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022

 気が付くと、蔓の這う白い天井が見えた。どこか見慣れた景色。横を向くと、不気味な花弁が、大きな口を開けて涎を垂らしている。

 ここが学校の保険室だとわかるのに、そう時間は掛からなかった。

 寝ている間、思索に耽るジェイド先生の夢を見ていたような気もするが、殆ど内容を思い出せない。

「目が覚めたようだな。三日間眠っていた……と言っても実感はないだろうね」

 現実のジェイド先生が、こちらに近寄ってきた。植物は何事も無かったかのように、壁際に戻っていく。

「先生。私は……」

 起き上がろうとするが、体の節々が痛い。表面的な傷の殆どは癒えているようだったが、完治には程遠い。

 ただ、左目が治っている。眼球の再生。本来は、あり得ないこと。姫月は手で左目を覆い、何度も見え方を確かめる。

「ん? ああ、目のことか。私が治した。私の専門は、肉体の再生。戦場で体の一部を失った者に対するケアを目的としている」

 さらりと述べたが、治癒を越えた肉体の生成は禁呪の一つ。合法的に研究をしているというのなら、国から特権を与えられていることになる。

「時間が無いから手短に話す。これから異端審問評議会のメンバーがこちらにやってくる。異端審問を開催するためだ」

「誰の……」

 姫月は、ジェイド先生の手を借り、体を起こす。

「もちろん、君のだよ。姫月=アルテナ」

「……」

 言葉が出なかった。なぜ、自分が異端審問にかけられるのか理解できない。事件は全て解決したはずなのに。

「君には、魔獣召喚ならびにファム=リペリン、タクマ=ソウギの両者に対する殺人容疑がかけられている。特にタクマは炎聖騎士団の団長だ。彼の所属団体が、黙って君を見過ごすことはありえないだろう」

「違います、先生。私じゃありません……」

 順序立てて経緯を説明しようと思ったものの、体験した出来事が洪水のように溢れ出て何から話したものか、見当も付かない。

「わかっているさ。全てはタクマの仕業だろ」

 真実を知っている人が、身近にいたことに安堵する。それと同時になぜ知っているのか、疑念が湧いた。

「そう怪訝な顔をするな。薬を盗まれた時点で、私もタクマを見張っていたのだ。残念ながら証拠を見つけることはできなかったが……おおよそのことは推測できる」

 では、なぜ全生徒を異端審問に掛けようとしたのか。そう聞いてみたかったが、せっかくの味方を疑っても仕方がない。姫月は素直に信じることにした。それに、一番聞きたいことは他にある。

「先生……マリア先生は?」

 あの惨状を知っていても、確認しておきたかった。しかし、ジェイド先生は予想外のことを口にした。

「ああ、彼女なら大丈夫だ。何も心配する必要はない」

「……」

 仮面で表情が窺えないジェイド先生。自分に無用な心配をさせないよう、敢えて嘘を付いているのだろうか。だとしたら、これも無理に追及すべきことではない。姫月はそう判断した。それが当たっていたのか、ジェイド先生は、すかさず話題を戻してきた。

「そんなことより問題は君だ。いくら私が真実を知っていても、証拠がない。異端審問になったら君は不利だ。自分の中で勝算はあるのかね?」

「勝算……ですか」

 そんなことを言われても、何をどうすればいいのか姫月にはさっぱり分からなかった。自分が有罪になる可能性すら実感が湧かない。審議が普通に進めば、自ずと無実が明らかになる。楽観的かもしれないが、むしろ異端審問とはそうあるべきではないか。そう考えた。

 言葉が続かない姫月を見て、ジェイド先生が補足をする。

「……ふむ。一応説明しておくと、今のままでは君は死刑になる。問題なのは、真実ではなく名誉だからだ。円卓十二騎士団の一角を担う騎士団長がテロを行ったとなれば、騎士団の名誉が傷つくだけでなく、国家の威信にかかわる。是が非でも、君に責任を押し付けるはずだ」

「そんな……」

 信じられないことだった。異端審問官を目指す以上、国と聖教会のために命を捨てる覚悟はしていた。しかし、こんなくだらない面目のために、死ぬのは嫌だった。一体、自分の命が何を救うというのか。名誉といえば聞こえはいいが、体裁を取り繕うことで、この国が抱える問題を隠し、先送りにしているだけではないか。思考する中で、先生の考え過ぎという可能性も考慮したが、先生は更に冷たい言葉を口にした。

「事が事だけに、私もおいそれと動くことができない。君に味方をするということは、国に逆らうことを意味するのだから」

「……先生は味方になって下さらない……という意味でしょうか?」

「まさか。私は君の味方だよ。そうだな……それに……協力する理由がある」

「理由……ですか?」

「そうだ。何しろ君は、私が危険な薬を所有していた事実を知っているからね。異端審問でこのことを口にされたら、私も一緒に断頭台行きだ。いや、火あぶりかな」

 冗談ともつかない冗談を言うと、笑ってみせる。

「もちろん、黙っています……」

「それはありがたい。私もその恩に報いたいが……さて、具体的にはどうしたものか」

 自ら負い目を披露した先生に対して、多少の好感を抱いたが、信用云々以前に、先生が力になれそうなこととは思えない。結局は、自分で何とかするしかないのだろうか。

「そうだわ……。先生、あの薬を使って裁判員を全員……」

 姫月の言葉を聞いたジェイド先生が、腹を抱えて爆笑する。

「ははははは! 中々面白い案だ。しかし、あの薬の効果は一時的と言ったろ。効果が切れた時点で、予定外の裁判を行ったことに本人達が気づいてしまう。今回の異端審問は、最高レベルのメンバーが集まっているのだ。彼らに一服盛ったとバレれば、死刑に拷問が追加されるだけだぞ」

 姫月も本気で言ったわけではない。しかし、少々残念だった。

「結局、裁判の中で自らの無実を立証するしかない……ということでしょうか」

「そうなるだろう。ちなみに、君のミスリルデバイスは既に回収されている。一応、証拠申請をしておくが、間違いなく却下されるだろう。無いものと考えたまえ」

 姫月は、デバイスにタクマとの会話を録音していたわけではないので、あっても役には立たなかったが、いよいよ手詰まりという気持ちになった。


 その時、保健室の扉が乱暴に開けられる。

「なんだ! もう目覚めているではないか!」

 二人組の男。腰に剣を下げ、衛士の格好をしている。

「ノックぐらいして欲しいものだな」

「ふん。教師風情が、引っ込んでるんだな!」

 二人の男は、悪びれる様子もなく入ってくると、姫月の目の前に立つ。そして、片方の男が、姫月の長い黒髪を綱でも引くように引っ張った。

「痛!」

 そのまま無理やり立たされる。

「彼女は私の大事な生徒だ。手荒な真似はよしてもらおう」

「うるさいと言っている! そこをど…」

 姫月の髪を掴んでいた衛士が、薬品棚に吹き飛ばされた。ジェイドの手が光っており、魔法の力によるものらしい。棚の結界が修復されていたようで、男は、激突する直前に、見えない壁に阻まれ宙に静止した。電流のような稲光に体を痙攣させており、むしろそちらにぶつかった方が痛いようだった。男は、気を失ってその場に倒れる。

「き、貴様! 逆らうか!」

 もう一人の衛士が、ジェイドに殴り掛かるが、それを難なく避けると、衛士の腰にあった剣を引き抜き、男の首筋にあてる。

「わかっていないのは貴様の方だ。この学院は、聖教会直下の学院。その生徒に狼藉を働くということは、教皇猊下への反逆行為にあたる。うちの学院長が黙っていまい」

 ジェイドは、刃の無い場所を首にめり込ませる。

「お、覚えていろよ……逆らったことを後悔させてやるからな……」

「頭が悪そうだから、もう一度だけ言ってやる。姫月に乱暴を働いたら容赦はしない。返事はどうした?」

「……わ、わかった」

 ジェイドは、よろしい、と述べると剣を衛士に返した。姫月には、先ほどのがハッタリだとわかっていた。何しろ、ジェイド先生の話が本当ならば、姫月を死刑にしようとしているのが他ならぬ、聖教会上層部なのだから。異端審問会は聖教会のメンバーで構成されるのだから、当たり前のことである。しかし、あくまで面子を大事にするのなら、異端審問の神判が下るまでは、丁重に扱え、そういうことだろう。

「そこでのびている男は、こちらで面倒をみよう。幸いここは保健室だからな」

 剣を返された男は、ジェイド先生の言葉に怯みつつ、聞こえなかった振りをしながら、「さっさと付いて来い」と姫月の手を引いた。

 姫月は、ジェイド先生に軽く頭を下げ、保健室を出た。

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