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コミカル三国志(第一部)  作者: ダメ人間
間章 大権の行方
182/421

百八十二.天下を握ることは簡単ではない

 呂布は今、郿塢城より逃げた董卓の残党兵を追っていた。

 董卓の旧臣たちを抹殺するためである。


「奴らを生かしておけば、後日の災いとなる!奴らの首をチョンパするぞ!進めーーーー!!」


「「はいはい!了解!イエッサーー!!奴らの首をチョンチョンパーーー!!!」」


 後顧の憂いを絶(た)つべく、呂布軍は勢いに任せて残党兵を追撃するのであった。



 一方此方は残党軍。

 董卓の旧臣である『李傕(りかく)』、『張済(ちょうさい)』、『郭汜(かくし)』、『樊稠(はんちゅう)』の四将軍は、呂布に降るのを良しとせず、彼らは呂布の軍勢に戦いを挑もうとしていた。


 とはいえ、相手は天下無双の呂布である。


「まともに戦っては勝ち目無し!」と、彼らは山間に呂布の軍を誘い込み、長期戦に持ち込むことにしたのであった。



 呂布は『武勇』に優れた将であったが、『智』が足りない将であった。

 彼は山間に誘い込まれたなどとは微塵も思わず、彼らの思惑通りに山間へと深く入り込んでしまった。


 そして、呂布軍が山間で身動きが取れなくなった間に、張済と樊稠の2将が間道(かんどう)(=抜け道)より迂回して、長安を攻め落としてしまった。


 それに気づいた呂布は急いで長安へと引き返したが、時すでに遅し。


 長安は董卓の残党兵たちに支配され、火の海となっていた。


 こうなってはさすがの呂布もなす術がなかった。


 そして、呂布は悔しさを滲ませながら、「後日に期す!」と言って、袁術の元へと身を寄せて行ったのであった。



 呂布には思慮が足りなかった。

 また、彼は道徳も欠けていた。

 その短所が顕著に現れ、彼は覇権を握ることが出来なかったのである。



 ちなみに董卓暗殺の首謀者である王允はというと、彼は大権を得た四将軍に反逆者の汚名を着せられ、斬首刑に処せられたのであった。



 こうして長安での騒乱は終わった。

 董卓は死に、呂布は長安を去り、大権は董卓の残党兵たちが継いだ。

 董卓が死んだことで太平の世になるかと思われたが、そう簡単にはいかない。

 各地には天下を手中に収めんとする野心家がまだ大勢いる。

 戦いの世は終わらない。

 そして、長安より遥か東の地で、新たな戦乱が始まろうとしていた。


間章 大権の行方 完

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