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Epilogue 『名もなき歌』
――歌は終わった。
けれど風は、まだ森を渡っている。
石は崩れ。
鐘は錆び。
白い花だけが、季節を忘れた。
霧を縫う細い小径
ひとりの旅人が立ち止まる
古い井戸は空を映し
揺れる水面へ葉が落ちた
誰かがいる気がして
振り返る
けれど白い靄だけが
静かに流れていた
「……あの。」
かすかな声がした。
旅人は歩みを止める。
白い花を束ねる女がいた
名も知らぬ庭の片隅で
濡れた外套を肩へ掛け
小さく微笑んでいた
「あなたも、
花を手向けに来たのですか。」
旅人は頷く。
女は少し困ったように笑う。
「おかしいですね。」
「この場所を、
私は昔から知っている気がするんです。」
「でも、
どうしてなのか思い出せない。」
風が吹く。
百合が揺れる。
遠くで鳥が羽ばたく。
旅人は胸元から
古びた鉄の鍵を取り出した。
女はそれを見つめ、
ほんの少しだけ目を伏せる。
指先が触れそうになって、
そっと離れた。
「綺麗な鍵ですね。」
それだけ言って、
また花を束ね始めた。
旅人は振り返らず森を後にした。
霧の向こうで、
小さな歌声が聞こえた気がした。
その旋律を、
どこで聞いたのか。
思い出せないまま。
遠い鐘が、
一度だけ鳴った。
歌は、誰かの記憶より長く生きる。
だから人は、
忘れるためではなく、
思い出すために歌うのだ。




