第50話 プロへの扉、そして肩の距離
黒瀬家二階。
つばさの兄・リオンの部屋のドアを開けると、モニターにはすでにフォートナイトの戦場が広がっていた。
「いいか、ここはこう詰めるんだ。相手の動きに先回りして――そうだ、そこでカバー!」
リオンが短く鋭く指示を飛ばす。
『……わかった、すごくいい』
返答がマイクを通して響く。
「ナイス! そう、その判断だ!」
リオンの声は熱を帯び、配信チャット欄には「GG!」「プロの動き!」とコメントが飛び交った。
そんな空気の中、不意にリオンの視線がモニターから二人へと向く。
にやりと口角を上げて――。
「で? ……つばさのカレって、おまえか?」
「わ、わたしのカレじゃないからっ!」
つばさが顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振る。
「…………」
拓也は低温のまま押し黙った。
(……やっぱ母親と同じこと言うのかよ)
親子そろって同じ勘違い。
拓也は心の中で、静かにため息をついた。
その間もリオンの試合は続き、画面には華麗なヘッドショットが映る。
勝利の瞬間、チャットは「GG!」「神エイム!」で埋め尽くされた。
『ありがとうございました。すごく良い活躍が見れたのでよかったです』
『配信もまたよろしくね』
リオンのマイク越しの声に、視聴者のコメントが一斉に流れる。
画面はエンディングに切り替わり、BGMと共にリオンの写真が映し出された。
なおもコメント欄は止まらず、熱気を残したまま配信は幕を閉じた。
リオンはにやりと笑い、すぐに表情を引き締めた。
「eスポーツ部の1年生、如月拓也くん。――またの名を、“Night_K”。学園の理事長の孫娘がわざわざ話を持ってきた。……なら、丁寧に向き合うのが筋ってもんだろ?」
一拍、リオンの声が落ちる。真剣な眼差しが拓也を射抜いた。
「おまえ……プロになりたいんだろ?」
「あぁ。なりたい」
拓也の答えは迷いなく、低温で。
「じゃあ聞く。どうすればプロになれると思う?」
リオンが身を乗り出す。
拓也は少し間を置いてから、淡々と返した。
「――勝つこと。どんな相手でも」
リオンは腕を組み、口元に小さく笑みを残しながらも目だけは真剣だった。
「勝つだけじゃ足りない」
拓也がわずかに眉を動かす。
「プロってのはな、ただ敵を倒すだけの機械じゃない。観客を魅せなきゃいけないんだ。――仲間を鼓舞するプレイ、チームを動かす判断、そして一瞬で空気を変える大胆さ」
リオンの言葉が、部屋に響く。
「大会の舞台に立ったとき、勝ち負け以上に見られてるのは“魅せられるかどうか”なんだよ。お前がチームの中心で立ち回れば、観客は歓声を上げる。解説は名前を呼ぶ。――それが“プロの証”だ」
「……魅せる、プレイ」
拓也は小さく息を吸い込んだ。
リオンは顎をしゃくり、妹に視線を送る。
「つばさは初心者だった。でもそれを練習に使うと、どうやって伝えるかがわかってすごくいい。だから僕もお前を支えてる。それは勝ち負けより大事なことだ」
「お兄ちゃん……」
つばさが小さく目を見開いた。
リオンは立ち上がり、机の上を指さす。
「フォートナイトだ。Night_Kと、つばさと、僕で――3人のグループを組む。ノートPCは二台ある。“魅せられるかどうか”を試す機会だと思え」
机にはノートパソコンが二台並べられていた。
イスは一脚、そして小さなパイプ椅子がひとつ。
「ちょっと狭いけど、何とかやってくれ」
リオンの言葉に、拓也とつばさが同時に腰を下ろす。
肩と肩が、ふいに触れ合った。
「……ほんとに狭いな」
拓也がぼそりと低くつぶやく。
「わ、わたしは平気……!」
つばさは顔を赤くし、マウスを握る手が小さく震えていた。
(……平気なのはお前じゃなくて俺の心臓だろ)
拓也は視線を逸らし、さらに頬を熱くした。
そのとき、リオンが無自覚に追い打ちをかける。
「おい、二人とも。チームとして呼吸を揃えろ。動きも息も、一拍でもズレたら勝てないぞ」
「「――っ!?」」
二人の肩がぴくりと揺れ、顔が同時に真っ赤に染まった。
ゲーム開始前から、まるで心臓のリズムまで試されているようだった。
カウントダウンが終わり、フォートナイトの戦場に三人が降下した。
リオンの声がすぐに飛ぶ。
「拓也は正面、つばさは右に回れ! 視野を広げろ、互いの死角を補え!」
「りょーかい」
拓也は低く応じながら、キーボードを叩く指が滑らかに動く。だが隣で肩が小さく震えるのが伝わり、集中が乱れそうになる。
「ひゃっ……! 敵、右から来る!」
つばさの声が裏返る。マウスを握る手が、拓也の手元に触れそうに近づいた。
「落ち着け。照準を合わせろ、肩の力抜け」
拓也は画面を見据えながら、思わず横目でつばさをちらり。距離が近すぎて、彼女の頬が赤く染まっているのがはっきり見えた。
(……くそ、集中しろ俺。今は試合だ)
「いいぞ! 二人とも息が合ってきた」
リオンの声が熱を帯びる。
「これが“チームの呼吸”だ! そのまま敵を挟み込め!」
「――っ!」
拓也とつばさは同時にキーボードを叩いた。
呼吸を合わせるように、視線と指先が重なっていく。
一瞬、ゲームの熱気と心臓の鼓動が区別できなくなる。
撃ち合いの音に混じって、隣から伝わる体温がやけに鮮明に感じられた。




