14.10年前、運命の時
「それが、10年前……、君を苦しめている“呪い”をかけたあの日のことだ」
記憶を思い出した今、私ははっきりとその当時のことを思い出す……―――
「っ、エルマー、エルマー!! っ、誰か!!!」
明るかった空は、いつの間にかどんよりと雲が多い、雪がしとしとと降り積もっていく。
私はそんな空の下で、なすすべも無く、ただ真っ青な唇で意識を失っている殿下の名を呼び続けた。
(っ、私のせいだ……! 私が今日、遊びに行こうなんて言ったから、エルマーが、こんな、こんな……!)
そう何度も、幼い私は自分の無力さを思い知り泣いていると、不意に壁だった場所に、道が出来ているのが見えた。
そして、気を失っていた殿下もその時、ふと目を覚ました。
「……ろー、ら……?」
「っ、エルマー、立てる!? 少しだけ、力を貸して……!」
時間がない。
このままでは、エルマーも私も死んでしまう。
そう判断した私は、エルマーの体を起こすと、一歩一歩、その道を辿って進んだのだった。
☆
そしてたどり着いた場所は、ここ……ルイ様が住んでいた洞窟だった。
エルマーはそこで、ついに力尽きて倒れ込んでしまう。
私が焦って何度も名前を呼びながら、エルマーを必死に温めていると、不意に気配を感じた。
……そこにいたのは、白い毛に覆われ、アイスブルーの瞳を持つ、大きな一匹の狼の姿だった。
「……今考えれば、それはルイ様……貴方だった」
「そう。 あの姿をした僕を見て君が怖がるのも、今考えてみれば無理もないことだと思うけど……、あれが、僕が初めて人間と出会うことになった出来事だった」
初めて守護獣であるルイ様を見た時、当時の私は怖いと感じ、恐怖に怯えてしまった。
それを悟ったルイ様は、より一層人間不振を募らせ、あしらおうとした。
けれど、私は食い下がった。 それは、エルマーが危険な状況にあったから。
「……君は、今と同じことを言った。
“命でも何でも差し出すから、エルマーを助けてほしい”と」
「!」
気を失っていたエルマー殿下は当然、その話を知らない。 だから、今初めてその時のことを聞き驚いたようで、私を見た。
私はそんな殿下に微笑んで見せてから、ルイ様に向き直る。
ルイ様はそのまま話を続けた。
「だけど、僕は人間を信じることが出来なかった。 ……いや、怖かったんだ。
いつの日か聞いたお爺様の話のように、人間を信じて裏切られ、傷付くと。
そして人間は、僕達と違う時をすみ、儚く脆い生き物だと。
そう思った僕は、賭けに出たんだ」
「……それが、エルマー殿下の命を助け、私達を城に戻す代わりに、私に“呪い”をかけた理由ですね」
私の呪いは、前述した通り二つある。
一つ目は城の外に私が出ることで、大雪や雪崩が起きること。
もう一つは、それまでの記憶を消し去り、且つ10年ごとに記憶がリセットされること……――
「……その二つにした理由の一つ目は、僕が許す限りこの地に足を踏み入れ、侵して欲しくなかったから。
そしてもう一つは、僕のことを思い出した時に、僕を探し出させないようにするためだった」
そう言ったルイ様の後に、それまで黙っていたエルマー殿下が口を開いた。
「それでも、貴方が記憶を封じたのは、ローラ姫の記憶だけだった。 ……それが、“賭け”だったということですか?」
「え、どういうこと?」
エルマー殿下の言っている意味が分からず首を傾げた私に、ルイ様は少しだけ笑って言う。
「あぁ、エルマー殿下の言う通りだよ。
君達は、とても仲が良かった。 それが“愛の力”だと悟った僕は、賭けに出たんだ。
……君の記憶だけを消し去り、命が助かったエルマー殿下はどう言う行動を示すか。
要するに、エルマー殿下に全てを託したんだ」
「……え……」
今度は、私が驚く番だった。
(だから、エルマー殿下はずっと、記憶がない私に寄り添ってくれた、ということ……?)
「……本当、大変だったんですよ。
ローラ姫のお父様には説明を求められ、事情を話してもなかなか信じてもらえないし、挙げ句の果てには、ローラ姫との一切の接触を禁じられて。
貴方に関する情報は勿論無い上、ここに来るまでの道は貴方が導かなければ現れない。
何度もこの場所を訪れようとしては、絶望に打ちひしがられました」
そう恨みがましく怒ったように言う殿下に、ルイ様は苦笑いを浮かべる。
「君達には、申し訳ないことをしてしまったと思っている。
……だけど、君達の行動が、僕の考えを変えてくれた。
人間は確かに、僕たち守護獣に比べたら、脆く儚い生き物だ。 けれど、それだけではない。
君達のような、心温かい人間も多くいることを教えてもらった」
有難う、そう言って笑うルイ様の表情は、今までに見たことのないような温かい微笑みで。
私達も顔を見合わせ、大きく頷いて見せた。
そして、ルイ様はよし、と立ち上がると驚きの行動に出る。
「この国を、元あるべき姿に戻そう」
「!? 元あるべき姿……?」
まさか、と私とエルマー殿下は顔を見合わせ、まじまじとルイ様を見つめてしまう。
ルイ様は少し照れたように笑い、手をかざしながら言った。
「……昔、お爺様に遺言として言われたんだ。
“お前がこの国を、人間を認めたら、元あるべき姿に戻してほしい”って」
そう言ったルイ様の瞳の色が、虹色に輝きだす。
その幻想的な光景に見惚れていると、やがてふっと光とともに体から力が抜けたように座り込むルイ様に驚き、私とエルマー殿下は駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「っ、あぁ、心配ないよ。 久しぶりに大きな魔法を使ったから、反動で疲れただけ。
……それより、外に行ってごらん」
「! はい」
私が返事をすると、エルマー殿下はルイ様に気を遣いながら、ルイ様に肩を貸して一緒に外へ行きましょうと誘う。
それを聞いたルイ様は驚いたように私達を交互に見てから、ふっと微笑みを浮かべたのだった。
☆
そうして三人で出口に向かって洞窟の中を歩いていると、やがてまばゆいばかりの光が見えてきた。
そして、その出口から外に一歩、足を踏み出した私達を待ち受けていたのは、さっきまで広がっていた雪景色とは違い、そこは、何処までも広い花畑と、何処までも青く澄んだ空が広がる、まるで物語から抜け出てきたような外の世界が広がっていたのだった。




