五十九話
ウェイトレスの網田めいが雇用されている、18地区の喫茶店「しゅれねこ」は、17地区の鬼獣群との血みどろの闘いを展開している最前線と変わらない
修羅場と化していた。
店内は、平時の昼時でもこれほどではあるまいと思われる客で混雑していた。
テーブル席、カウンター席は全て埋まっている。
来店客の人々は皆俯き加減で、表情を堅く引き締めている。
誰も彼もが無言であり、学校の仲良しグループと思われる女子中学生や女子高生でさえ例外無かった。
来店客は、携帯や喫茶店に設置されているテレビスクリーンを食い入る様に
見ていたりする。
テレビスクリーンでは、新種の鬼獣についての報道が流れている。
憔悴感と苛立ち故か、そこここで喫茶店の店員に対して、注文品を催促して
いる。
厨房では、店主相沢真一と幾人かの店員が注文品を調理している。
「4番テーブルの豚カツステーキセット!」
相沢真一が告げる。
「7番テーブルのキムチチャーハン!!」
調理していた男性店員が、同じ様に告げる。
それらの注文品を、出前から戻ってきていた網田めいが手慣れた様に運んでいく。この店内にいる客の反応は、大きく二つに分けられる。
第一に、ネットやテレビから新種鬼獣の出現に恐怖に駆られ、逃げる当ても
場所も無いため、少しでも生き残るために重火器を購入しようと考える客。
第二に、前線に行くにしても、まず腹ごしらえせねばーーーーーと考える客だ。
「17地区じゃ今頃地獄だろうな」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している、男性客が尋ねる。
「いまいましい鬼獣だよ」
下味もあまりなく、すっきりとしたから揚げを咀嚼している男性客が、舌打ち
しながら応える。
「新種とはいえ、そう長続きして出現はしないだろ」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している、男性客が慰める用に告げる。
「3ヶ月前、東北戦区で10万体(匹?)の鬼獣を殲滅、2ヶ月前は九州戦区で
78万体(匹?)、1ヶ月前の四国戦区で120万体(匹?)、そしてこの
戦区では、6週間前にあった「鬼獣の宴」で300万体の鬼獣をおしゃかにしてやったという国防軍発表だぜ? 足し算してみろよ、500万体匹以上だぞ!!」
から揚げを咀嚼している男性客が応える。
「それでも鬼獣は減る事はないさ」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している、男性客がぼやく様に告げる。
その時、一向に注文品が来ないことに腹を立てた男性客が、ウェイトレスの網田めいの胸ぐらを掴んで怒声を発していた。
しかし、その様子を見て反応する客も大きく分かれた。
第一は、何処か哀れみとも呆れた様な表情を浮かべて一別し、テレビや携帯に
視線を向ける客。
第二に、舌打ちをしてその男性客を宥めるために立ち上がろうとする客。
から揚げを咀嚼している男性客と靴底見たいな肉の塊を咀嚼している男性客の
うち、から揚げを咀嚼している男性客が第二の反応で立ち上がろうとする。
「別に気にする必要ないぞ」
肉の塊を咀嚼している男性客が、コップに注がれている水を飲みながら
告げる。
「俺は、女子供が殴られそうな光景を見て、黙ってられるほど大人じゃねぇよ」
から揚げを咀嚼している男性客が、そう短く応える。
「お前は、18地区の住民じゃないからな。ここの住民なら誰もウェイトレスに
手をあげるような野蛮な行為はしないーーーーーここのウェイトレスを一般のウェイトレスと同じ認識していると、火傷程度じゃすまない」
男性客と靴底見たいな肉の塊を咀嚼している男性客が短く告げる。
「はあ? お前何を言って・・・」
から揚げを咀嚼していた男性客が怪訝な表情を浮かべながら応えながら、
視線をウェイトレスの網田めいの胸ぐらを掴んで男性客に向ける。
そこでは、予想外の光景が広がっていた。
「お客様、店内での暴力行為は堅く禁止しています」
網田めいは、営業スマイルを浮かべながら胸ぐらを掴んでいる手を掴んで
いる。
腹を立てている男性客は、貌を歪めながら片膝を床につけていた。
男性客を宥めるために立ち上がろうとする客達は、その光景に唖然として見て
いる。
小柄でスマートなウェイトレスが、右手一本で屈強な男性客の動きを止めて
いる光景は、誰が見ても理解する事には、多少の時間が必要だろう。
「これでわかったか? あのウェイトレスは一般ウェイトレスとは違うんだよ」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している男性客が静かに告げる。
「・・・何者だよ、あのウェイトレス・・・」
から揚げを咀嚼していた男性客が驚愕の表情を浮かべながら応えた。
「色々と噂があるんだが・・・、Navy SEALs出身だの第1特殊部隊デルタ作戦分
遣隊出身だの、アメリカ陸軍特殊部隊群出身だの・・・まぁ、どれもこれも信憑性のない噂話だが・・・」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している男性客がそう告げながら、網田めいに視線を向ける。
「それ以上動きますと、お客様、手首が折れますよ」
網田めいが営業スマイルを浮かべながら、掴みかかってきた男性客に告げる。
その分、異様な恐ろしさだ。
「・・・実際誰も知らないのかよ」
から揚げを咀嚼していた男性客が応える。
「・・・その噂で信憑性があるのは、あのウェイトレスは国際連合直属の非合法組織部隊出身で、コールネーム付きの凄腕隊員というのがあるぞ」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している男性客がそう告げる。
しかし、その表情はその噂話もあまり信用していない様子だ。
「何だよ、それ、何処かの漫画や映画キャラクターの設定みたいな噂は」
から揚げを咀嚼していた男性客が応えるが、何処か呆れた様な表情を浮かべる。
「噂話ってのは、そんなもんだろ」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している男性客がそう告げる。
「・・・・で、そのコールネームは?」
から揚げを咀嚼していた男性客が応える。
「『エレシュキガル《帰還する事のない女主人》』というコールネームだ」
靴底見たいな肉の塊を咀嚼している男性客がそう告げる。
「・・・・シュメール神話で出てくる女神の名がコールネームかよ」
から揚げを咀嚼していた男性客が何とも言えない表情を浮かべる。
「まぁ、鵜呑みにするような話じゃないが、ここのあのウェイトレスはただ者じゃない事を理解していればいいさ。だから、怒らすなよ」




