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全ては平和の為に

そして世界は平和になった。もうどこにも銃声は聞こえない。まぁ、ハンティングのやつは別だが。軍の演習のも除外してね。凶悪犯がヤケクソになって発砲するのも例外にして下さい。あれっ?そうすると結構あちこちで銃声は聞こえるのか・・。くそっ、結構いい書き出しだと思ったんだけど失敗だったな。


僕は校庭から校舎を見る。校舎の壁は銃弾によって穴だらけになっていた。こんなのはボスニアで見て以来だな。もっとも貫通しているのはひとつもないはずだ。全く頑丈な校舎だぜ。1階の防弾シャッターは大穴が開いているので、今業者がバーナーで切断作業中だ。というか、この学校、これからも使うつもりなのか?屋上にも迫撃砲弾が掘った穴が無数にあるし、階段の床も抜けているんだが・・。


校庭では戦闘ヘリのミサイルに撃破されたシルカが未だに燃えている。その側にはテロリストたちの死体が並べられ、駆けつけた情報処理班が身元判明用に写真を撮っていた。


結局、情報提供者は判らずじまいだった。というかこの情報自体が偽物だった可能性が高い。僕をここにおびき出す餌だったのかも知れない。というか僕はもう既に気付いていた。ここは僕の知っている現実世界ではない。リアルではあるがリアルシングではない。


佐賀も住吉もヘレニアも、まるでサバゲーの後のように淡々と死体の片付けを手伝っている。やつらはリピーターだった。この戦闘シュミレーション世界内で永遠にターンを繰り返す者たち。彼らは駒だった。血は流したがその血は本物ではない。痛みは感じたろうがその痛みは本物ではなかったのだ。


僕は遠くの空を見る。そこには白い靄がこちらに向かって世界を飲み込みながら進んでくるのが見て取れた。暫くするとここもあの白い靄が包み込むはずだ。そしてその靄が晴れた時、世界は別のシュミレーションのもと走り出す。


そう、ここは某国の軍事コンピュータ内の仮想シュミレーション空間だったのだ。現実世界で起こりうるだろう状況を事前に試し対応策を練るプログラムである。今回僕はそこに放り込まれた。今回僕が体験したことは全て虚像である。僕のエージェントとしての立場も知識も造られたものだ。


佐賀も住吉もヘレニアも現実世界には実在しない。いや、参考にした人物はいるのかも知れないが本人は、自分の分身がプログラムの中でこんな事をしている事はしらないだろう。


シュミレーション自体は現実を生きる者には必要なことだろう。それをコンピュータ内で行なうのも安全且つ低コストなのだろう。昔は新兵器の性能を実戦で確認していた。そして改良していったのだ。兵士の血を代償として。


現代では兵士といえども血を流す事を世間が許容できない。いや、この言い方には偏りがある。味方の兵士がと言わなくてはならないな。故に兵器の無人化にまい進している。その行き着いた先が仮想シュミレーション空間だ。人々はその計算結果をもとに最適と思われる対応を取る。計算結果が自分たちに思わしくない未来を吐き出したら躊躇なく先制攻撃を行なうだろう。


僕はそんな仮想シュミレーション空間のひとつに迷い込みあり得ない設定を体験した。いや、本当にあり得ないのだろうか?想定外という言葉は事が起こった後では虚しく響く。全てを漏れなく予想し全てに備える。到底人間に出来る事とは思えないが、恐怖は狂気を呼び人々を盲目にする。技術の高度化と知識の拡散は、人々を見えない影に怯えさせ殻に閉じ篭らせる。しかし、そこには本当の幸せがあるのだろうか?


僕は頭を振り考えるのを止めた。既に靄は目の前まで迫っている。あれに包まれさえすれば悩みなどなくなるのだ。僕は全てを諦め、この世界の理に身を任せた。



そしてまた世界は暗転する。世界の理によって新しく再構成され、僕の覚醒を合図に今までと変わらない日常がまた始まる。


「タケル君、この頃疲れているみたいだけど大丈夫なの?」

今回の妄想も酷かった。やはりまだ僕には大人の世界は早いらしい。僕は疲れ果てた。そんな僕を見て隣の席の女の子が声を掛けてきたのだ。


ああっ、やっぱり現実が一番だ。もう妄想なんかしないぞっ!隣の女の子とのほのほの日常系こそ幸せなんだ!うんっ、メーテルリングも幸せは側にあるって言ってたしな。どれ、僕の足元にある青い鳥とほのぼのとした日常のやり取りをするとしよう。


「うん、もう大丈夫さ。吹っ切れた。やっぱり空想や妄想は非現実だから楽しいんだ。でも本当に楽しいのは現実の方だって、やっと判ったよ。」


「ふ~んっ、何言ってるのか判らないけど良かったわね。それよりやっと新しい漫画のあらすじが完成したの!ちょっと恥ずかしいんだけどタケル君だけに見せてあげる!」

「へぇ~、そりゃ感激だ。どれ、未来の人気漫画家先生の習作を見せて貰おうかな。」

「今回のはかなり力作よ。何たって私の妄想が満載だからね。」

「へっ?妄想?」

「タケル君を見ていて私も思ったの。やっぱり創作って爆発だなって。自分の思いを全てぶつける!それくらいじゃなくちゃ物語は動かないってね。」

「あっ、あの・・、君の作品って・・。もしかして君の妄想?」

「ええっ、今流行の異世界転生よっ!」


ああっ、僕は次回のオチが判ってしまったぜ!僕は彼女から手渡された作品を読まなくてはならないんだろうか?しかし、読んだら絶対、飛ぶ!ああ、神さま!どうか彼女の作品がほのぼの系でありますように!出来れば異世界まったり観光紀行がいいです!どうかチートの炸裂するバトルものではありませんように!


しかし、神さまは僕の願いを聞く気はないようだった・・。


妄想バトル編-完-

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