海 VS アリア
サハルト王国の港。
見送りには、ドガ皇太子とシヴァ王子、そして筋骨隆々の兵士たちがズラリと並んでいた。
「ディーン! 友よ! これからも末長く仲良くやろうな! な!? 俺たちは親友だろ!?」
「そ、そうだぞ! 俺たちの友情は永遠だ! 絶対に攻めてきたりしないでくれよな!」
ドガとシヴァは、ディーンの手を両側からガシッと握りしめ、必死の形相で「友好」を訴えていた。
彼らの視線の先には、悠々とタラップを登るアリア(歩く戦略兵器)の背中がある。
彼女を敵に回せば国が消える。その恐怖が、サハルト王族を「超・友好的」にさせていた。
「あ、ああ……わかった。わかったから、離してくれ。暑い……」
ディーンは引きつった笑顔で二人を引き剥がし、逃げるように船に乗り込んだ。
***
帰りの船内。
アリアは、出港前からすでに戦闘態勢に入っていた。
サハルトのダンジョンで手に入れた古代魔術書。そこに記されていた『完全平衡感覚維持』の魔法を、自身にかけていたのだ。
「……ふふっ。これで勝てる……」
しかし、出港して30分後。
最上級スイートルームのトイレから、聞き覚えのある声が響いた。
「うぅ……古代魔法でも……ダメでしたわ……」
アリアは仲良く便器とお友達になっていた。
魔法の効果で「平衡感覚」は完璧になったが、逆に「視覚情報(揺れる景色)」と「体感(揺れない感覚)」のズレが生じ、脳がパニックを起こして余計に酔ったのだ。
最強のアリアにも、克服できない壁はあるらしい。
「アリア、大丈夫かい? 背中をさするよ」
ディーンが慣れた手つきで介抱し、水を持ってくる。
アリアは涙目でそれを受け取った。
「申し訳ありません、ディーン様……。行きも帰りも、こんな無様な姿を……」
「謝らないで。君が弱音を吐いて、僕を頼ってくれることが……実はすごく嬉しいんだ」
ディーンはアリアの汗ばんだ額をタオルで拭きながら、優しく微笑んだ。
その笑顔には、一点の曇りもない愛情が溢れていた。
「……っ」
船酔いで思考力が低下していたアリアの心に、その言葉がダイレクトに刺さった。
いつもは「相棒」「便利な移動手段」というフィルター越しに見ていたディーンが、今はただ一人の「男性」として映る。
(……温かい。安心する……)
心臓が、波の揺れとは違うリズムで高鳴る。
これは、筋肉への興奮でも、食あたりでもない。
「ディーン様……私……」
アリアは潤んだ瞳でディーンを見つめた。
伝えなきゃ。この、胸の奥にある名前のない感情を。
「……私、ディーン様のことが……うっ、うぷっ」
「アリア!?」
いい雰囲気は、胃からの逆流によって無慈悲にかき消された。
結局、アリアはその後もトイレから出られず、感動的な告白はお預けとなった。
***
数日後。
ルアン王国の港に到着した時、アリアはぐったりとして、ディーンの腕の中にいた。
お姫様抱っこでタラップを降りる二人。
アリアは疲れ切って眠っていたが、その手はしっかりとディーンの服を掴んでいた。
「おかえりなさいませ、殿下。アリア様」
「ああ、ただいま」
出迎えの騎士たちに、ディーンは幸せそうに微笑んだ。
今回の旅で、アリアとの距離は確実に縮まった(主に介護的な意味で)。
そして、後ろにはガイルに寄り添う、犬耳としっぽを隠したメルもいる。
新しい仲間、新しい卵、そして少しだけ変化した二人の関係。
最強令嬢アリアの「やり直し人生」は、まだまだ波乱万丈に続いていきそうだ。
「……ふふっ、カニ鍋……」
アリアの寝言を聞きながら、ディーンは愛おしそうに彼女を抱き直した。
青空の下、ルアン王国への帰還を果たした二人だった。




