冬が近付く
昴が週末だけ滞在することになって初めての土、日。
サニヤとリア、そして保護者枠で甲斐さんも一緒に迷宮へ行ったりした。
人形からの情報で昴を連れて本格的な探索はしなくてもよさそうだとわかったので、比較的穏やかな10階層付近を復習も兼ねて周回した。
当然、復習なので戦ったのは僕1人だ。
それでも、昔は属性獣のサポート付で無我夢中で駆け抜けた場所を1人で対応できるようになったという確かな実感が得られたので嬉しかった。
昴にも甲斐さんにも、褒めてもらった。
人形は、何か思うところがあるのか、初日に昴を迎えにいく時に同行したきり、僕の部屋から出ようとはしなかった。
それが少し気になったけれど、時間はあっという間に過ぎて昴は日常に戻っていった。
まあ、また来週来るけどね。
「そろそろ、準備を始めようか」
昴が帰った次の日、迷宮へ向かおうとしていたら、良さんから呼び出されてそう言われた。
「次の週末くらいには、巫女姫たちの都合がつきそうだから、そのつもりでいて欲しい」
「はい」
出来るだけ平静を装って返事をしたけれど、心の中は大荒れに荒れていた。
とうとうっ、この時がっ。
当代、冬の巫女姫の代理として神事を行う練習の為に、他の四季の巫女姫様たちの前に出る時がっ。
『なんで、男?』
みたいな顔で見つめられるは間違いないだろう。
うう、出来れば逃げ出したいところだけれど、1人で神事をこなせる自信がないので致し方がない。
せめてもの救いは、ラズリィーに会えることだろうか。
週末かぁ。
焼き菓子でも作って準備しておこうかな?
巫女姫たちは全員女性だし、甘いものがあると喜ばれるだろうし、と気持ちが浮き上がってきたところで我に返った。
思わず、良さんに聞き返す。
「週末?」
「そうだよ。まあ、日曜には間違いなく全員揃うと思うよ」
「でも、週末って、昴が来ますよね?」
「そうだね。でも、重要度はこちらが上だし、わかってくれるよね?」
「はい」
勿論、わかっている。
この世界にとって、季節の変遷を行う神事はとても大切かつ重要な行事で、僕は、今のところ、この世界で貢献らしきことは、冬の神事代行くらいしか出来ないって事も。
でも、昴にどう説明しよう。
うーん、と唸っていたら、良さんからフォローが入った。
「どうせ、巫女姫たちと訓練するのは日中だけだから、昴ちゃんとは夕食でも一緒にすれば充分でしょう。心配なら椎名にでも見ていてもらうよ?」
椎名さんか。
面識もあるし、昴も仕事だからと言えば、嫌だとは言わないだろうけれど、そこまで面倒見てもらってよいのだろうか。
「まあ、女の子同士だし、見学って形で一緒にいてもいいけど」
新しい提案に、昴が巫女姫様たちと一緒にいるところを思い浮かべる。
女子ばかり4人の中に、僕。
そして、昴から、昔のお兄ちゃんの話などをされてしまったら・・・。
サァーと血の気が引くのを感じた。
駄目。
無理。
それは、無理。
「椎名さんで!お願いしようと思います!」
僕は力一杯頭を下げた。
それからの日々は、中々に多忙だった。
迷宮攻略は勿論だけれど、午前中の講義で、四季の祭典の知識の復習も始まり、過去の巫女姫たちの神事のやり方の記録を見たり、おもてなし用のお菓子の試作を作ったり。
その合間に、サニヤやリア、属性獣たちと散歩して気分転換したり。
その間、人形はほとんど動くことはなかった。
夜、寝る前に少しポツリと世間話をしたりもするけれど、昴の部屋にサニヤとリアがお泊まりした日ほど饒舌に話すことはまずなかった。
多分だけれど、僕の部屋の隣がサニヤとリアの部屋だからだと思う。
原始種族には、壁とか扉はあってないようなものだろうし、何故かはわからないけれど、人形は絶対に2人を警戒している。
でも、逆にサニヤとリアからはそんな素振りが全く見受けられなかった。
僕が気付かないだけ?
サニヤは、相変わらず、語彙も表情も乏しいので仕方がないとしても、リアはわかりやすい方なので、何か思うところがあるのならば違和感くらいは感じると思うんだけどなあ。
まあ、考えてもわからない時は、一旦考えるのをやめる。
部屋の窓から外を見ると、庭で、王宮庭師さんたちが働いている姿が見えた。
その中に、マーカスの姿を発見して、頑張ってるなーと、僕もやれることを頑張らないとーと、元気を貰う。
秋の祭典が終わって、冬の祭典の準備が始まり出したこともあって、庭木には美しく紅葉しているものも沢山ある。
この景色が、僕が無事に冬の神事をやりとげれば、雪景色に変わる。
そうなれば、この世界に来て、ほぼ1年経過することになる。
色々あったけれど、あっという間だった。
日本では、僕が死んで4年ということになる。
かつての同級生たちは大学生や社会人になって、日々忙しくて、高校1年生の夏に、余り登校することもなく死んだ同級生のことなど、思い出すこともないのだろうな。
僕だって、同じ中学だった友人数人くらいとしか話した記憶がない。
寂しくないのかと聞かれたら、やっぱり少し寂しい。
ここでは、充分に優しくしてもらって、属性獣たちも、サニヤもリアもいて、好きな女の子だっているけれど、何かが欠けているような喪失感がある。
ホームシックなのだろうか。
異世界だと、ここは自分の家ではないと無意識に思ってしまっているからだろうか。
最近、新しく知ってしまった、自分の記憶の欠損のせいだろうか。
自分だとは思えない、過去の『ご主人様』としての記憶がないことで胸がこんなにモヤモヤしたりすることはなかった。
笈川 吹雪としての、自分が失われていたことが、こんなにも自分にダメージを与えるなんて、過去の僕は想像しただろうか?
多分、したけど、ここまでだとは思わなかったんだろうな。
何とかなるよね、と軽く考えたに違いない。
自分のことなので、この予想が間違っていないと思う。
これからは、もう少し慎重に行動するように心がけないとなあ。
僕は、小さくため息をついて、窓にカーテンをかけた。




