十六話
「(・・・・本当に喫茶店のメニューか、これは?)」
彼は喫茶店のメニュー表を見て、思わず呻き声を上げそうになった。
テーブルの向かい席には、尚文露店主がコップに入った水を啜っている。
また、その近くには臨時助っ人から、元の仕事場に戻ってきたウェイトレスの
網田めいが注文を待っていた。
メニュー表には、イタリア料理、フランス料理からたこ焼きやお好み焼きといった幅広いメニューが載っていた。
少なくとも、彼が知っている喫茶店メニューより多い。
17地区に配達を半分ほど終えた尚文露店主は、一時的に18地区に帰還した。
無事帰還した時間帯は丁度昼時だったため、日頃常連として食事をしている
喫茶店「しゅれねこ」に、昼飯を食べようとしていた彼を引き連れて向かった。
この喫茶店「しゅれねこ」は、18地区内で食事とメニューが豊富なため有名店
だ。
店のカウンターには、黒髪の長髪で、前髪を残して高い位置でポニーテールにしている、切れ長の紅い瞳の二十歳後半の男性店主がいる。
店主の名は、相沢真一。
今は、何処か眠たげな眼付きだ。
店内には、彼と尚文露店主の他に迷彩服姿の六、七人ほどの客がいる。
その中には、朱色の髪を揺した男性客が中肉中背で黒髪の男性客に壁際まで
追い詰められていた。
「まったく……しつこいですよっ、山鴎社長!!」
追い詰められている男性客が告げる。
テレビなどで活躍している様な、ハーフの芸能人の様な貌だ。
「食べてください、クロウさん 」
中肉中背で黒髪の男性客が静かに応えた。
その表情は鬼気迫るものがあった。
左手には紙袋、右手には袋に入ったちくわを持っている。
「もう食べないって言っているじゃないですかっ、それより時給300円を
なんとかしてくださいよっ!」
クロウと言われた男性客が喘ぐように告げる。
「そのまえにちくわを食べてください」
山鴎社長と言われた男性客が虚ろな眼をしながら、静かに応える。
「あーもう、俺も限界なんですよぉ・・・」
クロウと言われた男性客が告げる。
「君が、喜んでちくわを食べますと言えば、それで済む話なんですよ」
山鴎社長と言われた男性客が応える。
「だから、もう限界だって言っているじゃないですかーー!! 山鴎社長・・・
なんでここの喫茶店の店主に逆らわないんですかっ、天下の鴎重工の社長なのに・・」
クロウと言われた男性客は、何処か呆れた様な表情を浮かべる。
何処か眠たげな眼付の相沢真一は、尚文露店主から毎週嫌になるほど送られて
くるちくわを、鴎重工の社長山鴎を呼び出して手渡した。
山鴎社長は、過去の事で絶対に「しゅれねこ」の喫茶店店主相沢真一には逆らう事は出来ない。
相沢真一も、山ほど送ってくるちくわを山鴎社長を呼び出して渡したり、
来れない時は会社に直接送ったりしている。
もちろん、そのような事をするたびに相沢の心は痛い。
好き好んで、そんな事をしているのではない。
毎回、段ボール4箱に詰め込まれたちくわを送られてきたら嫌になる。
そして、もう、ちくわを食べるには限界なのだ。
「店長ー、なぜ、重火器類製造会社にちくわを送るんですか・・・・」
雇っているウェイトレスの網田めいが一回ほどそう尋ねてきた。
「重火器類製造会社に、ちくわを送ってはならないという法律は・・ないよな?」
ダンボールにちくわを詰め込みながら応えた。
「なぜ、疑問形・・・」
網田めいが呻く様に告げた。
だが、今の相沢真一はそんなことを思い出す事や、山鴎社長とちくわを巡って
争っている社員の事はどうでもよかった。
ちくわを山ほど送ってきたり、喫茶店なのに取り扱っていない料理を頼んだりする尚文真一郎露店主が来店していたからだ。
「(今月に入って何度目の来店だ?)」
鬼獣群の交戦している住民に重火器類を売り捌いた帰りに来店をする。
ただ、来店をするのならありがたい客だ。
ただ、来る度に、「シュレーディンガーの猫っぽい店主、ほれ、ちくわ、そして塩ラーメン大盛り」とメニューにない商品を注文しながらちくわを渡してくるのは
本気で止めてほしいと思っている。
あと、シュレーディンガーの猫っぽい店主という呼び名もだ。
喫茶店店主は、カウンターから少し苛立たしげに露店主の姿を見ていた。
「(お願いだから、早く帰ってくれ)」
心の中で毒づく。
外の天気は、鈍色の重く立ち込めた雲が広がっている。
ため息をついて何とはなしに店内を見渡す。
「(まだいる・・・)」
視線は一人のアロハシャツと短ズボン姿の客を確認していた。
ウェイトレスの網田めいにちくわを強引に渡したためか、何かギャーギャー言われている。
それでも、尚文露店主はにやにやわらいながら、ちくわを次々と手渡している。
その様子を「グランド・ゼロ」前の服装している男性客が、何とも言えない表情を浮かべている。
相沢は、その服装している男性に少し疑問を感じたが、その前にアロハシャツという服装の男も存在するため、すぐに気にしない事にした。
「(――あいつは、俺のことをどう思っているだろう?)」
単純な問いかけをしてみるが、碌な答しか出なかった。
この十六話に出てきた、「山鴎社長」、「クロウさん」は、
交流させて頂いている、山鴎 柊水先生、crow先生の名を使わせて頂きました。
また、一部ですが、しゅれねこ先生の作品「雨空の向こう側」の第一話、
山鴎 柊水先生の作品「魔法の科学のインターアクト」の第一話の許可を頂いて
参考させて頂きました。
本当にありがとうございました。




