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この世界に足りないのは勇者じゃない、道路だ ~土木転生の辺境領地改革~  作者: ヲワ・おわり


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第五十五話 十年前の放棄

辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。

気になったら続きを追ってもらえると嬉しいです。

「これを見てください」


 ヴィオラが書類を広げた。ランプの明かりが薄い。夜も更けて、領主館の執務室には二人だけが残っていた。


 クルトは机の前に立ち、書類を手に取った。古い羊皮紙だ。端が少し黄ばんでいる。財務省の書式で書かれた通達文書で、日付と発行元の署名が記されている。


 日付を見た。


「……先代領主の死亡届出書と、この通達の日付」


「はい」ヴィオラの声が低くなった。「先代様の死亡が届け出られた日付から、七日後です。この財務省通達には——」


「『ノルトクロイツ整理計画の第一段階、予定通り着手』」


 クルトが声に出して読んだ。


 静かだった。風の音だけが窓の外から聞こえた。


「予定通り、という言葉が使われています」とヴィオラが言った。「先代様の死亡は突然の病死として届け出られています。なぜその前から計画が存在し、『予定通り』と表現できるのか——」


「タイムラインを整理する」


 クルトは手帳を取り出した。ページを開き、鉛筆を走らせ始めた。施工図面の整合性チェックと同じ手順だ。日付を書く。出来事を並べる。前後関係を確認する。


 先代領主の死亡届出。その一週間前に発出されていた財務省の内部通達。そして——ヴィオラが次の書類を差し出した——三ヶ月前の日付を持つ視察記録。財務省の前任管理官が「北方視察」という名目でノルトクロイツを訪れた記録だった。



──────



 エルドリックが証人を連れてきたのは夕刻だった。


 老いた男だった。腰が曲がり、足が悪い。かつてはノルトクロイツの番士だったという。今は農業の手伝いをしながら村に住んでいる。エルドリックが話を聞いてみてほしい、と言ってきた時、クルトはすぐに「来てもらってください」と答えた。


 老番士は座り込んで、少し間を置いてから話し始めた。


「あの時、先代様は病気じゃなかった。急に体の具合が悪くなって、三日で亡くなった。わしらは驚いた。昨日まで普通に動いておられたのに」


「その前に、館に知らない人間が出入りしていましたか」


「……おりました。王都から来た、と言う人間が数名。視察だと聞かされました。先代様は会っておられました」


 クルトが手帳に書きとめた。視察の日付。人数。期間。


「視察が終わってから、どのくらいで先代様の具合が悪くなりましたか」


「……二週間も経たなかったと思います」


 エルドリックがその証言を聞きながら、口を一文字に結んでいた。老番士が帰った後、エルドリックが静かに言った。


「俺は剣を使って人を守ることが仕事だと思っていた。でも守れなかった人がいた」


 クルトは何も言わなかった。それが答えだった。



──────



 書類のタイムラインが完成した時、夜が深くなっていた。


 クルトが手帳を机に置いて、並べた書類を見た。


 先代の死の三ヶ月前:財務省前任管理官による「視察」。

 視察から二週間以内:先代領主の急死(病死として届出)。

 死亡届出から一週間後:財務省通達——「整理計画、予定通り着手」。


 構造が見えた。


「これは事故じゃない」クルトは言った。「設計だ」


 その言葉の後に、珍しく間があった。クルトが書類を見たまま動かない。ヴィオラも何も言わなかった。


 クルトがゆっくり顔を上げた。


「ここの人たちは十年間、それを知らないで生きてきたんだな」


 ヴィオラの手が、机の端に置いた書類の束を押さえた。その手が微かに震えていた。


「私も……知りませんでした」声が低い。「先代様に長年仕えた家の娘なのに。先代様の死がそういうものだったなんて、何年も知らなかった」


「知らなかったのはあなたのせいじゃない」クルトは言った。「隠したのは向こうだ」


 ヴィオラが目を伏せた。かすかに唇が動いた。声は出なかった。


 廊下でランベルトの足音がした。老鍛冶師が扉の前で立ち止まった気配があった。クルトが出てみると、ランベルトが腕を組んで壁にもたれていた。


「……話、聞こえた」とランベルトが言った。「先代様がどういう人だったか、俺も知っている。職人を大事にした人だった。材料の調達を頼んだら、王都から取り寄せてくださったこともある」


 それ以上は語らなかった。しかし十年間この地に留まり続けた理由の一端が、その一言に含まれていた。


「ランベルトさん」


「なんだ」


「この話は、もう少ししたら外に出ます」


 ランベルトが鼻を鳴らした。「早くしろ。十年も待ったんだ」



──────



 クルトは一人で執務室に戻り、手帳を開いた。


 俺が来る前に、誰かがこの領地を死なせようとした。先代領主を排除し、後継者を放置し、領地が自然に衰退するように仕組んだ。そいつらはまだ生きていて、まだ同じことをしようとしている。


 ダリウスの手帳の記録。フォーゲルとの連携文書。そして今日、明らかになった先代の死の構造。


 もうこれは俺一人の問題じゃない。


 クルトが手帳に新しいページを開き、「提出すべき記録の一覧」と書き始めた。F-01。F-02。F-05。F-07。書類の番号を一つずつ書き、それぞれの証明力と文脈を整理する。設計書の検査項目を作るのと同じやり方だ。


 ランプの炎が揺れた。


 そこへ、ヴィオラが扉をノックして入ってきた。


「クルト様、使者が来ました。ヴァイス家次男ダリウス・ヴァイス様からです」


 書状を受け取った。短い文面だった。


「兄として弟に話がある。明後日に伺う」


 クルトが書状を読んだまま、しばらく動かなかった。


「どうしますか」とヴィオラが聞いた。


「会う」クルトが答えた。「何を言ってくるか、聞いておく必要がある」


 手帳の記録一覧に視線を戻した。書類の整理は明日から始める。ダリウスが来るまでに、全ての確認を終えておかなければならない。


 ランプの灯りが、机に並んだ書類を照らしている。F-01、F-02、F-05、F-07——先代の死の証拠から、ダリウスの手帳まで。これだけの記録を、ヴィオラと二人でここまで揃えた。


 あとは、使う番だ。

次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。

続きもよろしくお願いします。

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