第51話 始まりのシンクロ
「まぁしょうがない。二人で勝ってね」
リオンは肩をすくめて笑う。
「じゃあ指示をしてください。お兄ちゃん」
「うん、でもね――二人で指示もしなよ。僕が全部言ってたら意味ないだろ? 拓也もつばさも、これから大会を目指すんだ。なら、自分たちで声を掛け合って、呼吸を合わせる練習をしないとね。僕はリビングで沙羅と話す用事があるし……だから、この試合は二人に任せるよ」
そう言い残し、リオンは軽やかにヘッドセットを外し、部屋を出て行った。
残されたのは拓也とつばさ。二人の間に、微妙な沈黙が落ちた。
「…………」
「…………」
視線が合うでもなく、ただモニターに釘づけのふりをする。
けれど肩が触れそうな距離感と、リオンの「二人でやれ」という言葉が余計に意識させてくる。
「……えっと」
つばさが小さく口を開いた。
「わ、わたし、どっちに動けばいい?」
拓也はわずかに息を吸い込み、視線をモニターに戻した。
「……右を見ろ。俺が左をカバーする」
「りょ、了解……!」
つばさの声は緊張で上ずる。
次の瞬間、敵の足音が近づき、画面に赤いマーカーが点滅する。
(……タイミングを合わせろ。俺がずれたら終わりだ)
拓也は心臓の鼓動を押さえ込むように指先を走らせた。
すぐ隣では、つばさがぎこちなくも必死に追いすがってくる。
二人の視線が交差することはない。だが、同じ敵を狙っている感覚だけは確かに重なっていた。
◇◇◇
大牙は一時間かけて、ようやく黒瀬家に到着した。
つばさと同じルートを辿ったせいで、道中からすでに疲労困憊だ。
玄関のチャイムを押す。しばらくして扉が開くと、穏やかな声が返ってきた。
「どうだった?」
「あ、伊勢木ですが……つばさの……」
言葉を探して口ごもったその瞬間、涼しい顔で返ってきた一言。
「カレかな?」
「はぁっ!? 違ぇから!」
大牙は思わず素っ頓狂な声を上げた。
目の前にいるのは間違いなく、つばさの母親――なのに、口から出てきたのは予想外すぎる一言。
(いや待て、なんで母親がそんな軽いノリで言うんだよ!?)
頭の中で全力ツッコミを入れつつも、口からは言葉が出てこない。
母親の笑みと「カレ?」というズレた質問が、じわじわと大牙を追い詰めていくのだった。
「上がってね。リビングで、沙羅さんもいるので」
大牙はスリッパを履き、廊下を歩く。
リビングでは、すでに沙羅とリオンが笑顔で向かい合っていた。
「黒瀬リオンさん、先ほどのプレイ……まるで舞踏会でのダンスのように華麗でしたわ!」
沙羅が両手を軽く合わせて拍手する。
「舞踏会は行ったことないけどね。でもまあ、照れるな。褒められるのは嫌いじゃない」
リオンは肩をすくめ、にやりと笑った。
「ご謙遜を。あのエイム力、まさに芸術の域でございますわ!」
「芸術ってほどじゃないけど……そうだな、勝つだけじゃなくて“魅せる”のが僕の流儀だから」
二人の会話は、リズムよくポンポンと続いていく。
かたわらで聞いていた大牙は、ただぽかんと口を開けるしかなかった。
(……すげぇ。もう完全に気が合ってんじゃねぇか)
沙羅の会話力、そして軽妙に返すリオン。
その二人の掛け合いは、まるで旧知の友人のように自然だった。
そこへ沙羅が、きらりと目を光らせる。
「――そうですわ! ここに大牙くんも加われば、三人で“黒瀬流トリオ”の完成ですわ!」
「はぁっ!? いや、俺は……」
「ほらリオンさん、彼はこう見えても的確なカバーで部を支えているんですのよ」
「へぇ? じゃあ頼りになるのか。つばさ、いい仲間がいるな」
「え、いや、だから俺は別に……!」
沙羅の無邪気な推しっぷりに、大牙は抵抗する間もなく会話の中心へと引きずり込まれていた。
「コーヒー? それとも紅茶? それとも昆布茶?」
つばさの母がにこやかに問いかける。
「じゃ、コーヒーでお願いします」
大牙は少し緊張気味に答えた。
「ミルクは? 砂糖は?」
「えっと……その、いくつって聞かれるの苦手で……ブラックで」
思わず正直に答えてしまう。
すると沙羅が横からすかさず――。
「まぁ! ブラックなんて、大人の男性みたいで素敵ですわ!」
「ちょ、沙羅……」
大牙は耳まで赤くなる。
つばさの母は、くすっと微笑んでコーヒーを入れに立った。
◇◇◇
二人きりになった部屋に、マウスのクリック音とキーボードの打鍵だけが響いていた。
敵の足音が迫るたび、鼓動がうるさく聞こえる。
「つ、次……どうする?」
「俺が先に撃つ。……お前はその隙に回り込め」
拓也は短く指示を飛ばした。
「で、でも……!」
「大丈夫だ。お前の動きに合わせる」
返事を待たずに飛び出した拓也の銃声に、つばさが息を呑む。
だが次の瞬間、彼の声が背中を押した。
「今だ、行け!」
「っ……了解っ!」
つばさは慌ててマウスを滑らせ、敵の側面に食らいつく。
ぎこちなさはある。けれど必死に食らいつく姿勢に、拓也の動きが呼応した。
二人の弾がクロスし、敵の体力バーが一気に削り取られていく。
撃破の文字が並んだ瞬間――。
「……やった!」
「ナイス」
思わず同時に声が重なった。
一瞬の沈黙。そして、二人は顔を見合わせることもなく、同時に小さく笑った。
(……呼吸、合ったな)
(わ、私……拓也くんと一緒に、できた……!)
画面には次の敵部隊が映る。
だが、もうさっきまでのぎこちなさは消えていた。
リオンの声はない。
けれど二人だけの戦場で、少しずつ「コンビ」としての手応えが形になっていった。
拓也が敵の位置を確認し、短く告げる。
「俺が囮になる。……今度はお前が仕留めろ」
「えっ、わ、わたしが!?」
「やれる。信じる」
その一言に、つばさの胸が高鳴る。
マウスを握る手の震えが、今は不思議と止まっていた。
「い、行く……!」
勇気を振り絞って飛び出したつばさの銃弾に、拓也が横から即座にカバーを重ねる。
二人の射線が重なり、敵が崩れ落ちた瞬間――。
「ナイス!」
「……お前もな」
声が再び重なる。
モニターの中で、二人のキャラがまるで背中を預け合うように並び立っていた。




