11.守護獣と記憶の欠片
(……ここ、だわ)
私は重い足を止め、私の頭上をはるかに上回る大きさの洞窟を見つけ、立ち止まった。
「……やっぱり私、ここに来たことがある」
かじかんでいる手にも構わずそう呟き、洞窟の表面に触れる。
(……まだ記憶は思い出せない。
けれど、ここまでの道とこの感じは間違いなく、経験したことがある……)
この感じとは、洞窟の中から私の頰を撫でるように吹いている、神聖な空気。
……それは、ここが確か、いつか本で読んだことがある場所で合っていると思うから。
「……私達、マクルーア国の地を守っている、守護獣を祀っている場所……」
この国には、この世界では珍しいとされている守護獣がいる。 守護獣はこの土地を守るため、国家機密とされている場所に祀られていると聞いていた。
……ここは、その場所で間違い無いと思う。
「空気の流れが、違う」
守護獣。
私を導いたのも間違いなく、“彼”だと思う。
そしてこの中に、彼と、エルマー殿下はいるはず……―――
(……待っていて、エルマー殿下)
私はそう心の中で呟くと、意を決してその穴の中へと足を踏み入れた。
☆
薄暗い廊下のような、氷が張り巡らされた場所を歩き続けていると、急に辺りが開けた。
そして、私の目の前に現れたのは……。
「っ!!! あ、貴方は……」
私の目の前に現れた彼……、守護獣であり、今は人間の姿をしている、私と同じ歳くらいの見た目をした彼は、透き通るようなアイスブルーの瞳をこちらに向け、穏やかな声音で告げた。
「久しぶりだね、ローラ・マクルーア姫」
「っ!!」
その声を聞いた瞬間、ぐわんと視界が揺れ、咄嗟に頭を抑えてしゃがみこむ。
それを見た彼……守護獣は、私の側に近づいて来ると私の目の前でしゃがんだ。
「……その様子だと、まだ完全には思い出していない、といったところだね」
「……はい」
私は失礼があったらいけないと居住まいを正して、殿下とは少し違う色の青い瞳を見つめる。
そんな私を見て、彼は少し笑って「君は昔から変わらないね」と、いつか殿下に言われたことと同じことを言いながら口を開いた。
「僕はこの国の地を守る守護獣のルイ。
あぁ、ちなみに君の探し人はそこにいるよ」
「え……!?」
私はルイ様の指差した方向を視線でたどれば、そこにいたのは固く目を閉じているエルマー殿下の姿だった。
「エルマー殿下……!!」
ハッとして駆け寄ろうとすれば、その前に肩を掴まれる。
え、と足を止めれば、ルイ様が私に向かって口を開いた。
「……あの子が、君にとってそんな大事?」
「え?」
ルイ様の突然の言葉に、私は驚いて目を見開く。
そしてルイ様は、言葉を続けた。
「君は、あの子を助けたいと思う?」
「た、助けたいって……」
(……殿下は今、危険な状態ってこと……!?)
気がつけば、私はルイ様の肩を逆に掴んで口を開いていた。
「え、エルマー殿下はっ! ご無事なのですか!?」
私の剣幕に、ルイ様は驚いたような顔をしたものの、すぐにさっきとは打って変わって何処か冷めたような瞳で私を見つめた。
「……あぁ、一応無事だよ。 だけど、君には今から選択してもらわなければいけないけどね」
「え……?」
ルイ様が、何を言っているのかわからない。
そんな私にルイ様は、私の手を肩から退けると、一歩引いて私に向かって言った。
「今から君に、僕が君から消した記憶の一部を見せよう。
……話はそれからだ」
「え……!?」
そうルイ様が言った途端、私の頭の中でキーンと音が鳴り響く。
そして私はそのまま、意識を手放したのだった。
☆
(……ここ、は?)
白い雪の上で、私は目を覚ます。
ぼんやりとした頭の中で、その光景を見て思い出した。
(……ここは、さっき通ってきた道……)
そう、殿下が庇ってくれたあの崖の上に私はいた。
(……ここは私の、記憶の中……?)
ということはやはり、ここに私は以前来ていたのだ。
(でも一体どうして……)
その時、幼い誰かの声が遠くから聞こえてきた。
「エルマー、こっちだよ〜!」
「ちょ、ちょっと待ってローラ! 早いよ〜!!」
(!?)
私は咄嗟にその二人の声を聞いて近くにあった木に隠れた。
そしてそっと様子を伺えば、遠くからこちらに向かってきたのは間違い無く、幼い頃の私と、幼い顔立ちの殿下の姿だった。
(!? で、殿下に呼び捨て!?)
私は驚く観点がずれているとは自分でも思ったものの、あまりにも仲が良さそうな幼い私と彼の姿に驚いてしまう。
(やっぱり私とエルマー殿下は、19歳の誕生日よりずっと前に、会っていたんだわ)
……それに。
(……とても、楽しそう)
二人で笑いながら走り回るその姿は、私から見ても仲睦まじかった。
その光景を見ているうちに、私はハッとする。
(っ、危ない!!!)
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
幼い私が、この前と同様、あの崖の上から滑り落ちたのだ。
それを見た私は、咄嗟に木陰から飛び出したものの、それより先に空中に飛び出していたのは、まぎれもなく幼い殿下で。
「っ、ローラ……!」
幼い殿下が私の名を叫ぶように呼ぶ。
(……っ、ダメ、それでは貴方まで……!!)
手を伸ばしても、その手は虚しく空を切ったところで、パァっと視界が弾ける。
思わず目を瞑って光が落ち着いたのを見計らって目を開ければ、そこは、またさっきと同じ、一面氷で覆われた洞窟の光景が広がるばかりだった。




