プロローグ
それは、突如として訪れた。
何の前触れもなく、一人の男が街中で火達磨になるという不可解な事件が発生した。
その場に可燃物はなく、周囲にいた者たちも口を揃えて「突然、燃えた」と証言した。
一方、事件を知った者たちは同じように口を揃えて「そんなわけがあるか」と否定した。
しかし、男は喫煙者というわけでもなければ、その日は雨だったという。
そう、燃えるはずなどなかったのだ。
だが、それ以上に不可解なことが起こった。
火達磨と化した男は、なんと『無傷』だったのである。
人々は口々に言った。
「マジックだ」「CGか何かだ」と。
しかし、その後、判明する。
あの炎は、男の感情の昂りによって突如『発現』した彼自身の能力だったということに。
世界は驚愕した。
だが、その頃には既に同様の『症状』が世界各国へと広まり始めていた。
その勢いは留まることを知らず、いつしか異能を持つ人間が存在すること自体が、至極当然とされる世の中へと変わっていった。
そして、その力が突如として発現することから、人々は彼らをこう呼ぶようになった。
『発現者』
しかし、その存在が当たり前になったからといって、彼らが世界に受け入れられた訳ではなかった。
当時、発現者の中に自らの能力を操れる者は一人としていなかった。
それに加え、絶望や興奮といった感情の昂りが引き金となることから、世界は彼らを『病人』と認識した。そして、発現した能力すらも『病気』として扱った。
それが後に、想像を絶する悲劇を生むとも知らずに——。
時は流れ、発現者たちは遂に自らの力を操る術を得た。
世界各地で発現者によるテロが相次ぎ、そのあまりの頻度に政府の対応は追いつかず、やがて治安維持の役目すら果たせなくなった。
世界は絶望に包まれ、一般人たちは夜も眠れぬ日々を送った。
事態を重く見た政府は苦肉の策に出ざるを得なかった。
一般人を護るため、彼らのみが立ち入りを許される都市。『中央都市』を建設したのだ。
それだけではない。
一般人と発現者を見分けるため、中央都市へ立ち入る者にはMCの埋め込みが義務づけられた。
MCは特殊な検知装置と連動しており、埋め込まれた者が発現者となれば、即座に警報が鳴る仕組みになっていた。
こうして、『完全監視社会』が誕生した。
当然、これを良しとしない発現者たちが、黙って耐えるはずもなかった。
彼らは各地でテロ行為を繰り返し、中央都市の外は荒廃の一途を辿った。
ゴーストタウンと化した区域は数知れず、彼らが残した爪痕はまるで災害が過ぎ去った後のように凄惨だった。
ゆえに、人々は異能を用いてテロや犯罪に及ぶ者達をこう呼んだ。
『異能犯』
それでも、異能犯による被害が比較的少なく、未だ一般人が暮らしている区域も存在した。
そうした区域は『X区』と呼ばれた。
対して、元はX区でありながら、異能犯によってゴーストタウンと化した区域は『Y区』と呼ばれていた。
もはや、中央都市の外から一般人が安全に暮らせる区域が消え失せるのも時間の問題──そう思われていた。
救世主は遅れてやってくる。
『三賢者』と呼ばれる者達の登場により、世界に一筋の光が差し込んだ。
一人は医術で。
一人は腕力で。
一人は権力で。
崩壊へと傾く世界に楔を打ち込んだ。
三賢者の登場を境に、世界はようやく再生へと向かい始めた。
各地で復興活動が進み、ゴーストタウンと化した区域も次第に縮小していった。
だが、それも長くは続かなかった。
『三賢者』の一柱、『医術』の賢者が突如として姿を消したのだ。
その失踪を境に、辛うじて保たれていた均衡は徐々に崩れ、犯罪件数も徐々に増加していった。
人々は嘆いた。
「賢者様は何処へ!」「なぜ我々を見捨てたのだ!」と。
そんな他責に満ちた人々に愛想を尽かし、次いで『腕力』の賢者も表舞台から姿を消した。
今や残るは、『権力』の賢者ただ一人。
しかし、たった一人で世界の荒廃を食い止められるはずもなく、その勢いは更に加速していった。
では、世界はこのまま破滅への道を辿るしかないのか。
突如として消息を絶った『医術』と『腕力』の賢者は、本当に世界を見捨ててしまったのか。
結局、悪こそが強く、正義などただの綺麗事に他ならないのか。
馬鹿言っちゃいけない。
人の正義を舐めちゃいけない。
これより始まるのは醜くも抗い続ける正義を、ありのままに記した物語。
藻掻き苦しみ、それでも尚、己の望む結果を掴もうとした者達の物語である。




