私は頷くと、殿下の指示に従って、二人で今晩泊まるようの雪洞を作り始めたのだった。