7.もう一人の従兄妹
「優磨、今日行くお通夜に貴女も一緒に来て頂戴。貴女の従姉妹よ」
「従姉妹がいるなんて聞いたことなかったんだけど‥父さんの方の? 」
暗い口調の短い電話を切った優磨の母親、孝子が急に言った言葉は、予想外の衝撃の事実だった。
サバサバとしてどちらかというと心配になる程豪快な、いつもの孝子とは違う、重い口調、暗い表情に優磨は思わず身構える。
優磨は母親の親戚なんて今まで聞いたことがなかった。
だけど、なんてことはない。孝子が話さなかったから、聞かなかっただけの事だ。
孝子にしてみても、聞かれなかったから答えなかった。
父親を早くに無くしたから。優磨の中で親戚の話はタブーと思ってしまっていたという事もある。
それに、今までは尊がいたから。
父親も母親もいない尊のいる前で家族の話はためらわれた。
「いいえ‥。私の双子に姉の娘さん。その子には、私は会ったことはなかったわ‥」
「ふうん? 」
聞いていいこと、悪いこと。
優磨は気が付けば、遠慮ばかりする子供になっていた。
分からないから、余計なことは聞かない方がいい、って思うし。‥別に聞いても仕方ないし。
葬儀は、市内の大きな寺で行われた。
孝子が記帳していると、涙で目を真っ赤にした女性が孝子に駆け寄ってきた。
聞かなくても、分かる。
多分、彼女が孝子の双子の姉なのだろう。何もかもそっくりだ。
孝子が、彼女と話しているので、優磨はその場を離れた。
「風間 天音ちゃん。同じ学校の子だったんだ。しかも同じ年。全然知らなかった」
それ程、全く今まで交流がなかったのだ。
だけど、さっき見た二人は仲が悪い様には見えなかった。
じゃり。
玉石を踏む音に、優磨は何となく振り向いた。
24・5歳の見たことのない青年だ。
目立った長身と整った容姿に、つい目がいった。
青年が顔を上げ、優磨と目が合う。
「‥! 」
と、一瞬赤面したが、しかし彼が見ているのは、優磨ではなかった。
「彰彦さん。彼女が房子姉さんの妹さんですね。‥つまり、天音さんのお母さまですね。彰彦さんはお会いになるのは初めてですか? 」
彼の隣にいる中年男性が見ていたのは、孝子と孝子の姉だった。
彰彦が首を振る。
「天音ちゃんが泊まりに来た時に、一緒に来られていたね」
静かで、しかしよく通る声だった。
「ああ、そうでしたかね? 失念しておりました。一緒におられるのが、多分双子の妹の方ですかね。‥どちらがどちらなのかはわかりませんが」
「紫の数珠の方が、天音ちゃんのお母さんだね」
ふふ、と彰彦が笑う。
‥わかるんだ。そりゃ、優磨はわかるが、それは娘だからだ。
「目の下にほくろがあるでしょ」
「はあ、確かにありますね。一度お会いしただけで、流石ですね」
‥女の人の顔を忘れないタイプなんだろうか。
凄いイケメンだし。‥タラシなのかな。
「天音ちゃん‥」
彰彦が、はっとしたように、斎場に飾られた遺影を見た。
そういえば、写真も見ていなかった。
優磨も遺影に目をやる。
‥え?
「尊!! 」
思わず叫んでしまった優磨を、孝子がぎょっとした顔で見た。
「優磨? 」
慌てて孝子が優磨に駆け寄ってきて、その視線の先を見る。
「‥」
「尊‥」
二人は固まったように遺影に見入った。
「天音ちゃん」
と
「尊」
その二人が同じ顔をしているのであったら、「尊ちゃん」というのが、天音ちゃんの臣霊なのだろう(いや、天音ちゃんは「分霊」と呼んでいたな)
‥まさか知り合いを作って、普通に暮らしているとは思わなかった。
「彰彦」
ふと、後ろから彰彦を呼ぶ声がし、彰彦が振り返る。
「母さん‥」
彰彦の母の房子だった。
‥そういえば、立って歩いている母親を見るのは久し振りだ。
というか、母親を見ること自体久し振りだ。少しやせたように見える。ちゃんと食べているのだろうか。
夜中に風呂に入っている気配がするから、まあ、元気(?)なのであろうことは分かってはいるのだ。
気配どころではない。いつも風呂から鼻歌が聞こえてくる。
‥何の歌かわからない妙な歌が。房子は、音痴なのだ。
だから、彰彦は「この歌は覚えてはいけない、覚えてはいけない」と幼いころから、聞き流すことにしていた。‥そっくりそのままコピーしてしまっては、命とり(大袈裟)だ。
「姉さん。大丈夫なんですか? お身体は」
古図は、彰彦の父の義弟だから、勿論彰彦の母は姉という事になる。
彰彦の父のことを、彰彦に話すときは「和彦さん」と呼んだが、古図は和彦に対しては「兄さん」と呼んでいる様だ。
‥何かのこだわりだろう。よくはわからない。
古図は、食事を持って行って、食器を下げる位しか房子との接触はないようだ。古図の部屋は風呂から遠いから、動く房子を見たのは久し振りだったのだろう。
「‥寝てなんかいられないでしょ。何よ、なんで置いて行ったりしたのよ」
房子がじろっと彰彦を睨む。そして、優磨に気付くと
「彰彦。この方が、孝子の娘さん。貴方の従兄妹よ。‥天音ちゃんと同じ歳だったのね」
と言った。
‥従兄妹?
天音ちゃんが従姉妹なんじゃないの? まさか、この人も従兄弟ってこと??
「‥そうね。そんなことも知らなかったわ」
と、頷いたのは、孝子だった。
「私たち、意地を張り過ぎたわね」
孝子に、芳美も頷く。
まさかの‥三姉妹。
「‥全く意味のない意地をね」
「さっき、何か叫ばなかった? 」
芳美が孝子を見る。
「え? ‥ごめんなさいね。あんまりにも、知り合いに似ていたから。‥似ているなんてものじゃなかった。双子かと思ったくらい」
「‥会ってみたいわ。天音にそっくりなその子に。女の子なの? 」
天音を思い出したのだろう。芳美の目にまた涙が浮かんだ。
「‥男の子だったよ」
‥というか、男の子の幽霊。 彰彦は少し遠い目をした。
「そっくりだったの? 随分女の子みたいな男の子だったのね」
芳美が涙を払って、痛々しい笑顔を浮かべた。
‥間違いない、それは、やっぱり天音ちゃんの分霊だ。‥奇しくも、従姉妹の家にいたのか。偶然か、それとも狙ったのか? あの神は食えないから‥。
でも、言ってたな「全く別人格」って。
しかも、何の力も神としての記憶もないって。
偶然‥。凄いな。
「失礼ですが‥その子は今どこにいますか? 」
急に聞いた彰彦に、驚いたのは古図だった。
‥聞いてどうする。
と思ったに違いない。
まあそりゃそうだけど。だけど、どういう状態か見ときたい。
‥多分、鏡の秘術を掛けたのが俺だったら、もうそろそろ持たなくなっている。
そのタイミングでよく思い出せた。
しかし、孝子は首を振った。
「‥いなくなってしまったんです」
優磨を確認すると、優磨も頷いている。
「え? 」
「えって? 」
思わず声を出した、彰彦に優磨が首を傾げたが、彰彦はあまりに驚いて、優磨には気付かず呟いていた。
「え? だって、無理でしょう。その子は‥ここからそう離れられないはずですよ? ‥天音ちゃんから」
「え!? 」
‥しまった。
一つ大きくため息をつく。
「‥その子は、幽霊‥みたいな感じじゃなかったですか? 」
彰彦は、一つため息をつくと意を決して、優磨に確認した。
「ええ‥」
「どうしてそれを‥」
優磨と孝子の目が見開かれて、彰彦に合わされている。
「その子は‥天音ちゃんの生霊みたいなものだと考えてもらって間違いじゃないです。天音ちゃんは、一度我が家に遊びに来た時、「外で遊びたいけれどこの体では無理だ」って。‥人の強い願いというのは、時に凄いことを成し遂げるようですね。‥それで出来たのがその‥少年でした。それから後のことはすみませんが知りませんでした。あなた方と一緒におられたんですね」
‥これは、相当変だ。信じてもらえなくても仕方がない。でも、事実はもっと変なんだから仕方ない。
‥誰が神だなんて言って信じる?
彰彦は大きく息をはいた。
‥魂が二つに入れ物(鏡の秘術で作った身体)が一つ。‥仮ごしらえの入れ物の中に二つの魂は入らない。
そして、その入れ物も、術的に限界。
なんにせよ。早く見つけた方がよさそうだ。
分霊より本体の方が強いだろうから、もしかしたら、分霊は吸収されているかもしれないがな。
だけど、何故いなくなった?
「‥ここから、離れたりしましたか? 」
彰彦が、芳美をみて、遠慮がちに聞いた。
‥故人の家族に何を聞いているんだ。
「え? 」
しかし、芳美はそのことを気にしている様子はなかった。
「‥本当に、天音の幽霊なんですか? 」
と、疑っている様子でも、馬鹿にしてと怒る様子でもない。彰彦を祈るような視線で見る。
「ええ。それは間違いないです。‥私が手伝ったのだから、それは間違いないです‥」
「東京の病院に」
「東京? 」
「ええ、病院の先生の紹介で」
「なんという病院でしょう? 」
芳美から聞かされた病院の名前を聞いて、彰彦ははっとして、顎に手を当てて考える体勢を一瞬取った。
‥西遠寺系列の病院だな。確か、伊吹さんの病院だ。
「西遠寺 伊吹さんという名前は」
一か八か言ってみた。
天音ちゃんの西遠寺の知り合い。一瞬そのワードが頭をよぎった。
「主治医の先生ですわ」
驚いた顔をした芳美が頷く。
‥つながった。
「‥尊ちゃんは、天音ちゃんについて、東京に行って今でも東京にいるんだと思います」
そして、伊吹さんは、いや‥伊吹さんかどうかは分からないな。まあ、その西遠寺の関係者は、尊が天音の臣霊だと知っている。そして、俺のことも。
「会いに行くわ! 」
叫んだのは、優磨だった。
「え?! 」
「勿論ですよ! 」
「私も行きます! 」
「え? 芳美さん? 」
「天音の幽霊ですもの。私も会いたい‥」
「‥‥‥」
余りの急展開に、呆然としてしまった彰彦だったが、「後には引けない」という事だけは分かった。
‥もう、しかたない。
どっちにしろ、動かないと仕方なかったみたいだしな。
「‥伊吹さんに連絡を取ってください」
芳美が頷く。
「ちょっと探りを入れますから、俺の名前は出さないでくださいね」
念を押すことは忘れなかった。




