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RTペットとか、オヤジさんとか

 そんな今の僕には随分嫌味な店名。

『アタック』。昨日まで通っていた店は、ほとぼりが冷めるまで行けないから、この『アタック』でしばらくはプレイすることになりそう。だけど正直、この店は気乗りしないんだよ。


「三段切りは基本だよな。石川の奴、たった八十人で息切れしたってさ」

「恥ずかしいねぇ。デスカウンター回すためなら、授業もサボって体力蓄えなきゃ」

「ま、蘭丸倒してノブナガの姫は軽く三人は俺のハーレム要員だぜ」

「今時ノブナガ姫でもないっしょ。町娘で、上玉がいるでぇ」


 RTは、触れる感覚ならば本物同然に感じられてユーザーに伝わるのがウリだ。だけど、どうしてもゲームだから、商売だから、より刺激性の強いイベントを開催しなければならないし、


「俺はノブナガ、一昨日また殺ったぜぃ」

「うっせーよ。俺はエクスカリバー五本目だよ。ざまあみろ」

 ハカセが言う改造なのか、システムのバグなのか、ありえない会話が耳障り。

 名は体を現すって本当だね。

 RTの利用感は、ちょうど世界地図や地球儀が説明しやすいかな。

 先ず大きくアジアとかアメリカとかの大陸が、RPG系・近代戦系・リアルタイム進行系などの、『ワールド』。


 大陸の国別がシナリオ別、RPGだとダンジョンやフィールド型、各地方の伝説などが『ステージ』。

 地方市町村が、ダンジョンでも固定型やランダムダンジョンなどの違いが『マップ』もちろんマップは大中小と区分されている。


 これに、年齢制限やどんなRT参加をしたいかの選択肢が『モード』。十二歳以下だと、ドラゴンは大きい牛くらいのサイズまでだけど、プレイヤーを大怪我はさせない、代わりに獲得アイテムは正に子供向け。音がなる剣とか死なないアヒルの従者とか。


 とは言ってもR指定、年齢制限以外はワールドは自由に行き来できるし、モードも自分が好きなように混ぜ合わせるのが普通だ。長期短期のイベントもあるし、RPGでドラゴンを倒して戦利品を売って、このRT世界(システム)のお金で、別モードを主にしている誰かにプレゼントしたりね。楽しみ方豊富なんだけど、略奪モード、相手のアイテムや称号呪文を奪うやつがいる。略奪系だ。


 この『アタック』は、略奪系のモード選択プレイヤーの巣なんだ。

 実は以前にこの店で会員証を造っていた。だけど、略奪は嫌だから出入りしなくなっていたんだ。理論上は、プレイヤーは日本中均等のワールドに分配されるんだけど、中継サーバーもプログラム的に楽だから、近場のプレイヤーとの接触はどうしても多い。


 正直、ハイ、僕は負けてばかりですから。

 こればかりはどこの店も変わらない認証とシステムの確認を済ますと、僕は自分のホームに飛んだ。僕なりのRTの軌跡かな? 


 僕専用のマイホームには初期設定のままの家財道具があり、本棚に納められているアルバムにはこれまで参加したイベントが記載されていて、ゲットしたアイテムも並べられている。もちろんハカセのおかげでコンプしたアイテムや開いたモードの扉もあるんだ。


(どの時代に行こうかな)

 RPGワールドでモンスターを倒すのも悪くない。ダイヤモンドプレイヤーに昇格しているから、ヒロインありで、エルフとかの種族に髪型や身長もカスタムできる。

 できる。

 でも僕は、RTのシートに沈んでいても自分のホームから一歩も動いていなかった。

(三浦さん、笹塚のこと、どう思っているのかな……杉山さんは今日はどんな想いであんな綺麗な曲を演奏するのかな…)



「一年四組、所属クラブなしの笠井洸次君」

 今度は百五十キロのストレートパンチ。

 三十分でRTのアクセスを終了した僕は『アタック』からでた瞬間、背後から不意打ちを受けた。


「川田先生」

 僕や三浦さん杉山さんの担任、川田綾子先生が両手をくびれた腰に当てた姿勢で立っていた。

「笠井君、このお店でなにをしていたの」

 川田先生御年二十五歳は、眼鏡属性で、肌も白いし、僕よりも身長が高いのに何故か前屈みで質問をするズルい人だ。先生の肌には勝てないけどいつも真っ白なブラウスの第一ボタンは外しているから、いい匂いがする。


 最大の難点は左手薬指のシルバーのリングかな? でも、ファンクラブの数は杉山さんといい勝負らしい。なんでも卒業生で解散してないクラブがあるんだってさ。凄いね。って、僕はその川田先生の射程距離内にいる。


「笠井君、つまりそう言うことね」

 先生は、僕とRT店の看板を交互に見つめていた。

 ああ、僕はこれから職員会議にかけられて、休学退学処分にされて、高校中退ではロクな仕事もなくて引き籠もりに転落して、ニート人生を送ってしまって、いつかお父さんやお母さん、美香をこの手で……


「笠井君、RTのアルバイトは、接客以外はスキル期待出来ないわよ」

 スキルですか? 聞きなれてますがこの状況では意外なお言葉です、先生。って僕はいいシナリオで転落人生を描いていたけど、RTのプレイは無視するの?


「先生勉強以外するな、なんて言いません」

 実際川田先生は多少変わった教え方をするんだ。

 まず、五十分の内正規の授業は四十分から四十五分。

 残りは、

 親が無職になった時、どうやって乗り切るか、

 いきなり自分が無職になったら、どうするか、その場合どの位のお金があれば当座を凌げるのか、

 異性にムラムラしたて我慢できなかったら、どんな責任や代償が発生するか……

 その他、日常サバイバル術を伝授してくれるし、生徒たちに意見を戦わせるケースもある。でも基本は社会で生き残るにはスキルが大切だと力説するね。

「アルバイト選択はお小遣いを増やすだけじゃなくて、今後のスキルアップも考えなさい」

 そうして何故かググっと僕に近づく。あのぉ、その胸元の角度はハンソクだよぉ。

「センセイRT詳しいンですね」

「生徒がどんな娯楽をしているかは、お子様を預かる教師としては当然のリサーチです」

 と力説してから川田先生は悪戯っぽく照れ笑い、ちょこっとだけ舌を出したよ。ズルい、可愛い。


「たまに、たまぁにですけど、子猫ちゃんを撫でたりする時があります。どんな時間でも可愛い子猫と触れられるのは仮家住まいだと魅力なんですよっ。さて笠井君面接の時はちゃんとネクタイを結びなさい」

 先生は慣れた手つきで僕のネクタイを一旦外して、あっという間に結び直してくれた。

「これでよし。でも採用されたらちゃんとRTのお仕事頑張れ!」

 振り向きざまに僕にバイバイしながら川田先生は行ってしまった。いいの、これで?

 僕はダブルの意味で、これからどうしようか立ち続けていたんだ。



 困ったことも起きるけど、ハカセの杜は僕には素敵な遊び場だ。今でも。

 隠れん坊したり、ハカセに悪戯して怒られたりした。金野君は違う高校に進学してから遊ばなくなったし、トートは転校した。


 今、正体不明のハカセに嫌がらせや悪戯目的でなく出入りするのは、多分僕だけだ、(美香も? なのかな)

 なにかすることが無くなってしまった時、ほとんどはこの杜に居るのかもね。

「ハカセ」

 また居ない。僕は杜の中を見回した。ハカセの住居スペースだろう超年季の入ったプレハブに張り紙があった。

『カサイホーチキ

 二丁目のオヤジに、いつもの機械を五六個届けて、お返しの荷物を受け取ってくれるかの?

 バイト代はオヤジが払うぞい』

「またぁ……」

 ハカセは、こんな風に雑用をしょっちゅう押し付ける。嫌々なフリをしているけど、これが僕のRTの大事な資金源。お父さんは普通のサラリーマンだから、僕も気ままにRTに出入りするお小遣いなんて貰っていないからね。

 ハカセのお手製竈のそばにいつもの機械は並べてあった。昔のスピーカーみたいな形をしているけど、これ動くのかな。僕は、ダンボールの下敷きになっているリアカーを引っ張りだして機械を載せた。手馴れたものだよね。

「今日は六個。確かに」

 オヤジって人もよく判らないな。年齢は四十代。体格は格闘家みたいにガッシリしているけど、どうもスクラップ鉄とかの仲買人じゃないみたいだし、たいていラフな格好しているから、偉い人なのかも不明。

「あの人は、お出かけですか」

 オヤジさんと会う場所は決まっていないけど、ほとんど杜からリアカー曳いた自転車で十五分圏内。距離や楽過ぎるお手伝い内容から、どうしてもハカセがオヤジさんに会いたくないから僕に頼んでいるみたいだね。


「また張り紙だけですよ」

 オヤジさんは特に落胆したようには受け取れないけど、

「是非、今度は御本人もいらしてくださいと伝えて欲しい」

「僕の財源がなくなっちゃいますよぅ」

「それは否定できないな。酒席でも構わないんだが……さて、こっちの機械はかなり精密機器だから、スピードは控えてくれ」


 リアカーに家庭用洗濯機と同じ位のダンボール箱をオヤジさんは積み替えた。大きさの割に全然重量はなさそうだ。自転車に股がった僕にオヤジさんは茶封筒を渡し、

「降ろす時も細心の注意をお願いする。お許しがあれば同行したい位なんだ」

 随分昔、ハカセとオヤジさんの関係を聞いてみたことがあったけど、珍しくハカセに怒鳴れたんだ。悪ガキ時代に怒られた時も、お互いにギャグだよって済ませられる余地があったけど、ハカセを初めて怖いと感じたのが、あの夕方。トートが杜に行かなくなったのも、ハカセに激昂された事件以来だな。日常ではおふざけしあっている僕たちは、実際は奇妙なバランスと立ち位置にいるんだね。


 だから僕はオヤジさんに黙って頭を下げるとペダルを踏み出した。

 ああっ軽っ。



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