佐和山のお姫様
この後、銃声を聞きつけた佐和山の兵隊も来て、僕たちは大人数になった。そして、正門を閉じていたお城に入った。
佐和山ってお城のことだったんだね。
「姫」、「巴様」
何人かの足軽が、巴さんを見つけて丁寧に挨拶をした。
「あ、あむちゃん」
大手門の内側で待たされている僕たちに、白湯が運ばれて来た。巴さんに茶碗を差し出した女の子は顔見知りらしい。
「巴様、日参ご苦労さまです」
あむちゃん(本名とは思えないけど)は美脚の持ち主? 袴を履いていないから膝小僧が見えている。
「あむちゃん、これ。雉子。食べて」
巴さんは、表向きはお父さんの付き添いだから余計な動揺を生じさせないために、鉄砲を撃った理由を雉子撃ちにした。だから犬を撃った後で雉子も狙ったんだ。
「いつもお気遣い有難う御座います」
「おあむ、如何した」
おあむが本当の名前だった娘のお父さんらしいね。
「いつもの。どうぞ皆で」
「これはこれは」
「佐和山を守ってくれるお礼だよ。時局で今はあまり出歩けないから、食べるしか楽しみがないからね」
「なんの、この山田去暦、治部様天下で働けるがなによりの幸い。もしもの時は城と枕を並べて討ち死にします」
「まぁ、無駄に気負わないで。臨月のご婦人にも宜しくね」
お姫様も他所の家臣のご機嫌伺いとかするんだ。案外大変だね。
「こちらに」
やっと別の侍女が、僕たちを案内する。天守閣とか登れないんだぁ。そして、僕はちょっとイレギュラーな感じ。まぁ、女の子の集団に縛られた男が独りだから仕方ないね。
本丸とか天守閣ではないけど、すごく広い広間に繋がっている庭先? みたいな場所に僕らは案内された。
「まぁまぁ、巴様、またそんな武者の姿で」
うんうん。これがお姫様だね。色鮮やかな多色染の着物を重ねている。袴もしていないお姫様がお付の人と一緒に(こちらは年齢層高いけどね)現れた。
「しのぶちゃん、どーせ私、成り上がりで、ひ・め・になったばかりですから」
巴さん、だんだんキャラ崩れているよ。
「あら、昔ながらのおしゃべりでいいの。私もそっちのがラク」
ツイン姫様たちは笑った。しかし、
「家のお父さんが、先に来てますが、これを見てよ」
薄葉さんが懐から紙切れと、竹の管を差し出して、しのぶと呼ばれた方の侍女に渡す。本当お姫様って面倒だね。
「これは全く正反対の内容ですね」
二つの文書に目を通した佐和山の姫も顔を曇らせたように見えた。
「この異形の、青年。笠井洸次殿の献策の御蔭です」
あれ、紅餅さんの手柄って言わないんだ。
「なるほど、この人を連れてきた理由もわかります」
「しかし姫、一度信用させて、治部様や姫に害をなす算段では」
佐和山の侍女は慎重だ。
「お退りなさい。私は、巴さんの見立てと、この青年を信じます」
「しかし」
「このお方、逃げたり凶行に及ぶ気なら、とっくに仕上げています。鰯丸、縄目はもっとしっかり結びなさい」
佐和山の姫からは一番遠い位置で僕の縄の端っこを握っていた鰯丸は、裏返った声で返事をした、「はぁひぃ?」
セーブオフして微妙に縄の座標がズレて結果緩んでしまったらしい。でもハカセ、バグだよね、これ。
「では、いい加減縄を解いてあげなさい」
「なんか結構いい反応するから、つい面白くて」
えっ。遊ばれていたの僕? でもまぁ、ちょっといい雰囲気じゃないか。
「その身成からは官位などはないようだけど、なんとお呼びしてよいのかしら」
「鼻の下伸ばし小僧」、さりげなく鰯丸がイヤミ。多分僕しか聞こえていないから無視。
「笠井君だって。しのぶちゃん」
「……なら私も、しのぶちゃんでいいですよ」
ナニコレ、十六歳にハーレムモード発生? 引き続きアクセスしてヨカッタ~。
鰯丸と佐和山の侍女の大半は微妙な引き笑いだけど、和やかな雰囲気になっている。そんな時、遠くから太鼓の音がした。
「申し上げます」
太鼓の音から二三分、老女が頭を低くしたまま接近。しのぶちゃんの手前に土下座の姿勢で、
「刑部少輔御息女、竹様のお成りですが如何なさいましょうか」
しのぶちゃんは、老女に微笑んだ。
「あら、偉丈夫な殿方にお嫁入りした割にお転婆が治らない姫のことかしら」
「なんとおっしゃいます」
「随分お上手に真田の化身の術を会得したのね。竹様」
「流石、お解りになりましたか」
老女は頭を上げたけど、やっぱり老女。と思っていたら、袖口で顔をごしごしと擦りだした。
あ、年上の綺麗なお姉さんにチェンジ。
「あっれ~。竹ちゃんの変装だったのかぁ」
巴さん。まぁ、なかなかここまでは考えないよね。
「きな臭い世情ですから、良人と上田に帰ります。変装は用心のためね。佐和山、垂井と寄るつもりだったけど、もう一人のお転婆さんのおかげで手間が省けました」
巴さんは、ちょっとバツが悪そう。
「どうせ、私姫なり立てですから」
「そんなこと言わないの。この動乱を生き残るために。ううん。乱後も三人力を合わせましょう」
三人のお姫様(独り既婚者)は、強くうなずいた。
「それにしても、変わった趣味ねぇ。乱後に、貴女方を何て呼んでいるのかしら」
竹姫さんは上機嫌で退散してしまった。地雷設置? いやその、場の空気がヘンなんですけど。
「そんなに僕変わっていますか」
余計なこと言わなきゃよかった。
「竹姫さんって、奥さんで……」
泥沼だな。僕としては珍しく音声指示抜きにセーブオフした。
「なんか城にいたのは分かったが……ノブナガモードかえ」
「多分ね。ねぇハカセ。竹姫って誰?」
「知らん」
「ぎょうぶのお姫様とか言ってた」
「ああ、賢婦人の竹林院かえ。なら知っとるぞ。大谷吉継の娘で、真田信繁の奥さんになるんじゃ。それで、のぅ」
「有難う。リアクセス」
「話聞かんか、洸次」
「真田信繁さんって確か強いんですよね」
アクション系戦国ゲームで、サナダってキャラいたよなぁ。
「? そうだけど。笠井君、会ったことあるの」
関ヶ原モードまだプレイしていないから熟知はしていないけど、人気キャラだとは知っているんだ。
「本人にはありませんけど、名前は轟いていますよ」
「失礼します」
また、誰かの仮装変装じゃないよね。
「刑部様、因幡守様、御立です」
「そっか。しのぶちゃん。お父さんが帰るから私も帰るね。……書面は」
「約束はできないけど、やれるだけのことはする」
ええっと、関ヶ原シナリオだから、多分ハイライトシーンの一つなんだろうね。僕はできればもっと近くに座って見学していたかったけど、リアルモードで、僕はさっきまで不審者だったからこんな距離だ。なにかポイントを貯めたら、関係が変わるのかな。最初から好感度高目とか。
「それで、このお方はどうします。父の説得のために佐和山の石牢にいれて置こうかな」
「ダダダ、ダ、ダメっ。持ち帰ります」
これも好感度高目。いいねぇ。
だけど石牢は勘弁だな。まぁ、ハカセが遊ばなければ単なるイベントだけどさ。
「じゃあ帰るよ。多分またすぐ来るから」
「はいはい。たまには御輿でいらしてもいいのいよ」
「それも無理だね」
しのぶちゃんは、濡れ縁に座ったまま見送った。お姫様って、やっぱ不便なんだ。
僕らは佐和山城の大手門を出た。
遠方には、刑部と因幡守と呼ばれた人の列が、もう随分小さい。
そう言えば巴さんってどこのお姫様なんだろう。垂井とか言ってたな。
「あのさ、巴……」
僕が巴さんの名前を尋ねようとした瞬間、また世界が色彩を失って今度は黒く染まる。
「ハカセ」
あたりはスッカリ暗くなっていた。遠くで烏とかが鳴いている。
「ハカセってば」、お手製テーブルにメモが残されていた。
『何度こちらから呼んでもログオフせんから、寝る。多分バッテリー切れで切断するから、ブラックアウトするぞい。道具は、足元の箱に入れといておくれ。それから……』
「そんなに夢中でアクセスしてたかなぁ」
道具と火の始末をしてから帰宅た僕は、お客さん用の姫様印ジュースを無断で持ち出したことと帰宅が遅すぎたことで、お母さんに大目玉を喰らった。
『おやむ物語』より。




