第36話 イオの実力
鹿の縄張りを後にした俺たちは、管理区域まで戻って来ていた。
十分な量のサンプルに大きな川まで見つけたのだから、測量の仕事は恐らく大丈夫だろう。
それよりも気になるのはイオの実力である
イオ曰く1mクラスなら勝てるらしいが、実際に見てみないとなんとも言えない。
なのでイオが魔物と戦うところを見てみようと思う。管理区域なら俺の手に負えないような魔物はいないだろう。
訪れたのは蜘蛛の縄張り。アラクネが母体を討伐して獲得した管理区域だ。
索敵でイオが勝てるという1mクラスの魔物を探す。5分ほど索敵していると1.5mクラスの魔物を見つけることができた。向こうはまだこちらに気づいていないようだ。
茂みに隠れながら戦えるかどうか聞いたところ、イオはとても微妙な顔をしながら首を縦に振った。
本当に勝てるかどうか不安だが、本人が行けるというのだから任せてみよう。もし危なそうなら俺が助ければ大丈夫だろう。多分。
イオは頬をパチリと叩いて気持ちを引き締めると、長剣を鞘から引き抜いて隠れていた茂みから出た。
魔物がイオに気づき、長剣を構えたイオと相対する。
イオが使用している魔血は獅子の型。身体能力強化に重きを置いた魔血である。体格もイオの方がやや大きく、魔血の効果もあるので身体能力ではイオが優っているだろう。
先に仕掛けたのはイオだった。
予想以上の速さで魔物へと踏み込み、上段から長剣を振り下ろす。
魔物はギリギリでその攻撃を横へ飛びのいて躱し、着地と共にイオへと糸を吹き出した。
糸を予想できていなかったのか、面食らってしまったイオに糸が直撃する。
糸に絡め取られたイオはなんとか拘束から逃れようとするが、動けば動くほどに糸は絡みついていく。
遂に身動きの取れなくなったイオへと、魔物が近づいていく。
これはもうダメだろうと大鎌に魔力を込めようとした瞬間、想定外の事態が起きた。
糸を解くのは無理だと判断したイオはなんと、糸を引き千切ろうとし始めたのだ。
いや、流石に無茶だろうと思ったのも束の間、ブチブチと糸が切れる音が聞こえて来た。
えぇ……力任せに蜘蛛の糸を引き千切るとかそんなことある……?
驚きに口をあんぐりと開けている俺を他所に、糸を全て引き千切ったイオはすぐそこまで近づいていた魔物へ長剣を振り抜く。
近づき過ぎた魔物は長剣を躱すことが出来ず、真赤な血を吹き出して倒れると二度と動かなかった。
「やった! 倒せましたよ!」
あまりの出来事に理解が追いつかず呆けていた俺に、イオがぴょんぴょんと飛び跳ねながら話しかけてきた。
「お、おめでとう。……っていうかイオ普通に強くない!?」
「え、そうですかー?」
首を傾げながらイオは答える。
「力任せに蜘蛛の糸を引き千切るなんて普通はできないよ! 最初の一撃もかなりの速さだったし、身体能力なら俺より全然上じゃないか!」
「私、力だけは自信があるんです!」
イオは誇らしげに胸を張った。
「いや、そう言うことじゃなくてさ……。あれだけの身体能力があるなら2mクラスも余裕で倒せると思うんだけど……」
俺がそう言うと、誇らしげな様子から一転して、俯きながらイオは答えた。
「……実は私、魔物と戦ったことがほとんどないんです」
「えっ……それってどういうこと? 揺籠学園を卒業したんじゃないの?」
「はい、卒業はしました。でも、揺籠学園では騎士になる訓練がメインなので、開拓者を相手に戦ってきたんです。一応、魔物との戦闘訓練もあるにはあるんですが、ほとんどの生徒が騎士志望なので回数が少なくて……」
「なんだそりゃ……」
揺籠学園は開拓者育成学校とは名ばかりの、騎士育成学校だったということか?
意味がわからない。
開拓者相手の戦闘訓練ばかりだなんて、まるで俺たち開拓者が箱庭の敵みたいじゃないか
……。
「そういう訳で、対人戦は結構自信があるんですけど、魔物が相手となると戦い方がわからなくて……」
「人と魔物だとそんなに勝手が違うものなの?」
「はい、全然違います! 人が相手なら目線や重心などで動きがある程度わかるんですが、魔物が相手だとどこを見ればいいのかわからないんです……」
「うーん……音とか気配でなんとなくわからない?」
「オルフェさんは随分と感覚派なのですね……。私にはちょっと厳しそうです……」
「感覚派……。俺って感覚派だったのか……?」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
アラクネから戦い方なんて何も教わっていない。俺の戦い方は魔物と戦っていく内に自然と身についた完全な我流だ。
「……っていうかこれが答えじゃないか?」
「え、どういう事ですか?」
一人で考え込んでいたので、イオは俺の言葉の意味がわからないようだった。
「魔物との戦い方がわからないなら、慣れるしかないってことさ」
ニヤリと笑いながら俺は言った。
そう、開拓者は基本的に脳筋なのだ。




