7.鋼鉄の嵐
カザフスタンの地平線から昇る朝日は、疾走する装甲列車を毒々しい朱色に染め上げていた。ハインド攻撃ヘリが空を震わせる「死の羽音」が届くまで、残り20分。
「レン、ハッチは閉めたわ。ここから先は時間との勝負よ」
貨車の中でアイリスが微笑む。その手には、電子錠を無効化するための特殊バイパス機器が握られていた。
「作戦開始だ。ガウス、派手にやれ。アイリス、核を頼む。僕は先頭車両を抑える」
レンの指示がQ-Linkを通じて全員の意識に刻まれる。
「了解だ、リーダー。……おい、野郎ども!掃除の時間だぜ!」
ガウスが重厚な貨車の扉を蹴り開けた。次車両にたむろしていた傭兵たちが驚愕に目を見開く間もなく、ガウスの散弾銃が火を吹いた。狭い通路で、回避不能な暴力的破壊が吹き荒れる。ガウスはあえて怒鳴り声を上げ、自らの位置を曝け出す。彼が「嵐」となって注意を引きつけることが、他の二人の隠密行動を支える盾となるのだ。
その喧騒を背に、アイリスは反対側の連結部へと走り出した。核弾頭「RA-45」が安置された第5車両。その扉は、厚さ30センチの超硬合金で守られている。
「クラウディア、コードを。この頑固な鍵を開けてちょうだい」
『了解いたしました、アイリス様。量子演算による総当たり攻撃を開始します。……12秒で完了します』
アイリスが端子を差し込むと、電子錠のコンソールが激しく明滅し、まもなく「UNLOCKED」の青い文字が浮かんだ。扉が重々しく開き、鉛の防護ケースに収められた核の冷たい質感が、アイリスの視界に飛び込んできた。
一方、レンは列車の屋根を走り、先頭の指揮車両へと到達していた。天窓のハッチを静かに開き、音もなく内部へ滑り落ちる。そこにはイヴァン元将軍と、4人の熟練した側近たちがいた。
「――何者だ!」
側近の一人が叫び、ホルスターに手をかける。だが、レンの動きはその数倍速かった。消音器付きの拳銃が3回、乾いた音を立てる。側近たちは声を上げる暇もなく、非致死性の麻酔弾によって崩れ落ちた。
「貴様……国連の犬か?」
イヴァンが椅子から立ち上がり、手にしたナイフを構える。その目は狂気と怒りに満ちていたが、レンは感情の欠片もない瞳で彼を見据え、ただ一言告げた。
「終わりだ、将軍」
レンの鋭い蹴りがイヴァンの手首を砕き、同時に放たれたスタンガンの電流が巨躯を沈ませた。レンは即座にイヴァンを拘束し、操縦パネルにクラウディアのハッキングモジュールを叩き込んだ。
「クラウディア、全車両のブレーキ制御を奪え。10分後に完全停止。それまで自動操縦を維持しろ」
『了解。同時に、車内のすべての重要機密ファイルを中央端末に転送。ボリス・ヴォルコフとの通信記録も完全にコピーしました』
「よし。マヤ、状況は?」
上空。マヤはアヴァロンのコクピットから、4機のドローンをハインドの射程圏内へと滑り込ませていた。
「ハインド2機、距離5キロ。……反撃を開始する。ただし、殺さずに『列車が生きている』と思わせる」
マヤがトリガーを引くと、ドローンから放たれたレーザー光がハインドの機体を照射した。射撃管制アラートがヘリのコクピットに鳴り響く。さらにドローンは、列車の対空機関砲の座標から精密な威嚇射撃を放ち、ハインドを接近させない。東側のパイロットたちは、列車がまだ健在で、強力な防衛網を維持していると錯覚し、慎重な機動を強いられた。
その「偽りの戦闘」の隙に、透明な死神が舞い降りた。
光学迷彩を展開したアヴァロンが、列車の上空わずか10メートルの地点に、音もなく、影もなく静止した。
「核、固定完了!釣り上げて!」
アイリスが貨車の屋根を吹き飛ばし、ワイヤーを核の防護ケースに連結した。電磁クレーンが作動し、数トンの重みを持つ核弾頭が、まるで吸い込まれるように虚空へと消えていく。
「レン、ガウス、回収ポイントへ!早く!」
ガウスは追いすがる傭兵たちを閃光弾で足止めし、レンは指揮車両のすべてのシステムをロックした後、最後尾へと駆け抜けた。
「時間だ、撤収する!」
3人は疾走する列車の最後尾から、アヴァロンから下ろされた回収ネットへと飛び込んだ。一瞬の浮遊感の後、彼らの姿は光学迷彩のカーテンの向こう側へと消えた。
ハインドのパイロットたちが、ようやく不自然な沈黙に気づいたのは、その数分後のことだった。
「……こちらハインド。目標からの反撃が止まった。……待て、目標が減速している。繰り返す、装甲列車が停止を開始した!」
カザフスタンの乾いた土埃を上げながら、鋼鉄の巨体は、断末魔のような軋み声を上げて荒野の真ん中で沈黙した。
「あとは、我々の用意した『プレゼント』を、東側の連中が受け取るだけだ」
アヴァロンの機内。レンはQ-Linkのコンソールを閉じ、眼下に小さくなっていく銀色の線を見下ろした。




