三浦さんと迷子とフィストフォン(フィスホ)
明日からゴールデンウィーク。
でも、僕はクラブに所属していないしアルバイトもしていない。まぁ、どっちにしてもお母さんに休みの間は家の大掃除を言いつけられているから関係ないけどね。
テレビでは、なんとかってアイドルのコンサートが、不正に海賊放送されたと騒いでいる。先日の牛小屋と言い、RTとかの不正アクセスじゃなければいいんだけどね。RTマニアの肩身が狭くなるし、規制が入るのはイヤだもんね。
そして川田先生は相変わらずだね。
「この前、体育館のパイプ椅子を片付けましたけど、あれを労働と考えれば時給七百円。もし、貴方たちが一時の誘惑に負けてしまうと、これだけにお金が必要です。つまり、パイプ椅子を何時間片付けなくてはいかないか解りますか」
川田先生がお話する連休中の注意事項は、校長とかがお説教する、高校生らしい節度ある行動をしろ、とかのお題目より効果的だと思う。生々しくて、抵抗ある人もいるけどね。
「高校中退者の平均収入の差異と合わせると、こんなにもリスキーです。先生は皆さんが、辛い想いではなくスキルを上げられる連休にして欲しいと思います。これを忘れないで楽しんでいらっしゃい」
慣れているけど、ちょっと苦笑い。すると三浦さんが飛び跳ねるように立ち上がった。
「綾子ちゃん、ラクロス部は県大会目指してまぁす。オンナノコはいつでもギラギラだぜ」
「三浦さん、いきなり綾子ちゃんがありますか」
「だって綾子ちゃんだもーん。旦那様によろしくゥ。渡辺ちゃん、行くぜグランドに」
「先生、またね。さようなら」
カバンも置いて走ってしまう三浦さん。渡辺さんが、いつもカバンを二個持って追いかける羽目になるんだ。渡辺さんはツインテールを揺らして駆けて行く。
「いっけないサイン帳」
「サイン帳がサイン帳忘れんな」
すぐUターン。渡辺さんは、あだ名になるくらい常時サイン帳を携帯しているサインマニア。お寺とかでもらえる(らしい)朱印帳と併せると、何十冊も持っているらしいけど、ナゼか僕のサインも数に入っている。高校入学で最初に話した男子だからなんだってさ。
渡辺さんの慌てぶりに川田先生はクスッと笑ってから、「杉山さんも発表会間近ですね」
「はい先生。音楽部もラクロス部に負けませんから。精一杯頑張ります」
さて、僕は……
RTレンタルルーム『アタック』。僕はデーターの復旧を確認しに、またこの店にいた。実は昨日のハカセのメモにはもう少し続きがあって、データーの収納とズレの確認をして欲しいと書いてあった。
家庭用機器のRPGなんかでも定番だけど、ゲームのアイテムって持ち数とか現実にはありえないよね。刀二百五十五本所持とか薬瓶も鎧一式も持ち出しは六個までとかさ。
でも、せっかくゲットしたアイテムだから、無闇に他人に奪われるのは、僕は好きじゃないし、奪りたくないよ。
「あ。やっぱズラズラかぁ」
アイテム。刀なら、刀のアイコンをタップすると列記されるのが正常な状態だけど、システムを仲介しない違法なアイテム移動、その実存在フラグの隠蔽で奪われるケースが多いんだ。ハカセは、アイテムの存在フラグは直せたけど、位置情報はノー・タッチだったらしい。
通常のRTではありえない、アイテムの大陳列市開催中。僕は、半分くらいのアイテムを棚や倉庫に戻せた。面倒だけど、データが直っているから苦にならない。
「お帰り、お兄」
『アタック』から帰ると、玄関先に美香が立っていた。
「おかえり」
天晴姫様印ジュースの持ち出しの件は礼を言うべきなのか、苦情にすべきなのかなぁ。
「お兄、プリン」
また美香は突然おかしなことを言うなぁ。
「さっきまで、お義姉さんがいたの」、って誰?
「ブチのにゃんこ」、あのね。
「お義姉さんが……」
「美香、断じて違うぞ」
「にゃんこが、美香のプリンを食べちゃったの。ミルクは飲まないのに、贅沢ね」
「小さい動物に優しいのはいいことだよ。美香は偉いね」
「美香の分のプリンがないの」
なるほど玄関の、美香の足元に使用済みらしい小皿が放置してある。
「買って。美香にプリン」
「……お兄は、これからお家のお掃除しなきゃいけないの」
「にゃんこはプリン食べたわ」
一分後、僕は自転車のペダルを目一杯漕いでいた。
プリン三連パックで百円。それだけで外出はもったいないから、僕は菓子類と牛乳を手に下げていた。
「ああ、泣かないでよ」
自転車が二メートル飛び上がったかも。
前方に、ラケット片手にユニフォーム姿の三浦さんが居た。一人、いや笹塚も一緒だ。
「三浦、どうするよ」
三浦さんとゴミじゃなくて笹塚の側には、五歳位の男の子が、大泣きをしている。あれは迷子だな。
「ねぇ、お母さん大丈夫だから泣かないで」
三浦さんは、学校やグランドでのパワフルな立ち居振る舞いとは真逆に、泣きじゃくる子供の前で、唯オロオロしていた。
子供にあの慌てぶりは三浦さん、結婚しているお姉さんがいるって聞いたことだあるけど、小さい兄弟親戚いないんだね。
「ママー、どこー」
五歳前後の迷子って難しいんだよ。もっと小さければ、泣き声が聞こえる距離以上には滅多に離れないし、大きくなれば自分でなんとかできる子もいるし、名前とか住所も覚えているし。
「ええっと、お名前は」
三浦さんに名前を尋ねられた子供は、余計泣き叫んで聞き取れない。
「きゅんちゃん」って言ったかな?
「サーチ、迷子情報。きゅん。予備候補、きょう」
フィストホン。
ポケベルとかPHS、携帯、スマホと進化したした携帯は、現在はフィスホと呼ばれている。フィストフォン。文字通り掌の中に収まり、片手で操作可能なほど同化しているからなんだ。大昔の人が、僕たちがフィスホを操作している姿を見たら、よほど緊張して掌で文字書きまくっていると勘違いするだろうね。
マイスキンに同色加工すれば、ちょっと掌が膨らんだようにしか思えない代物なんだ。
【お客様の 検索地区で “きょう”に該当する児童へのメッセージが 一件 あります】
迷子のママの公算大。僕は、三浦さんや笹塚に見つからないように気をつけながら伝言者とのアクセスを試みる。
「三浦、三人で交番に行こうぜ。このままじゃ、どーにもならんぞ」
「笹塚先輩、でもすごく泣きじゃくっています。このままお巡りさんに預けるの可哀想」
「ミィーティングで皆を待たしているんだが、仕方ないな」
「ほら、お姉さんが抱っこしてあげるから」
ああ、幼児! 三浦さんの胸に顔を埋めるなぁ。
「俺だけでも交番に届けるわ。三浦は、とりあえずそこにいてくれ」
旨い具合に笹塚が退場。しかも、
「恭司ちゃん」
入れ替わりママの登場。やはり正義は勝つのだな。
「あの、家の恭司に似た子が……」
迷子のママらしき女性が、補助シート装備の自転車で登場した。
「大丈夫。あちらのお嬢さんが、面倒みてあげてますよ」
約十メートル先で、胸埋めた子供に泣かれて困り果てている三浦さんを僕は指さした。
「恭司、きょうちゃん」
恭司と呼ばれた子供は、まるでロケットのスィッチが押されたみたいに、泣きっ面でママに突進。親子ご対面の一幕。
「恭司、もぉ一人でどこまで来てたの。ママ心配したのよ」
子供は、あれだけ声を張り上げてもまだ寂しさや怖さを我慢していたのか、爆発したように抱き上げたママにしがみついて泣いていた。
「お嬢さん有難うね。近くの遊び場ばかり探していたら、商店街まで歩けたなんて思わなくて」
「や。その、私は……きゅんちゃんよかったね。ママみつかって」
「のね、きゅんじゃんくて、きょうなの」
最初から、きょうじと言え。このボウズ。
僕は、改めてペダルを漕ごうとした。
「笠井、君」
三浦さん。僕ラクロス部じゃなくてよかったよ。三浦さんは光速並に僕の背後に回っていた。
「助かったよ。笠井君だろ。迷子のママ探してくれたの」
「や……まぁね」
み、三浦さんが接近しすぎているよぉ。
「どーやって調べたの、知り合い?」
「フィスホで、この地区の児童メッセージ検索して、その中から、きゅん、じゃなくて“きょう”か“けい”の名前に該当する掲示に絞って、それから泣き声を……
「ともかく助かったよ。あのままじゃあ日が暮れちゃうとこだった」
「それはないんじゃない。でも、あのママさんが児童メッセージ登録してくれていて僕も助かったよ」
三浦さん、涙目じゃない?
「私、どうしたらいいか分からなくて」
「でも、泣かないでと抱きしめてあげるのも大切だよ。僕は(ナマイキな)妹いるから、ちょっとはわかるんだ」
「うん、そうだね。でも、フィスホってそんな使い方あるんだね」
ただの携帯の新型とは違うって。三浦さん、道具はもっと使いこなそうね。
「まあ、いざとなったらお父さんの選挙カーで連呼して探せばいいか」
「イヤイヤイヤ、ダメだって」
「そっかダメか。選挙対策と一石二鳥だと思ったんだけどな」
普段の三浦さんに戻ったかな。
「じゃあさ、本当はお礼とかしたいんだけど、ブロック大会のミィーティングで皆を待たしているから、また日を改めてお礼するよ」
「そっか。頑張ってね」
「うん、交番に行った笹塚先輩も探さないとね、ありがとう笠井君」
それは要らないな。笹塚そのまま行方不明にならんかね。
僕たちは、こうして商店街の真ん中で別れた。三浦さん、試合頑張ってね。きっと勝てるよ。
僕は、届く訳もないエールを三浦さんに送りながらペダルを漕いだ。
あ。笠井君って、君をつけて呼んでくれたよぉ。ヤったね。




