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8.神の気まぐれに、とことん迷惑を被ってるんです。

「なんで、母さんと芳美さん‥たちは今まで会わなかったんだろうな。俺、従姉妹がもう一人いることはおろか、母さんが3人姉妹だって知らなかった」

 通夜から帰る車中で、彰彦がぼそり、と言った。隣には母親もいる。

 だけど、聞いていないと思ったし、別に彰彦も誰に話しかけたわけでもない。

 ただ、つい呟いてしまっただけなのだ。

 房子はさっきから、ぼんやりと窓の外を見ているようだった。久し振りに外出して疲れたのだろう。

「孝子と芳美は双子なのよ。孝子は、郷宇‥私の実家ね‥、の家ではなく、お母様の‥彰彦にとってはおばあ様の実家である大和の家で暮らしていたの。古い家だったから、双子は縁起が悪いとか思われてたのね」

 だから、ぼそり、と房子が答えたのには、驚いた。

 驚きはしたが、

「はあ‥」

 彰彦は、ただ首を傾げた。

 ‥双子が縁起が悪い。‥昔そういうのあったなあ、今時あるんだ。

「だから、私たちは孝子と会うことがなかったわ。私はホントに‥会うことはなかったんだけど、芳美は連絡は取ってたみたい。芳美から優磨ちゃんのことは聞いてはいたから、この子がそうなんだろうなって思った。ホントに芳美の高校生くらいのころに似てたから。‥やっぱり双子ね。孝子の高校生時代は‥わからないけど、多分こうだっただろうって思った」

「だから分かったんですね」

 運転席から古図が言ったことに、房子は頷いた。

「‥ホントに薄情なことしてたわ。今まで会ったことなかったなんて‥。親だとか親戚なんて関係ないのに。三人しかいない姉妹なのに」

 窓の外を見たまま、ぽつりぽつりと房子が呟いた。

 その様子が、まるで懺悔をしているように見えて、彰彦は自分も房子を見ないように、顔をそむけた。

 房子の方を向いていると、ガラス越し、暗くなりかけた景色に時々、房子の顔が映ったから。

 ‥苛立って、そして泣きそうで、苦しそうな房子の顔が青白く映ったから。

「そうですね‥」

 彰彦は、否定はしなかった。房子は、口先だけの否定なんて望んでいないだろうから。

「だから、芳美の力になってあげて? ‥でも、その結果、芳美がもっと傷つくのだったら‥」

「そうですね。俺も、それは‥わかりません。尊ちゃん‥っていうのは、あの時言ったように、確かに天音ちゃんの生霊‥っていうか、臣霊的なものなのは確かですが、全くの別人格です。芳美さんのことを見てもわからないというか、知らないんですからね」

「臣霊って‥なんで、西遠寺でもあるまい‥もしかして、彰彦‥」

「確かに俺は、関わってますよ」

 ‥でも、臣霊は西遠寺の女性にしか作れませんよ‥。

 この話をしてもややこしいことになるかな。‥どこまで話していいやら。

「もしかして、天音ちゃんは、何かを知っていたの? その、彰彦に何かしら能力(ちから)があるってこと‥。っていうか、彰彦、貴方は」

 眉間にしわを寄せている。

「‥らしいですね。俺も、今の今まで忘れていました」

「はあ‥。でも、今はないんでしょう? ‥その時にはあったってことだけなんでしょう? 」

 房子がため息をついて、言った。

 もう、完全に彰彦の方を向いている。

「だと思います」

 ‥戻ったとは言えない雰囲気。

 ‥彰彦に能力(ちから)があるやないや。中学校に彰彦が上がる頃ににわかに浮上した問題だった。

 あの時は、ややこしかったし、大変だった。

 房子はその時のことを思い出したのだろう。

「僕も知らなかったですが‥」

 古図の呆れた様な、怒ってるとも拗ねてるとも分からない口調が運転席から聞こえた。

 ‥ごめん、俺、言わなかったというか、忘れてました。‥天音ちゃんに忘れさせられてました。

 すべて、全部丸っと、神の気まぐれ(‥にしか思えない)のせいなんです。



 芳美に西遠寺 伊吹とのことを頼んで既に一週間は経とうとしていた。

 何かに呼ばれるように、鏡神社‥つまり、自宅横の神社に行ったのは、明け方というより、真夜中に近い時間だった。

「久しいの」

 鏡の中に、何かが映っているのが見えた。

 例の、高校生が「なんで外に鏡があるんだろう」と呟いていた鏡だ。

 顔は映っていないが、その口調、そして「久しぶり」と彰彦に声をかける異形の者は、彰彦は一人しか知らない。(ありがたいことに)

「天音ちゃん‥」

 ふふ、と鏡の中の人物が笑ったような気配がした。

 影がすこし強くなる。

 その姿は、男のようにも見えた。

「その姿は、元の姿ですか」

「ああ」「主に会うために、ちょっと、身体を抜けてきた」

「身体とは、‥尊が使っていた身体ですか」

「ああ、主が作ったものじゃ。‥もう、消えかけておるがな」

「‥東京におられるんですよね? 遠く離れているから、よけいですよ。今は、天音ちゃんという本体を失い、この鏡が唯一の依り代なわけなんですし」

「そうさのお」

 天音の声とは違う、ちょうど、魂に直接語り掛けて来る様な声だ。

 他の者に聞こえているかどうかも怪しい。

 もし、誰かがここを通りかかったら、彰彦が一人で鏡に向かって話しかけている様に見えるかもしれない。



「優磨ちゃんとあってくれませんか。それに、天音ちゃんのお母さんも、尊に会いたがっていました。とにかく、東京から帰って来てください。何故、今もまだ東京にいるんですか? 」

 さっきから、彰彦は何の根拠もなく天音はまだ東京にいると思っている。

 だけど、それは多分間違いではないだろう。

 天音も否定していないし。

「あの娘が会いたいのは、尊であろう? 今は我があの身体を使っておるから、尊は我の魂の奥から出てこれぬ。‥我はあの娘と会ってものぅ‥仕方がない」

 くく、と天音が笑った。

 相変わらず、悪い笑いだ。

 きっとこいつは性格が悪い。‥神なのに。

 いや、神が性格がいいとは決めてはいけない。悪神かもしれない。祟り神ってのもあるしな。

「だけど顔は同じなんだから」

 言って、我ながらおかしなことを言っている気はしている。

「顔が同じならいいのか? 」

 しているが、この性格の悪い神には言われたくない。

「‥じゃあ、どうしろというのです。東京に行けば会えるんですか」

「そうさな‥」

「そもそも、病院にいるわけではないですよね。どこにいるんですか? 」

「この前、主の親戚がここに来たぞ」

「‥‥‥」

 突然の天音の発言に、しかし彰彦は驚かなかった。

 ただ、‥やっぱりな。と思った。

 そんなことだろう、と。

「ここは面白いからのお」

 くすくす、と神が笑う。

「『TAKAMAGAHARA』ですね」

「ああ」

 神が頷く。

「面白いって‥」

 イライラする。この人はいつも、こうだ。

 あの時も、今も。

 自分勝手で、誰のことも考えていない。

 そして、俺はそのせいで迷惑を被る。

「こっちに、お前は‥来ぬ方がいい。そうさなあ。また我が主の能力(ちから)を預かろう」

「‥というか、身体がないと、ここでは生きにくい。神と言っても、万能ではないのでな。強すぎる力が暴走することだってある。だから、分霊を作っておったのじゃが‥今は、身体が一つしかない故、力が余り過ぎておる」

「作れって言われても、貴方は今、ここにおられないじゃないですか」

「出来るさ、かわらない。鏡を見て‥。我の目を‥」

 ‥目って、どこだ。

 影しか映ってないぞ。

 目? 

 と、ふいに、影と目が合った

「!! 」

 彰彦は驚いて後ろに飛びのいた。

「ああ、我の姿じゃ! 主、腕をあげたの! 」

 今は、くっきりと鏡に男の‥成人男性の姿が映っていた。

 ‥なんだ。コスプレ? 古墳時代みたいな服着てるけど。

「うむ。では、もう、別にここには用はない。尊は、ここにおいて置いたら、玩具にされるであろうから、連れだすが、主、迎えに来い。あの娘と」

「あの娘? 」

「尊と一緒に住んでおった娘。優磨と言ったかの、あの娘じゃ。我も、あの娘には実際におうて(あって)見たい。あの娘は‥多分、我ら‥我と尊の魂を調和する者じゃ。‥まあ、一言でいえば、相性がいいって奴じゃな」

「相性」

「人にも、気性というものがある。陰と陽のバランスやらが分かりやすいかの。水と相性が良いものもいれば、どんなに練習しても泳げない者もいる。火に携わる仕事が出来るものもいれば、どうしても出来ないものもおる。人でさえ、自然物と相性の良しあしがある。神はそれが、もっと顕著なのじゃ。もう、この性質っていうものがある」

「はあ。水の神とか火の神ってことですよね」

「うむ」

「貴方は何なのですか? 」

「我は、(あま)の神じゃ」

 ‥あまのじゃくの間違いですかね。

 まさか言わないけど。彰彦は、ちょっとしらっと来た。

 ‥性格の悪い天の神。‥いやだ。気まぐれで天変地異起こされそう。

「太陽神ってことですか。アマテラスの様な‥」

「‥我は‥天候の神じゃ。別に名前はない。雨乞いも、長雨を止ませる祈願をするのも、‥天の神にしたものじゃ。水の神に祈願するのは、洪水にならないように、じゃな」

「はあ」

 分かるような分からないような。

 そんなことを話している間に、東の空が紫がかってきた。

 もう夜明けが近い。時間がない。

「優磨は、神ではないが‥強い力をもっておる。神の力を半分持っておるが、神の意志を持っておらぬ尊は危ない。だが、‥あの娘と一緒にいさせておけば安心じゃ。だから、我も今まで何も言ってこんかった。‥今は、尊は我が抑えておる、だから、早く迎えに来い。あの娘と」

 日の出だ。

 その明るい光と共に、神の姿が消えた。 

 


 太陽に退散させられたみたい‥。天の神というより、悪神そのものだな。

 


 彰彦は、そんなことを思い、もう何も映っていない鏡をぼんやりと見つめた。

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