9.近付く心
「「出来た!!」」
二人で顔を見合わせてそう声を上げた。
エルマー殿下が言っていた通り、殿下の指示に従いながら作っていたら、予想していた以上にあっという間に出来てしまった。
……それに何より、殿下の慣れ具合が凄い。
「本当に、雪が好きなのね」
そう言えば、殿下も「あぁ」と頷き、雪洞に目を向けるとポツリと呟く。
「……懐かしいな」
「え?」
殿下の言葉を聞き返せば、殿下は「いや、こうして作るのは暫くぶりだったから」と笑うった。
「そういう君こそ、凄く器用に作っていたじゃないか」
「そ、そう?」
……確かに、何故だか、最初は殿下の指示通りに動いていたものの、慣れてきてからはテキパキと自ら動けていた。
まるで、自分の手が“覚えていた”ように。
「……?」
「? ローラ姫?」
「! ごめんなさい、ボーッとしてしまったわ」
殿下の言葉にハッとして慌ててそう答えれば、殿下は少し心配そうに「疲れたのかもね。 中に入って休もうか」と安全性を確かめるように雪洞の中を少し叩きながら中に入る。
私もその後に続いて雪洞の中に入ったのだった。
☆
「本当に、手慣れているのね」
火打ち石でおこされた火と手渡された今日分のパンを見て、エルマー殿下に向けて呟くと、殿下は笑って答えた。
「あぁ。 好きだからね、こういうの」
「ふふっ、エルマー殿下と一緒なら無敵な気がするわ」
私がそう言えば、殿下はふっと手を止め、真っ直ぐと私をみて言った。
「なら、この旅が終わったら、今度はもっと広い世界に一緒に行こう。
君に見せたい景色も、君と見てみたい景色も、沢山あるんだ」
「!!」
力強くそう言ってみせる殿下に、私は驚いてしまう。
「……どうしてそこまで、私に気を遣ってくれるの?」
「え?」
その言葉に、今度は殿下が驚く番で。 私は手元に視線を落として言った。
「……私は、どうなるか分からないじゃない。 この旅で、本当に呪いが解けるのか」
「じゃあ逆に、君はどう思うんだ?」
「!」
いつの間にか、目の前に殿下がいた。
その近さに驚くと、殿下は少し体を離しながらも私の手を取って口を開いた。
「……俺は、君がこの呪いを解くことが出来ると、そう信じてる」
「!」
(……そんなの、何の根拠もないのに)
そう思ったが、その考えはすぐに吹き飛んだ。
……殿下の力強い瞳が、私を見つめていたから。
「……不思議ね」
「え?」
私はふっと力を抜いて殿下に笑いかける。
「何の根拠もないのに、エルマー殿下を見ていると、何故だか、何でも出来るような気がしてくるわ」
まるで魔法使いみたい、なんて笑うと、殿下は困ったように笑う。
「そんな、俺は魔法使いなんかではない。
……でも、もし魔法が使えるのだとしたら……、いや、そうじゃないな」
「?」
「……君は、冒険が好きだろう?」
「? どうして突然?」
私が首を傾げれば、殿下はにっこりと笑う。
「いや、何となくそう思っただけだよ」
「な、何となくって。 ……でも確かに、貴方の話や、貸してくれた本を読んで、外の世界に興味が湧いたわ。
あっ、でも今は、この国をもっと知ることからしてみたいかも。 この日まで私は、城から一歩も出たこともなかったから。
……それにしても不思議よね、何故私が城の外を出ても、吹雪にならないのかしら……、って、貴方何で笑っているの」
私がじとっとエルマー殿下を見れば、クスクスと肩を震わせて笑う殿下がいて。
「いや、おかしくて笑っているのではなく、ただ、君が可愛いなと思って」
「!? な!!」
「だって、今までこんなに話してくれるとは思っていなかったから」
「!!」
殿下の手が、そっと私の手を持ち上げ口付けを落とす。
私はそれを見て顔が赤くなるのが分かり狼狽えると、殿下は再度笑って言った。
「君とこうして過ごせているだなんて、俺にとっては夢みたいなことなんだ」
「? どうしてそこまで」
「君を思っているかって? ……さあ、何故だろうね」
そう言って笑う殿下の顔が、どうしてか寂し気に見えて、私は言葉を失ってしまう。
暫く見つめあっていたけれど、殿下が先にふいっと顔を逸らして言った。
「……そろそろ寝ようか。 明日は今日よりもう少し歩かなければいけないからね」
「え、えぇ……」
殿下は持ってきた鞄の中から私と殿下の布団をそれぞれ2枚ずつ出し、私に手渡した。
私はお礼を言ってそれを受け取ると、殿下は少し私から離れた場所に壁を背にして座った。
「……」
(……エルマー殿下、私に気を遣ってくれているのかな)
殿下は私を雪洞の中に入れてくれ、自分は出入り口に近い方に座ったのだ。
「……殿下」
「ん?」
私は意を決すると、エルマー殿下の隣に腰掛けて、毛布にくるまった。 これには殿下が驚き目を見開いて、慌てたように言った。
「ろ、ローラ姫!? き、君は奥で眠っていた方が」
「でも、それでは殿下が風邪を引いてしまうわ」
「い、いや俺は大丈夫だから!」
「嘘よ! ……ほら、貴方の手、冷たいじゃない」
私は殿下の手を取ると、殿下はハッとしたようにして私の手を凝視する。
私は自分とってしまった大胆な行動に気付き、慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい! ……い、今のは、その」
「……いや、嬉しいよ。 有難う、ローラ姫。
なら、お言葉に甘えようかな」
「へ……!?」
殿下は何をするかと思えば、私の肩をぐいっと自分の方に抱き寄せた。
「え、ええエルマー殿下!?」
「ふふ、こうした方が温かいでしょう?」
そういつもより近くで聞こえ、私は羞恥で顔が赤くなるのがわかる。
(あ、温かいを通り越して、熱い気がするわ……!)
私は文句を言おうとしたけど、殿下の温かな温もりに包まれたからか、急に睡魔に襲われ瞼が重くなる。
それに気付いたのか、微睡みの中で、殿下がクスッと笑いながら「おやすみ」と、私の瞼に口付けを落とした、気がした。
(エルマー視点)
「……本当に、眠ってしまったんだね」
腕の中ですやすやと、安らかな寝息を立てて眠っているローラに、俺は苦笑いする。
「男である俺に対して警戒心がないのは、怒るべきなのか喜ぶべきなのか……複雑だな」
試しにそっと頰を抓ってみると、擽ったそうにするローラに、俺は少し息を吐く。
「……あー、いつ眠れるかな」
まさか、ローラ自ら近付いてくるとは思わなかった。
そしてからかうつもりで肩を抱き寄せたが、まさかそのまま眠ってしまうとは思わなかった。
(……ずっと、この時間が続けば良いのに)
彼女を苦しめるもの全て排除したら、俺は……、彼女の一番近くに、居られるのだろうか。
(……いや、今は良い)
それは、彼女が決めるべきことだ。
彼女を苦しめている原因は、紛れもなく、“俺”の責任なのだから。
(……今はこうして、彼女の近くに居られればそれで、俺は良い)
……ただ、こうして近くにいればいるほど、俺の心は我儘になる。
彼女のもっと、近くにいられたらと……――
(……何て、おこがましいにも程がある)
俺は小さく左右に首を振り、外の景色を眺める。
彼女が外に出ても、変わることのなかった天候。
……それは十中八九、彼女が呪いと向き合うために、“導かれている”からだ。
(……だから決して、“俺の力”なんかではないよ)
先程遮った彼女の言葉に対する答えを、俺はそう心の中で呟いたのだった。




