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RTの痛い経験

 敷地のある学校ってよく校舎と校庭やグランドに仕切りや土手を造るよね。園芸部がなくても花壇とか。僕は記念樹もある土手を見学席にいつもラクロス部を見学させてもらってますぅ。


 中間テスト一週間前になるとクラブ活動は休止状態になる。その直前のゴールデンウィーク中に女子ラクロス部は新人戦があるそうだ。


「三浦を基点にしろ」

「無駄に密集しない。空間を活かせ」

 指示するのは楽だよね。お互い動いているんだから、なかなか理想論でゲームを展開できっこないよ。


「ふむ。三浦明子。一年四組。超デカのバストは近隣でもズバ抜けてるし、父親が社長で市会議員ってのはポイントでかいが、身体もデカいしオトコオンナが減点だな。オマケでランクAのダブルマイナス」

 誰だよ、こいつ。

「ああ、気にしないでくれ。単なる美少女愛好家本多庸介様だ」

 目障り耳障りなやつだなぁ。ちょっとだけ見上げて上履きの色と学年バッチで三年生と分かった。

「同じクラスだからっていい気になるなよ」

 三年生の本多は僕に顔を向けないで一方的にしゃべる。

「お前は、杉山姫と話せる身分じゃないんだ。俺の嫁は三浦で妥協してやるがな」

 そうですか。僕は、くっだらないヤツの毒舌を無視していた。

「キャプテン、こっちもそろそろお願いします」

 笹塚め。ざまあみろ。筋トレをしていた男子部員が、いい加減くたびれたのか笹塚を呼んだ。

「チッ」、本多ナゼお前が舌打ちする。

 笹塚が男子部の方に向かうと、練習相手の男子部員も一緒についていく。三浦さんたちは彼等に深々とお辞儀をした。


「あっしたー」

 もちろん、有難う御座いましたの体育会用語。笹塚にお礼なんてしなくていいと思うけど、マナーだからね。

 毒舌本多も僕から遠ざかった。ナニをしたかはわからんけど、正義は勝つのだ。

 笹塚がいなくなったから女子たちは休憩に入った。

 三浦さんがライン際に置いていたペットボトルの飲料をグイグイ飲みながら渡辺さんたちとおしゃべりをして、ゲラゲラ笑っているのはいつもの光景。

「あっれー、笠井じゃない」

 三浦さんは首に巻いたタオルで汗を拭きながら僕に視線を向けてくれた。

「今日はRT行かないのか」

 僕は小さく頭を振った。

「そっか。……ああ丁度いいや。みんなに水配るの手伝ってよ。十二本もあると重いんだ」

 リザーブのいない女子ラクロス部では、体育会定番のマネージャータオルが有り得ない。

 僕は了解の意味で大きく両手で輪を作りながら立ち上がった。

「サンキュウ、あれ渡辺ちゃん、お水は」

「さっき明子が飲んだのが最後」

「げっ。じゃあ部室前に置いたやつだけか」

 三浦さぁ~ん。

「いいよ。部室の中じゃないからね。取ってくるよ」

 三浦さんは大袈裟に両手を合わせて僕にウィンクした。

「メンゴ、笠井。助かるぜ」

 渡辺さんが何か三浦さんに囁いていたけど、僕は気にしないで部室棟に走った。

 部室棟は文字通り運動系の部室のアパート。僕らの高校では正門入って左側に並んでる。部室棟のすぐそばにはプールと自転車置き場があるし、グランドに行く途中だから僕みたいな帰宅部でもほとんどのクラブの部室の場所は知っている。


 だから、僕は正直無警戒。女子ラクロス部の部室前に無造作に放置されていた水が入ったダンボール箱に僕が近づいた途端、


「お前、さっきからこそこそうろついていやがるんだ」

 予測してない状況って、すごくパニくっちゃうね。僕は、自分が二三メートル飛んだのかと錯覚するほどの衝撃を感じた。

 実際は男子部の笹塚が、猛ダッシュして僕の襟首を掴んでいたんだ。


「部外者が、余計なことをするな」

 頼まれたと言い訳しても、確かに部外者と問われると弱い。

「それとも、お前女子の部室の匂いでも嗅ぐつもりだっかのか。こっそり女子の練習観ているネクラ野郎が」

 お前じゃない。言葉でも反撃できたらな。

 不意打ちのダメージもあり、笹塚の威圧感に降伏した僕は部室棟から離れるしかなかった。

「おい、一年坊これ運べ。片手でな」

 誰に力自慢しているのか、笹塚の高飛車な追い打ちが聞こえた。

 カバンを教室に置いたままだったから、教室に戻る。杉山さんのピアノだ……

 僕は、少しでもいい気分で家に帰りたかった。

『杉山睦美様従者の会 拝聴中』

『正当美少女の守護戦士の会 侵入者キル』


 音楽室に繋がっている廊下はファンクラブ(それもタチの悪い武闘派な)が人間バリケードで封鎖。

 杉山さん本人の意志も音楽部の迷惑も考えずに横断幕を張り通行する人間を一々誰何する。何様だよ、こいつら。

「そこの下民、マイナス五秒以内にこの空間から自己排除せよ」

 ならマイナス秒を具体的に体現してよ。

「戦士大川、的確な指摘驚嘆するぞ」

 複数ある武闘派ファンクラブのどちらの会員かは知らないけど、バカ丸出しの下品な笑いが廊下に響く。

 くだらないヤツら。僕は、ファンクラブの面々に背中を向けた。

「なんと一レベルの呪文で退散とは、スの字より弱い変態モンスターを発見したぞ」

「いいや、レベルゼロだな。二度と来るなよ」

 さすがに今日は家に帰ろうとすると、グランドから消えてなくなったと思っていた本多が僕を睨んでいた。すれ違いざま、

「身の程知らずが。いい気味だ」

 気味? あまりの余裕のある態度、上目使いに悪寒が走った。



 そんなはずがない。バグ発生なら、そろそろホストかシステムからメッセージが流れてくるはずだ。

 辺りには金属製品のぶつかる音が微かに反響しているけど、濃すぎる霧で視界が効かない。それに、焦げ臭い? いや、花火の臭いだ。


「痛えな」

 僕は、腕に硬い感触を感じた。霧で断定はできないけど狭い場所に大勢が密集しているらしい。

 そんな訳はないよぉ。

 2 あなたのホーム 、を選んで僕はRTにアクセスした。だけど、

「戦場?」

「お前、関ヶ原選んで今更アホだな」

 関ヶ原? 学校の授業で聞いたり、テレビ漫画のネタの宝庫の関ヶ原?

「バトルモード? マイホーム、リターン。マイホームリターン」

 僕が何回か叫んで(煩いとたくさん野次やガヤが来たよ)、少しだけ霧が薄くなり、僕のホームらしい光景が、そう微かに滲んでいる。

「進め」、号令が聞こえた。困った状況だよ。霧が張っているから、マイホームと関ヶ原が半々。つまり、僕の家が関ヶ原のど真ん中にあって、今まさにセンソウが始まった状態らしい。じゃあこの刺激性の匂いは花火じゃなくて火薬なんだ。

「進め」、どうもこれは、リアルタイム版戦国RPGワールドの関ヶ原シナリオらしい。プレイヤーは一兵卒からゲームスタートして、出世をするんだけど、

「おい、お前早く進めよ、ガキ」

「新参は先輩の盾キャラだろ。行けよ」

 我先に同時アクセス者が敵に突っ込もうとしない。


(キラーリスク作動中? だって僕十六歳だよ!)

 昔々のアクションゲームなら、コントローラー握りしめて単騎特攻が基本。こまめにセーブすればゲームオーバーでもやり直せば傷は最小限だもの。だけど、キラーリスクが設定されていると、死亡やロストをしたらマイホームの半分(しかもなにが残るか選べない)のアイテムしか残らないんだ。


 有り得ない。

 2 マイホーム が混線してシナリオの末端フィールドに僕がいることも、年齢を無視してキラーリスクが有効なのも。

「いい気味って、まさか?」

 RTはお店ごとのカードもあるけど、リアルな感覚とデータを守るために認識証は一人一枚。だから、ハッキングやスキャニング防止で防磁ケースに包まれている。だけど、逆の考えをすれば、サイバーテロリストには侵入や改悪は入門書みたいなもの。


 あの三年生、本多庸介が? 断定はできないけど、僕のデーターは改悪されてしまった。

「お前、いい加減進めよ」

 リアルタッチの感覚と思っていた。だけど、これは『アタック』の客が僕を盾代わりにしようとしていた腹いせだった。命令されても動かない僕に痺れを切らしたこの男は、自室を飛び出して僕の脚を蹴っ飛ばしていた。でもどうして僕が同じ末端フィールドのアクセス者か分かるかな。

 もう、この店も嫌だ。


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